第9話 転生アルバイト

 ガチャン


 「遅い! じゃなかった……初めまして。このマンションで今日からお世話になるクラウ……!?」


 クラウは俺の姿をみるや否や固まってしまった。


 「もしもし?」


 俺はクラウの顔付近で手を振る。


 「!」


 我に帰ったのかクラウは顔を赤くし口を開く。


 「あ、あんた!? 何でここに!?」

 

 

 この反応を見るにどうやら俺がここにいる事は知らなかった感じだな。




 「そりゃここの住人だからだよ。」


 「そ、そうよね? そうじゃなきゃここにいないわよね? そ、それは失礼しました。」


 何で敬語?


 「では改めて……隣に越してきました。クラウディエル=ワイズマンです。」


 なんかいきなり丁寧になったな。


 というか隣に引っ越しに来たのか?


 「おう。ところでお前はここで何をしてるの? まあ聞かなくても大体わかるんだけどさ?」


 「何でわかるのよ!? 気持ち悪い!!」


 「ずっと独り言が聞こえたからだよ。挨拶がどうのだの。」


 「ずっと!? そんな事を聞いている暇があるなら直ぐに出なさいよ!? こっちは他の人からジロジロ見られて恥ずかしかったんだからね!?」


 「まあこっちにも色々考えとかあったからさ。」


 色々とは言っても主に今から何かされるんじゃないかと心臓がドキドキしていたからとかなんだけどな。


 「とにかく一つだけ言っとくよ。引っ越しの挨拶をするのは構わないけど程ほどにしとけ。」


 他の家の前でも長時間張りついて警察とかのご厄介になってしまうとこの世界の常識の関係上直接助けられないからそうならないよう一応忠告をしとく。


 「じゃあそういう事で。また会おう。」


 俺は面倒事は終わったと思い扉を閉めようとする。


 なんかここでこのまま別れたら自身の経験上もう二度と会えないような気がするけどそれが運命というやつなんだ。


 そういうのを乗り越え……


 ガチリ


 瞬間ドアの隙間から足が現れる。


 「待ちなさいよ? あんたこのまま私とはいさよならする気?」


 「する気。」


 異世界の救済をするという目標を立てておいてここで離脱するのはどうなのっていう疑問が一瞬浮かび上がったがそれはそれ、これはこれである。


 もう状況が状況だしな。


 平和な日本に帰ってこれた以上俺自身がそれに関与する理由がない。


 クラウには申し訳ないが他を当たってもらいたい。


 「そんな素っ気ない返事でこっちが納得すると思ってるの!?」


 「納得出来なくても納得するのがこの世界の常識だからな。」


 それが事実だから仕方ない。


 他人の訳のわからん案を妥協するのが常みたいなものだし。


 「だからお前とは今後一切関わらないから。じゃ早く危ないから足をどけてくれ。」


 「イや! 話をするまでここにいるわ!」


 強情なやつめ。


 もういい。あまり面倒な事にはしたくなかったがそっちがその気ならこちらは然るべき機関に連絡を入れて対応を……


 「あんたこのままでいいと思ってるわけ? そっちがその気ならこっちにも考えがあるわよ?」


 クラウは上目遣いでこちらを見てくる。


 なんだ?


 まさか泣き落としとか使うつもりか?

 

 そんな事しても無駄だ。


 俺はアニメにぞっこんだからそういうのはリアルでは効かないぞ?

  

 「調べたんだけど、あんたの好きなアニメの秘蔵コレクションを「話をさせてください。お願いします。」


 俺はその場で土下座をした。


 情報収集キャラを敵に回すとこうなるんだな。



 

 


 その騒動の後俺はクラウに落ち着いて話をするという条件のもと自宅の中に通し、リビングにあるテーブルの椅子に座らせた。


 「で? 話というのはあれか? 逃げ出した腰抜けに罰を与える事に関してか?」

 

 最悪今から速攻で病院送りになることも覚悟している。


 まあこういうのアニメで見たことないからそうなるかどうかは知らないが。


 「あんた私がそういう事をする為に来たと思っているの!?」


 「そりゃ……」


 だってさっき玄関先で怖かったし。


 今でも内心ビビりまくってる。


 俺が先程の体験について怯えているとクラウが優しそうな目で見てくる。


 なんだその目は?


 俺にそういうのは通用しないぞ?


 「はあ……そんな事しないわよ。別に日本にはそういうつもりで来たわけじゃないし。」


 「……そうなのか?」


 「まああんたが途中で異世界から抜けてしまった事に対して怒り心頭なのは事実だけど別にそれはわざとって訳じゃないんでしょ?」


 「そりゃまあ。」


 考えなしだったとは言え目的は能力がどういう物なのか試したかっただけだし。


 「だったら特におとがめはないわよ。」


 良かった、ならこれで全て解決だな。


 だったらここは早々にお引き取りを……とはならないよな。


 なんかこれだと俺のしでかした事とその結果に対して不完全燃焼で終わりみたいな感じになってしまうよな。


 そう思った俺はクラウに向かって謝罪として頭を下げる。


 「ごめん。」


 本気どうこうは置いといて一度世界を救う気持ちを持っておいてこのような結果はあまりにも情けない。


 「もう気にしなくてもいいわよ。」


 「いやでも」


 「いいの!」


 不本意ではあるが本人がこう言っている事だしこの件は一旦おしまいにする。





  


 とりあえず後日この件は改めて償う事にして今は聞きたいことがある。 


 「そういえば何でここにクラウがいるんだ?」


 命を落として転生はわかるが神の世界にいたはずのこいつが死ぬとか想像できないし、そもそもここに来る理由が思い当たらない。


 「う、上からの指示よ。ここにいろとめ、命令が?」


 すごい挙動不審なんだよな。


 まあこれ以上は言えないぞという顔をしているからは深くは聞かないけど。


 「理解した。それでこの世界には来たのか。」







 「それじゃあ次はあんたの話ね。」


 クラウは俺の目を真剣に見つめる。


 なんかちょっと照れるな……


 「なんで顔赤いのよ?」

 

 「人に見つめられると恥ずかしいので……」


 女性という異性が見てくるから嬉しいとかそういうのじゃない。


 あまり人の視線に慣れていないからそうなるだけ。


 男相手でもこうなる。


 「そ、まあいいわ。とにかくここからは仕事の話になるから。しっかり聞きなさい。」


 ちゃんと聞くからあんまりこちらの目を見るのをやめてほしい。


 恥ずかしくて逃げたくなるから。





 「仕事というのはあれか? 死んだ人間はここにいていけないから速攻異世界に戻れとかそういう事か?」

 

 お前に能力を与えたんだからこんな所でサボるなというのは当然の事だし、何より俺はこの世界から一度いなくなった身。


 少々名残惜しいがそれは当たり前の事である。


 やれやれ、そういう事なら最後に自室の整理だけさせてくれとお願いしようかね。


 俺にとってはそれがこの世界での心残りだし。


 俺はクラウにこの世での最後の頼みごとをしようと口を開こうとした。


 「いや別に? あんたがここにいるのは私から与えられた自分のチート能力を使った結果だから特には何も。こちらのお願いさえ聞いて貰えれば好きにして貰って構わないわよ?」


 これまた意外な回答がきたな。


 てっきり俺の意見の後に


 『あんたの意見なんか通るわけがないでしょ!? そんな事をする暇があるなら世界の一つや二つ救う!!』

  

 とか突っぱねられそうな予感がしたけど杞憂だったみたいだな。


 まあこいつから引っ越しという単語が出た時点でそんな予感は薄々していたけど。

 

 いやしかし最後の言葉が気になるな。


 なんとなくわかるけど。


 「お願いというのは世界の救済だよな?」

 

 「当たり前でしょ!? こっちがあんたが心ぱ……こき使わせたくてチート能力を渡したんだからそれくらいはして貰わないと困る!」


 これに関してはイメージ通りと。


 期待を裏切らないという意味では良いやつだな本当に。




 

 「それで今から異世界に行って欲しいと?」


 この世界に居られることが許されたのだからそれくらいは無茶でも何でもないから言われたら聞き入れる。


 「それならちょっと待ってほしい。急いでいるのはわかるがこちらも腹ごなしをしたりとか色々あるから……」

 

 「いや? もう今日は休んで貰って良いわよ?」


 こりゃまた意外な回答。 


 「あまり余計な事は言いたくないけど、こんな所でゆっくりしていて大丈夫なのか? 事態は一刻を争うとかじゃ……」


 急ぎかどうかまで知らないが神様が敗れたんだしこれに間違いはないと思うが。


 「そこは大丈夫。」


 「なんで?」 


 「そりゃあんたが日本にいる間は他の神々になんとかしてもらえるようにさっきまで交し……勝手に向こうからお手伝いがしたいとお願いされたから。」


 なるほどね。


 交代制という訳か。


 「それなら全部神々とやらにお任せを……と言いたいけどそいつらは敵に勝てないんだな?」


 「えぇ。弱い敵とかならまだしもその世界の脅威の中心存在に対しては間違いなく負けるわね。」


 殺される危険があるのに敵地に乗り込むとは立派なもんだわ。


 「だからあんたには他の神が対応出来ないこの世界の一日三時間、週五のアルバイトとして異世界に行って欲しいのよ。」


 やはりそう来たか。


 アルバイトで異世界を救うなんて長々ハードだな。


 それだと毎日自宅でのんびりできるじゃないか。


 寝食とか明日の事とか特に考える事なく。


 それはなかなか厳……ん?


 「え? アルバイト?」


 

 

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