第27話 魔法の一撃




静まり返ったダンジョンを、2人で進んでいく。

いや、ダンジョンが静まり返っている訳ではない。俺たちが音を殺して移動しているだけだ。

耳をすませば遠くの方から微かに魔物たちの音が聞こえてくる。


8階層のボス部屋を出発して、6階層まで上がってきた。

シャーマンが率いる魔物の軍団から逃げた階層だ。未だにこの階層に奴らがいる可能性が高い。


音で奴らに先に気づかれないように。奴らの接近をいち早く気づけるように。

息を殺して静かに進んでいく。


時折後ろを振り返って彩を確認しながら地上への経路を進んでいく。

曲がり角の先をそっと覗いて、何も無いことを確認してから曲がる。

そうやって繰り返しているうちに、奴らと遭遇した。


曲がり角の先にいる魔物の軍団。

それを確認してすぐに顔を引っ込める。

向こうには気づかれていないようで、彩にアイコンタクトを送ってから少し離れてもらう。


もう一度慎重に通路の先を覗き込み、相手を確認する。

魔物が増えている...

俺たちが離れた間により大きな軍団へと膨れ上がったか。


シャーマンが一体。

カタパルトが二体。

グールが二体とスケルトンが三体。

ウルフが三体。スカルシープが二体。

シャドウが...今見えているのは一体か。

そして、リトルドラゴンとサムライが一体ずつ。コイツらが一番厄介だろうか。


合計十六体の魔物。

一体でいても厄介なリトルドラゴンとサムライが両方いる。

さっき逃げた時はサムライがいなかったが、この間に合流したのだろう。厄介すぎる。


彩に合図をして、この場から離れる。


少し離れたところまで来て、しゃがみ込む。

彩と顔を付き合わせて囁き声で話し合う。


「魔物の軍団だ。朝に会ったヤツらで間違いないと思う。迂回ルートはある?」

「待ってください。確認します」


俺が尋ねると、彩がリュックサックからそーっと地図を取り出して広げる。

人差し指を地図に走らせながら確認をする。


「...ない、ですね。地上に戻るにはあそこを通らないといけません」

「そうか...ならやっぱり戦わなきゃいけないな」


俺たちは覚悟を決めて頷き合う。


「魔物の数と配置は?」

「前方にグール2ウルフ3スケルトン3スカルシープ1、その後ろにサムライ1、後方にシャーマン1カタパルト2、地面にシャドウ、上空にリトルドラゴン1」

「なるほど...完全にこっちの方角から私たちが来ることを分かっている配置ですね」

「あぁ、シャーマンがいるしな。迂回路の無いこの場所で待ち伏せしているのもワザとかもしれない」


高度な知能を持ったシャーマンが率いているからこその、俺たちを殺すための配置。

想定以上に厳しい相手になりそうだ。

しかしーー


「だからこそ、新魔法が刺さる」

「ですね」


俺のチャンネル登録者数が伸びたことによって新たに手に入れた魔法。

この存在を相手は知らない。

この魔法が使えるなら、俺たちが逃げた時に使っていたはずだ。シャーマンならそう考えることが出来る。

だからこそ、相手の計算にこの一手は考慮されていない。

階層を降りて、安全地帯でスキルレベルをあげる判断をした俺の作戦勝ちだ。


「ならまずは...」


情報を共有出来たので、作戦について話し合っていく。

まず俺がどう立ち回って、それに彩がどう合わせるか。

その後、想定できる状況に対してどう立ち回るか。


おおよそ基本的な動きは、ダンジョン攻略で一貫して決めているので、すぐに話は終わる。


話し合いを終えて、立ち上がる。

足が動くように軽く屈伸をして、準備をする。

魔法をかけてもらい、装備を持つ。


万全の体勢を整えて、魔物たちが待ち構える通路へと進んだ。


俺たちだけが先に気づいているというアドバンテージを崩さないように。

ゆっくりと、静かに、移動する。


曲がり角の前で一旦止まり、彩と目配せをし合ってから通路の先に飛び込んだ。


シュタッという着地音がなって、魔物たちの前に躍り出る。


当然魔物たちは気づき、コチラを認識する。


しかし慌てない。

右手を前に伸ばし、ゆっくりと息を吸って一声。


「【緋炎】」


ギュンッっと空気が縮み、俺の右手から一瞬にして深紅の炎が燃え広がる。

視界の大半を赤が埋め尽くす。


そのまま放たれる業火の奔流。

迷宮の通路を塗り替えるように通り過ぎ、そこにいる魔物たちを灼熱が轢き殺す。


俺のスキルレベルが7になったことで新しく覚えた2つめの魔法、【緋炎】。

効果はシンプルに、高火力範囲攻撃魔法だ。

巨大な炎の奔流を生み出し前方に射出する。

発現したあと、ボス部屋で彩の【防殼プロテクト】相手に壁打ちを行い、効果や威力を計っている。この一発は、刺さるはずだ。


少し遅れて熱波が返ってきて、視界が晴れる。


いくらかの魔物が塵と代わり、迷宮の壁や魔物に燃え移った炎が明るく照らしている。


右手に投げ槍を持ち替えながら、状況をざっと確認をする。

グールとスケルトンは全滅。シャドウは倒せたのか地面の中にいるのか、姿が見えない。それ以外は凡そ無事か。

シャーマンは、サムライが前に立って炎を防いだらしい。サムライの後ろで無事な姿を見せている。


軍団の脳であるシャーマンを早々に潰したかったが、サムライに遮られてここからの攻撃手段は無い。


シャーマンに投げようと準備していた投げ槍の標的を変える。

カタパルトーーに投げようとして、すぐにキャンセルする。

炎から抜け出してきたウルフが突進してきたからだ。


慌てずに標的をウルフに変える。


「【投擲スロー】」


先頭で俺に迫ってきていたウルフの眉間に刺さり、出先を挫く。


ここで留まって、ウルフやスカルシープの突進を受け流したいが、それをするとカタパルトの餌食になるので魔物たちの方へと飛び込む。


近くまできたウルフに剣を一閃し、蹴飛ばして距離を離す。

そのままカタパルトの方へと進もうとするが、サムライが立ちはだかる。

強力な遠距離攻撃を先に潰したかったが、それはシャーマンも分かっているのだろう。強力な近接キャラで防いできた。


サムライと斬り合う音が響く。これで寄ってきた別の魔物がこの軍団に加わるのは面倒だ。

すぐに飛び退いてサムライと距離を置く。


サムライは速戦即決で倒し切るための方法があるが、この混戦状態ではそれも狙いづらい。

一旦放置だ。


サムライから距離を撮った瞬間、早速2体のカタパルトが投石攻撃を仕掛けてくるのが見えた。


さらに後ろに飛び退いて投石を避けようとするが、投石の軌道を見て辞める。

2つの投石。

1つ目を後ろに避けると、その避けた先に2つ目が当たるような軌道だ。


慌てて後傾姿勢を崩し、転がりながら前へ避ける。


後方避けに対応した2連撃の投石。

なら前方に避けた俺を待っているのはーー


ズドッドドンッ

と投石が地面に刺さる音が後方で聞こえ、それと同時に四体の魔物が俺へ向かって一直線に突進してくる。


ウルフが二体と、スカルシープが二体。


スカルシープは黒い骨で出来た羊の魔物だ。

ウルフと同じで突進攻撃を主にする魔物。

迷宮の闇にその黒い身を潜ませ、相手が視認出来ないまま不可視の弾丸となって襲いかかる。しかし今は、俺が放った【緋炎】の残り火によって辺りが照らされているため視認は容易だ。

もう一点。耐久は高いが魔法耐性の貧弱なスケルトンと違い、スカルシープの黒骨は魔法耐性もかたり高い。普通に倒そうとすれば極めて硬い魔物で手こずってしまう。

唯一、突進中に顔の骨に打撃を叩き込めば一撃で倒すことが出来るが、視認しずらい身体も相まって至難の業だ。


スカルシープとウルフが二体ずつ。

四方向から突進してくる魔物たち。

さらに、地面から出てきたシャドウが俺の足を掴み拘束する。


今の俺に対応出来る攻撃じゃない。

この状況にまで持ってきたシャーマンは流石の狡猾さと言えるだろう。


「後ろ!」


だからこそ、その全てには対処しない。


ウルフは捨てる。

二体のウルフは俺への噛みつき攻撃に成功し、事前に付与された【防殼プロテクト】を突き破って俺が差し出した太ももに一撃を入れられる。


痛みを食いしばって、俺は俺のすべき事をする。

前方から突進してきたスカルシープの進行方向へ剣を置き、スカルシープが自ら顔面を剣先に突撃させるように。

いとも簡単にスカルシープの黒い身体は崩れ、その身を塵へと変える。

他の四体の攻撃を全て無視して、意識を一体に集中させたおかげのクリーンヒット。


そして最後の一体は俺の仕事じゃない。


「【防殼プロテクト】!」


彩の魔法が発動し、後方から突進してくるスカルシープの進路上にバリアが設置される。

俺を殺さんと迫ってきたスカルシープはそのままバリアに激突し、その身を滅ぼす。


視認さえ出来れば、タイミングを合わせるだけで【防殼プロテクト】で簡単に対処出来るスカルシープは、彩に任せるように相談していた。


その代わり俺の仕事は別にある。


俺は手を頭上に掲げて魔法を発動する。


「【電撃エレクトリック】!」


カタパルトの連撃、からのウルフとスカルシープによる多方向からの突進。

俺が手一杯になる連携攻撃をすれば、シャーマンは何をするか。


後衛の彩を潰すための使徒を飛ばす。

すなわちーー


頭上を飛び抜けようとしたリトルドラゴンに俺の雷撃が命中し、硬直した身体が落下する。


ズドンッと音を立ててリトルドラゴンが墜落する横を、シャドウの腕を切ってから後方へ退避する。


実はリトルドラゴンは、この魔物の軍団で唯一【電撃エレクトリック】の硬直が効く相手だ。

魔法耐性の高いウルフとスカルシープだけでなく、粘土板みたいなカタパルトと金属鎧が本体のサムライも電撃で硬直はしない。


これまで俺の戦略の中心になっていた【電撃エレクトリック】の硬直が殆どの相手に効かない現状は苦しいが、逆に言えばリトルドラゴンだけはコレで止めることが出来る。

飛行能力があり、後衛の彩への直通急襲が可能なリトルドラゴンを、止めることが出来るのだ。


だからこそ、事前に彩と話し合ってこの立ち回りを決めていた。

スカルシープの突進が見えたら、少なくとも一体は彩が対処する。

リトルドラゴンは俺が【電撃エレクトリック】で墜とす。


予定通りの動きだ。


そしてーー


「【回復ヒール】」


ウルフにやられた俺の傷を彩が治してくれる。

それと並行して、俺は再び手を前に。


リトルドラゴンを落とし、後方に退避して、今なら再びを射程内におさめられる。


「【緋炎】」


二激目の魔法を放ち、魔物たちを灼熱の炎が飲み込む。


炎が晴れるが、魔法耐性の高い魔物ばかりなためか、数に変わりは無い。

しかし、カタパルトとサムライが満身創痍なのは見て取れた。


【緋炎】は【電撃エレクトリック】よりも燃費が悪い。

あと撃てて一発だけだ。


しかし、この一発で、確実にカタパルト二体を倒せる。

やらない理由は無い。


コチラに突進しようとしてくるウルフを視界の片隅に、三発目。


「【緋炎】」


炎が晴れる。


度重なる炎の魔法に、迷宮が熱気に支配され、壁が溶け始める。

その先で、カタパルト二体とサムライがその身を塵へと変えた。






第27話 魔法の一撃

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る