第25話 鬼灯
「彩、回復よろしく」
「わかりました」
短くやり取りをして、俺は第二形態へと移行したオーガへ近づく。
オーガの身体を包む鬼灯が揺れ、空気越しに伝わる熱が俺の肌をチリチリと燃やす。
近づくのも躊躇う状態だが、歯を食いしばって熱に耐える。
駆け足で寄って、隙の空いた胴体へ剣を叩き込もうと振る。
オーガはそれを防ぐように、太い左手を下ろしてくる。
オーガの腕によって、剣が胴体へ届くことは無かったが、プシャァッとオーガの左腕に切込みをいれる。
今までは金棒で防がれていたが、第二形態に移行する時にオーガは金棒を手放している。
攻撃は断然通りやすい。
その代わりに鬼灯という武器を手に入れているが。
鬼灯が攻撃に使えるのはもちろん、体に纏っているだけで防御手段になりえている。
現に、オーガに攻撃しようとしている俺がダメージを食らっている。
皮膚が溶け、肌は赤く染まり、口から吸い込んだ熱気が肺を焼く。
灼熱の地獄にいるかのような極限状態に涙が出て、しかしそれすらすぐに蒸発する。
熱い、熱い、アツい。
当然無事ではいられない。それでも、ココに居続けることが最善なのだ。
第二形態のオーガ相手には、近接距離で攻め続ける人がいなければならない。
オーガを手持ち無沙汰にしてしまうと、強力な遠距離攻撃を繰り出してしまうからだ。
俺と彩の2人パーティでは、これが最善。俺は一歩も引くことはできない。
「【
鬼灯によって持続的にダメージを負う俺を、彩が後ろから回復し続ける。
俺が退いたら彩に攻撃が降りかかる。
歯を食いしばって覚悟を決める。
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!」
叫びながら心を奮い立たせて身体を動かす。
熱に浮かされて、思考がぼんやりと霞んでいくなか、それでも目を反らさずオーガと対峙する。
足を動かし続けて細かく動き、剣を振るいこまめにダメージを与えていく。
「【
鬼灯を纏った太い腕が振り下ろされる。オーガの身体を回り込んで避ける。
横から振るわれる拳。距離を取りたくないので後ろに避けずしゃがんで避ける。
避けた先に繰り出される攻撃は剣で弾いて反撃。
1つのミスも許されない状況で、一手一手着実に対処していく。
「ヒグフウウッゥゥゥゥゥゥゥゥゥーー」
嫌な音を立ててオーガが息を吸い込む。
俺が姿勢低くしゃがむのと同時に、俺に目掛けて咆哮を繰り出す。
「ヴガァアァァァァァァァァッッッ」
「【
「【
爆音と共にオーガの口から鬼灯が噴射され、俺へと迫り来る。
それを彩が発動したバリアが防ぐ。
鬼灯に混じった咆哮の衝撃が俺の身体を麻痺させ、俺の放った魔法もオーガの身体を麻痺させる。
俺の頭上で鬼灯とバリアがせめぎあい、近接距離で俺とオーガの硬直した身体が並ぶ。
硬直してる間も、オーガの身体を纏う鬼灯が俺にダメージを与え、肌を焼く。
硬直が解かれ、鬼灯の熱さにやられた俺は咄嗟にオーガから離れそうになるが、踏ん張って堪える。
硬直から解かれる直前のオーガの胴体に大きな一撃を入れる。
今までで1番大きなダメージを与えられたが、俺は顔を顰める。
タイミングを読めなかった。
今の攻防が、決着を付ける最大のチャンスだったのだ。
オーガが鬼灯のブレスを放つタイミング、それを読めなかったことで好機を逃してしまったのだ。
やがて麻痺から開放されたオーガが再び動き出し、元の攻防に戻る。
「【
もう一度、もう一度だ。
次こそブレスのタイミングを狙う。
そう決意して、鬼灯に耐えながらオーガの眼前で剣を振るう。
しかし、さらなる凶報が後ろからもたらされる。
「魔力切れたっ!」
彩からの報告。
後ろを振り返ることは出来ないが、その短い一言で意味されることは一つ。
すなわち、回復の供給断絶。
「ッッ!」
鬼灯がパチパチと弾ける音が耳元で嫌に大きく響く。
それが今は、命を刈り取る死神の足音に聞こえた。
絶望したくなるが、引くことも出来ずに動き続ける。
オーガの周囲を動き回り、拳を弾き、剣を振るう。
着々とダメージを重ねられるが、それ以上に俺の身体にダメージが蓄積する。
やがて、最後に彩にかけられた【
皮膚が爛れ、赤く染まった腕から力が抜けていく。
ーーオーガが、笑った気がした。
「ヒグフウウッゥゥゥゥーー」
「!?」
オーガが低く息を吸い込む。
ーー最後の、好機。
ブレスが来る。
ここで勝負を決められなければ、俺は鬼灯に焼き切られて死ぬだろう。
ほんの僅かなミスも許されない綱渡り。
節々が悲鳴をあげる身体に鞭打って、顔をあげる。
熱気が眼球を叩く中、目を見開いてオーガを凝視する。
僅かな兆候も見逃さないようにして、ブレスのタイミングを測る。
まだだ。まだ来ない。
まだ。
まだ......
ーー今ッ!
「【
「ウグァッッーー」
オーガの口から放たれる鬼灯のブレス。に、先んじて走る電撃魔法。
オーガの咆哮が止まり、ブレスが射出されることは無く、推進力を失った鬼灯がオーガの口から垂れ流れる。
もう殆ど力の入らない身体に鞭打って剣を振るい、ダメージを与える。
そしてオーガの膝に、左足を乗せる。
右足で地面を踏みしめ、ふらつく身体を支える。
深呼吸したいが、鬼灯に熱せられたこの大気を肺に入れたくない。
タイミングを見計らって、足を屈める。
地面を右足で蹴る。
オーガの膝を踏み台に、左足で蹴る。
オーガの身体を駆け上がり、右足を振り抜く。
ーーバコンッッと気持ちのいい音が鳴って、俺の蹴りがオーガの下顎に突き刺さる。
オーガの口は無理やり閉じられ、同時に硬直から開放される。
硬直によって中断させられていた咆哮が再発し、口内の鬼灯が指向性を持つ。
無理やり閉じられた口の中で鬼灯のブレスは行き場を無くしーー
バァンンッッ
オーガの顔が爆発する。
オーガは後方に吹っ飛んでいく。
蹴りを入れた俺も後方へ宙返りして着地する。
お互い満身創痍。
しかし、完全に形勢は逆転した。
俺は瀕死状態で地面に横たわるオーガの元へと駆け寄り、剣を振り上げる。
これまで高くて届かなかった部分に、今なら攻撃が届く。
すなわち、人獣系の魔物に共通する絶対的な弱点。
オーガの太い首へと、剣を振り下ろす。
「【
最後の力を振り絞り、自重とスキルの威力を上乗せした一撃は、ボロボロになったオーガの首元へと深々と突き刺さった。
「ゥグゥゥーー」
微かな断末魔の声を響かせて、オーガはこと切れる。
程なくしてその身体が塵と変わるのを見届けて、俺はその場に倒れた。
「あお君っ!」
彩が叫んでこちらへ駆け寄ってくる。
大丈夫であることを示すために仰向けになって右手を少しあげる。
「勝った......勝った」
傍までやって来た彩に掠れた声でそう言って、微笑む。
彩も微笑んで頷いた。
「はい、勝ちました。お疲れ様」
第25話 鬼灯
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