第24話 鬼
天井は高く、通路は狭い。目の前には巨岩がそびえ立つ。
俺たちは8階層のボス部屋前まで来ていた。
部屋と言っても人工的な扉などなく、目の前にある巨岩をどかして中に入るようになっている。
その前で立ち止まり、俺たちはボス部屋を見上げながら心を落ち着かせていた。
「準備はいい?」
「はい。大丈夫です」
彩に尋ねると、静かに落ち着いた返事が帰ってくる。
魔法のバフや回復はもうかけて貰った。武器の用意も万全。投槍も2つ持っている。
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『頑張れ』
『安全第一!』
『頑張って!』
『無茶するなよ』
コメント欄の応援を横目に、ボス部屋の方へと進む。
彩と一緒に巨岩を横から押すと、ゆっくりと音を立てながら巨岩が滑り動いていく。
巨岩がその場からどかすと、ボス部屋への道が開かれる。
固唾を飲んでその通路へ足を踏み入れる。
すぐに部屋の中へと入り、場所が開ける。
体育館ほどの広さと高さのある空間。
周囲は石造りの壁で囲まれていて、どこからか漏れだした光で部屋の中が照らされている。
そしてその中央。
空間の広さに対してはさほど大きくないのに、膨大な圧力を感じさせる魔物が一体。
全長4メートルを超る二足歩行の身体。くすんだ灰色の肌は溢れんばかりの筋肉を包み込み、大樹のように太い腕の先にこれまた太い金棒を握っている。
体に対して小さな顔の頭上には、二本の短い角が生えている。
オーガ。
その巨躯と角と武器から名付けられた鬼の魔物。
それがこのダンジョンのボスである。
オーガは顔から大きく浮き出た目玉をギョロッと動かし、こちらを視認する。
俺も前に出て剣を構える。
オーガは両手を広げて大きく息を吸う。
ーー来た!
相手に合わせて俺も右手を前に。
「ゥガァァァァァァァアアッッッ!!!!」
「【
オーガの咆哮と、魔法の発動が重なる。
俺が放った紫電の槍は真っ直ぐとオーガへ吸い込まれる。
それと逆行するように、オーガの咆哮から発せられた空気の圧が俺へと迫りーー
「ーーッッ!!!」
身体を穿つ衝撃に歯を食いしばる。
筋肉が硬直し、皮膚が痺れ、身体が思うように動かせない。
これがオーガの咆哮。大気を振動して伝わる不可視の衝撃は相手を麻痺させ、オーガの攻撃の一助となる。
しかし今回は、オーガ自身も俺の魔法で麻痺している。そしてーー
ーー俺の方が早いっ!
硬直から解かれかけた身体にムチを打って走り出す。
オーガが魔法の硬直から解かれるより、俺が咆哮の麻痺から解かれる方が早かった。
動き出そうとするオーガの身体に先立って、剣を叩き込む。
「【
低姿勢で繰り出される強打撃の流れに身を任せ、オーガの股下を通り抜けて距離を取る。
対オーガにおける最大の鬼門は咆哮による麻痺。
なんの対処も出来ないと、麻痺した身体に金棒を叩き込まれて終わりだ。
複数人で狙いを分散させるか、タンク役を用意するかなどで対応できないと戦いの土台にも立てない。
まだ情報が出回っていない探索黎明期、多くの先人たちがオーガの咆哮の前に命を散らしたのだとか。
俺はこの点を、同じタイミングで相手を麻痺させる、という方法で突破することにした。
最悪の場合、彩の【
大さんに特訓をつけてもらい、咆哮の対処は学んできた。
オーガ相手に行うのは初めてだったが、十分対応できるらしい。
と言うより、俺の【
ひとまず最初の問題の解決に安心する。
オーガに一撃入れて十分に距離を取った後、振り向いて次の攻撃に備える。
「上ッ!!」
先程の位置にオーガを視認できず一瞬焦るが、彩が叫んで警戒を飛ばしてくれる。
頭上に剣を構えて、上からの攻撃に備える。
特大ジャンプで距離を詰めてきたのだろう。
踏み潰されないように数歩下がる。
俺の目の前に着地しながら振り下ろしてきた金棒を剣で受け止める。
ガッンッッッッ
と耳障りな音がなる
ーー重っっ!!!
手首に特大の衝撃、数瞬遅れてオーガの着地時の衝撃が足から伝わってくる。
押し込まれないように踏ん張っているとオーガは身体を捻りながら、金棒を振りかぶってくる。
ビュッと音が鳴って、横から金棒が振り込まれる。
剣を体の前に持ってきて受け止めるが、強力なその一撃は俺の身体を軽々と浮かせ、後方に吹っ飛ばす。
「ヴゥグルルルルルゥゥ」
ーー!!
オーガが低く嘶き、両手を広げる。
「ッガァァァアアッッッ!!!!」
「【
間髪入れずに放たれた咆哮に、何とか魔法を合わせる。
硬直解除後、一旦建て直したいところだがすぐに地面を蹴ってオーガの元へ。
咆哮の間隔がかなり短い。
相手の咆哮がどれだけ続くか分からないが、その全てに魔法を合わせていれば近くないうちに俺の魔力が枯渇する。
それまでに倒せなきゃ終わりだ。
速戦即決。
俺の取れる手段はそれしかない。
相手が麻痺してる間に、呑気に体勢を立て直す暇などないのだ。
「【
二激目のスキル強打撃。
大抵の魔物はここまでやれば大分目に見えて弱ってくるが、オーガはそのような気配を全く感じさせない。
流石はボスと言ったところか。
手応えの無さに、このまま戦って勝てるのかという不安が襲いかかってくるが、ネガティブな思考を追い払って次の攻撃に集中する。
スキル発動後の硬直から抜け出してすぐに、オーガと距離を詰める。
一撃が重い相手なので
近接で斬り合って、相手を硬直させた直後すぐにスキルを叩き込める位置をキープする。
当然、咆哮に巻き込まれた時に魔法を発動できなければひとたまりもないが、それは距離を取っていても同じだろう。
俺の魔法の硬直が解けたオーガが、金棒を振り下ろしてくる。
それを剣で受け止める。
オーガに踏み潰されないよう足を運びながら、金棒の攻撃を捌く。
オーガの巨腕から繰り出される一撃を、何度も正面から受け続けるのは厳しい。
そのため角度をつけて剣で受けることで、相手の攻撃を流すように防ぐ。
それでも決して小さくない金属音と、手首への衝撃が、続けざまに鳴り響く。
ガァンッ、ガァンッ、ガァンッ
と、ある意味で規則的に音が爆発する。
その合間に俺はオーガの体に攻撃を重ねていく。
小ぶりな上にスキルも乗っていないため、目に見えたダメージはないが、少しずつ着実にオーガの体に傷を与えていく。
ーーと、ちまちました攻防に嫌気がさしたのか、オーガが片足一本後ろに下がり、大きく息を吸う。
胸いっぱいに空気を溜めたオーガに、俺は更に距離を積める。
「ッッダァガアアアァァァァァァッッッ」
「【
オーガの咆哮と俺の魔法が重なり、お互いが止まる。
オーガが吠えた際に唾液がかかってくる程の近距離。
少し体を傾ければ肌が触れ合う程の近距離。
文字通り目と鼻の先の位置でお互いが硬直する。
身動きが取れない状況で、すぐ傍にオーガの巨躯が存在するという事態に、背筋を冷や汗が走る。
万が一オーガが先に動き出せば、俺に命は無いかもしれない。
極限のプレッシャーの中、早く動き出せと鼓動が催促する。
幸い、オーガの方が早く硬直が解けるなんてことはなく、俺の体が動き出す。
いち早く距離を置きたかった俺はすぐにスキルを発動する。
「【
強打撃をオーガの図体に当てて、横に転がりながら距離を取る。
すぐさま立ち上がってオーガと距離を詰めようとすると、オーガが高く跳躍した。
そのまま遥か後ろまで跳んでいき、ボス部屋の端の方で着地した。
そのまま両手を地面に付けて四つん這いの姿勢になり、身体を震わせる。
ーー来たっ!
「彩!注意してっ!」
「はいっ!」
彩に警戒の声を飛ばして、俺も注意をオーガに向ける。
身体を震わせるオーガの肌が、破裂するように割れていく。
その中からまた筋肉が現れ、もりもりと身体を覆っていく。
膨張するように大きくなっていくオーガの身体は、ほんの数秒で一回り以上大きく変化した。
俺は全神経をオーガに向けて注視する。
両手両足を踏み鳴らしながら位置を調整していたオーガが一瞬、両足をグググッと踏みしめる。
俺は瞬時に、バッとその場から飛び退く。
ーーパァッンッ
と破裂するような音が響いてオーガがその場から消える。
それとほぼ同時に俺のすぐ横ーー先程まで俺がいた場所を爆速で通り過ぎる。
ビュンッと風圧が俺の身体を叩き、ドンッ鈍く低い衝突音が響く。
振り返ると、ボス部屋の反対側の壁にオーガが衝突していた。
オーガが追い詰められると始める突進攻撃。
この後始まる第二形態の準備段階でもある。
強化されたオーガの脚から放たれる弾丸のようなこの突進はとてつもないスピードを出す。
視認してから避けるのは極めて難しく、突進前の体勢から位置を予測して回避するしかない。
まるで闘牛だ。
どうせやるならミノタウロスがやればいいものの、どうやら鬼も突進してくるらしい。
突進した先の壁から離れたオーガが、再び体勢を整えて突進してくる。
またもや狙いは俺だったようで、予測通りに回避する。
初見ならたまったもんじゃないが、この突進攻撃も対策して来たので問題は無い。
突進した先のオーガを見て、三度目の突進に備えようと注視するが、オーガは突進せず立ち上がる。
そのまま高く跳びあがり、こちらに向かってくる。
慌てずに避けると、オーガはボス部屋の中央へと着地する。
ズドォンッッと大きな音を立てて着地したオーガは、そのまま天を仰いで吠える。
「ガガアアアァァァァァァアアァアアアァァァァァァァァァァァァッッッッッーー」
今までのものよりも遥かに長い咆哮を天にかまして、大気を震わせる。
ビリビリと伝わってくる振動と爆音に顔を顰めながら抗っていると、オーガは次第にその様相を変えていく。
炎を纏い始めたのだ。
赤い、赤い炎。
炎の赤さではなく、まるで世界が「この色が赤です」と主張するような鮮やかな深紅の炎。
その炎を身体全体を纏わせていく。
鬼灯。
第二形態へと到達したオーガが纏う覇気のような炎だ。
ボスの中でもかなり分かりやすい第二形態への移行。
深手を追うことなくここまで来れた安堵と、これから退治する第二形態への緊張感に、俺はゴクリと喉を鳴らした。
第24話 鬼
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