第23話 前進か、後退か
「はぁ、はぁ、はぁ......」
ダンジョンの硬い岩肌の壁に背中を預けて、荒い呼吸をする。
魔物たちの集団から逃げて深くまで来てしまった。
何とか魔物がいない場所まで逃げきれて、ようやく一息ついたところだ。
「【
彩さんも息を整えながら、ウルフに噛まれた俺の脇腹を治療してくれる。
「いや、彩さんの回復を優先して。肩の出血酷いよ」
と、彩さんも怪我をしていた事を思い出し慌てて咎める。
しかし俺の治療はもう終わったようで、その後に彩さんは自分の怪我を治療した。
治療が終わり、二人で並んで座って体力を回復する。
「マズイな…」
呼吸が落ち着いたところでそうつぶやく。
非常にまずい状況だ。
というのもーー
「シャーマンだ」
「え?」
「シャーマンがいた。あの魔物の集団の中にだ」
彩さんは見てなかったと思い、ある魔物の存在を伝える。
シャーマン。
このダンジョンに出現する二足歩行の魔物で、しわくちゃな猿みたいな見た目をしている。
単体では非常に弱いが、シャーマンは他の魔物を従える。
非常に狡猾な魔物で、シャーマンに従えられた魔物もまた知能的な行動を繰り出す。
初手のウルフの奇襲やリトルドラゴンが彩さんを真っ先に狙ったこと、それを助けに行こうとした俺をシャドウが引き止めたのがまさにそれだろう。
魔物を従え、従えた魔物を賢くする。それがシャーマンの特徴だ。
「なるほど、シャーマンが...でも魔物の数が多すぎます。シャーマンの集団はあんなに大きくないはずです」
「サムライだろうな」
俺たちが事前に入れた知識の中に、もちろんシャーマンの知識もあった。
しかしそれは、シャーマンが
あんなに巨大な集団を従えるシャーマンが存在することは想定していない。
それの答えがサムライーーシャーマンの集団との前に戦ったサムライだ。
「じっくり戦いすぎたんだよ。サムライと剣を打ち合う音がダンジョン内に響いていた。あれを聞きつけた魔物が集まって、そこにシャーマンが合流したんだと思う」
「なるほど...」
サムライは打ち合えば安全に優位を取れる。ただ可能なら一撃で倒すべき。それが大さんに教えられたことだ。
多少の危険を犯せば一撃で倒せただろうが、初めての相手だったこともあり、安定を取って打ち合ったのだ。
それが魔物を引き寄せる可能性があることも知っていた。
しかし、それとシャーマンが組み合わさってあんなに凶悪な魔物の集団が出来上がる事までは、想定しきれなかったのだ。
「それにシャーマンの特性上...」
「あぁ、居座るだろうな。あの場所に」
魔物を従えたまま、奴はあの場所に留まるはずだ。
つまりアイツらを倒さなきゃ、俺たちは地上へ帰れない。もしかしたら接敵する前に気づかれず逃げ切れるかもしれないが、それを期待するのは望み薄だろう。
そして最後の問題はーー
「今いる場所はわかるか?」
遭難の可能性だ。
がむしゃらに逃げてきたため、現在位置を見失っている可能性は高い。
彩さんを信じてはいるがーー
「大丈夫だと思います。道を確認しながら進んできましたから。信じてください」
そう頼もしい返事をしてから、彩さんは人差し指でトントンっとこめかみを叩いた。
私の頭脳を信頼しろというジェスチャーだろうが、やった本人が恥ずかしそうに頬を染めている。
安堵のため息と苦笑を混ぜて返すと、彩さんは地図を広げ出した。
しばらく地図を眺めていた彩さんは、終わってから顔を上げて地図を指さした。
「ここですね。7階層の奥の方です」
「随分と降りたなぁ…」
指し示された部分を見る。7階層の、半分を過ぎたあたりの位置。
シャーマンたちと出会ったのが6階層の半ばだったから、ほぼ1階層逃げてきたことになる。
少しずつ現実を受け入れてきて、忘れかけていた配信画面を開く。
ဗီူ103人が視聴中
プ裸地『大丈夫ですか?』
76A38『遭難はいていないのか。良かった』
味さば『頑張れ!』
76A11『一応救援呼べるか探しておく』
状況の伝わった視聴者も心配してくれているらしい。
クラスメイトが救援を呼ぼうとしてくれるらしいが、あまり期待しない方がいいだろう。多くの上級探索者が梅田へと出発し、俺たちが連絡の取れる上級探索者は殆ど残っていない。
どうにか自分たちで状況を切り抜けないとと思い、ステータス画面を漁る。
ーーーーーーーーーー
姫宮 葵
Lv.4
攻撃力:18(+5)
防御力:16(+3)
体力:15 (+3)
速度:14 (+3)
知力:17
魔力:17
能力
【バズ・エクスプローラ】 分類:配信スキル 付与者:呑天の女神
スキルLv.6
チャンネル登録者人数:370人
アビリティ:魔法【
スキル【
スキル【
スキル【
スキル【攻撃力増加】
ーーーーーーーーーー
配信バフはだいぶ温まってきている。攻撃力のバフだけ多いのは、スキル【攻撃力増加】のおかげだ。ここから彩さんの魔法【攻撃力強化】でさらに+2される。
随分と強くなったが、先程の敗北を思い出すと頼りなく思えてくる。
ACE『近くに安全地帯はないの?』
ステータス画面を見ているとあるコメントが目に入る。
安全地帯とは、ダンジョンの中に存在する魔物が存在しない場所だ。ダンジョンの中で唯一警戒を解き休憩を行える場所で、遭難時に見つければまさしくオアシスの水となる。
「残念ながらこのダンジョンに安全地帯はなーー」
ない、と言おうとして思いとどまる。
「いや、あるには.......ある」
話を聞いていた彩さんが怪訝そうにこちらを振り返り、そして俺の考えに思い至ったのか目を見開く。
「ここから少し進めば8階層、このダンジョンの最下層だ。ボスがいる。ボスを倒せばーー」
ボス。
文字通りダンジョンに生息する周囲よりも強い魔物だ。
このダンジョンのボスは最下層の8階層に生息している。ボスのいる場所は周囲のダンジョンから壁で区切られており、まさしくボス部屋になっている。ボス以外の魔物はボス部屋に入ってこれず、ほぼ確実にボス一体との勝負が待ち構えているのだ。
つまり、ボスを倒してしまえば次のリポップまでボス部屋は魔物が入って来れない
「本気ですか?」
彩さんが正気を疑うように尋ねてくる。
当然の反応だろう。魔物たちから敗走した挙句、ダンジョンの奥に進んでボスを倒そうと言うのだ。正気の沙汰では無い。
だがーー
「対ボス戦に関しては大さんのところで特訓してきたでしょ。引き返して未知の魔物たち相手に戦うよりは可能性がある」
当初の目的がボスの討伐だったこともあり、ボス対策はしてきている。
周囲の魔物に乱入されイレギュラーが起きる心配のないボス戦なら、対策通りに事を運べる可能性が高い。
それに、俺たちは安全地帯さえ手に入れてしまえば、レベリングが可能なのだ。
俺は視聴者に頼んで拡散してもらうことが出来れば、時間さえあれば多少はレベルが上がる。
彩さんも、いつもダンジョンを出る時にやっている自傷と回復の繰り返しでレベルを上げることが出来る。
そうしてレベリングをした後に引き返せば、シャーマン達相手にもいくらか楽になるはずだ。
そういった事を伝える。
この場が安全地帯では無い以上、留まるという選択肢はないのだ。
前進か、後退か。
どちらかを選ばなければならない。
なら、より確率の高い方を。
「分かりました。進みましょう」
覚悟を決めた顔つきで、彩さんが頷く。
俺は彩さんの手を取って立ち上がらせて言う。
「ありがとう、彩さん。じゃあ奥へ進もう」
立ち上がり、前へ進む。頷き返されると思ってそう言ったが、彩さんは微妙に眉を顰めながら口を開く。
「彩」
「ん?」
「さっき戦っている時、彩って呼び捨てにしてましたよね。どうして元に戻したんですか?」
「あぁ、ごめん。つい焦ちゃって呼び捨てにしちゃった...」
「ならもう呼び捨てでいいですよ。彩って呼んでください」
「ええ...?今までさん付けだったからーー」
「瑠璃ちゃんも呼び捨てにしてましたよね。飛鳥くんも。私の方が付き合い長いのになんで私だけ敬称ありなんですか」
「いやあれは呼び捨てで呼べって言われたから…」
「なら私も呼び捨てで呼んでください!戦闘中もその方が呼びやすいでしょう?いいですか!」
「は、はい......」
いつもより何故か押しの強い彩さんーー彩に押し切られて頷いてしまう。
今この話題を出した理由は分からないが…彩が納得するならそれでいいだろう。
俺と彩は、ダンジョンの奥へ、ボスのいる部屋へと向かっていった。
nanashi『てぇてぇか?』
あぽろ『てえてえだな』
76A8『好感度アップしたと予想』
味さば『嫉妬かな?』
第23話 前進か、後退か
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