第20話 出撃前夜




向心寺で一晩明かし、翌日の土曜日。


昨日は向心寺を観光しつつ【バズ・エクスプローラー】のカメラで向心寺を撮影して回った。

色々と案内をしてくれたのは飛鳥だ。年代は俺の二つ上で19歲らしい。あまり口数の多い人では無いが、昨日で随分と仲良くなれた気がする。

黒川から渡されたビデオカメラは彩さんに預けていたが、夜返ってきたら、瑠奈とのダンス動画が入っていた。二人も随分と仲良くなったらしい。


俺が撮影した向心寺の映像も、彩さんのダンス動画もまとめてA組のパソコンへと送っておいた。

今日撮影する分と併せて、動画となって俺のチャンネルで公開されるだろう。


先輩たちが梅田へ出発するのは明日。俺達が甲山ダンジョンへ向かうのも明日だ。

今日は丸一日空いている訳だが、予定は入っている。


大さんとの訓練だ。


仲深迫たちに「せっかくなら大さんに稽古つけてもらえ」と言われ、大さんは快く承諾してくれたので今日一日付き合ってもらうことになった。

大さんの能力を使って、かなり実践向けの特訓ができるらしい。


朝食を取ってしばらくしてから、稽古場へと来ていた。

お寺に稽古場なんてあるのか...と思ったが、本堂の横には西洋建築の講堂があるのだから今更か。


「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


俺と彩さんが揃って大さんに挨拶する。


「あぁ。ならさっそく、始めようか」


微笑んでそう言う大さんの傍には騎士像が三体と、何体かのマネキン像が立っている。

この像を魔物に見立てて、実践訓練をするらしい。


「じゃあさっそくだけど戦ってみようか。準備していいよ」


今回は彩さんとの連携の特訓も兼ねているので、後ろから彩さんがサポートする。

言われた通り戦う前の準備を進める。


着ていた上着を脱いで、動きやすい服装に。

彩さんの魔法【攻撃力強化】と俺のアビリティ【攻撃力増加】による攻撃力バフ。本来はここに配信の同接数やコメント数によるバフが乗るが今回はナシだ。

さらに彩さんの進化した魔法【防殼プロテクト】をかけてもらう。これはスキルレベルアップの際に【防壁シールド】から変化したもので、シールドの形を自由に変えられるようになった。それを用いて俺の身体を覆うように魔法をかけてもらう。これで簡易的な防具となるのだ。

新調した片手剣を構え、準備を終える。


「大丈夫です」

「まず最初は三体から行こう」


大さんのその声と同時に、マネキン像が三体前に出てくる。


「強さはゴブリン程度にしておくよ。電撃魔法の硬直も効くようにしている。肩慣らしだと思ってくれ」


言うやいなや、マネキン像はすぐに襲いかかってきた。


前から三体同時。

それに対して俺は右前へと進み、三体同時に襲われない位置取りをする。


一番近いマネキン像と距離を詰め、迎撃のタイミングをこちらで握る。

振るわれる腕に対して、小さく剣を振り攻撃を受ける。


後ろの二体の位置を確認して左へと跳ぶ。

姿勢を低く保ち、相手の動きを伺う。

目を凝らしてその隙を伺い、地面を蹴る。


「【強攻撃クリティカル】」


振るわれた剣と同時にスキルが発動し、一番左にいたマネキン像に当たる。


そのまま身体は流れるように前へと進み、別のマネキン像の傍を通り過ぎる。

自分の近くを通られたマネキン像は俺を攻撃しようと腕を振るうが、俺の身体はその拳から逃げるように前へ。


マネキン像たちを通り過ぎたところで右足を床に踏み込む。

ダァンッという音が鳴って身体が急停止し、上体の捻りが元に戻るように後ろを振り向く。


「【プロテ......」


マネキン像の一体が後ろから追い打ちをかけようと襲いかかってくる。それを受け止めるために彩さんが魔法を発動しようとする。

今までの俺だったら対応できなかったから、ありがたいサポート。しかし今はもう対応出来る。

振り返ったらすぐに剣を前に構え、後ろから襲いかかってきたマネキン像を迎撃する。


「【防殼プロテクト】」


俺が反応出来たことを受けて、彩さんがすぐに魔法を発動し直す。

対象は俺に襲いかかってきたマネキン像じゃない。俺から一番遠い位置にいるマネキン像だ。

一番遠いマネキン像を隔離するようにシールドが張られる。


俺はそれをうけて魔法を発動する。

目当ては目の前のマネキン像でも隔離されたマネキン像でもなく最後の一体。

目の前のマネキン像の後ろにいるそいつに狙いを定めて一撃。


「【電撃エレクトリック】」


真ん中にいるマネキン像にあたり、硬直する。

実際は麻痺している訳ではなく大さんが動きを止めているだけだが、魔物想定で麻痺している扱いだ。


これで隔離されたマネキン像と麻痺したマネキン像が身動きを取れず、俺の相手は目の前のマネキン像一体に。

振るわれる腕に対して素早く剣を振るい、受け流す。

迎撃されて出来た隙に反撃を叩き込む。


「【強攻撃クリティカル】」


既に数発の攻撃を受けていたマネキン像はスキルによる一撃を受けて砕ける。死亡扱いだ。


スキル発動後そのまま前に進んだ俺は、シールドを破って隔離から抜け出したマネキン像と対峙する。

右手にいる硬直したマネキン像を横目で見る。まだ麻痺しているがそろそろ硬直が解けるだろうか。

麻痺したマネキン像から離れるように左前へと進みながらもう一度スキルを発動。


「【強攻撃クリティカル】」


このマネキン像にスキルを当てるのは二回目なので、簡単にその身体を砕く。


距離を取った後に振り返り、最後の一体の方を向く。

流石にもう硬直から解かれたみたいだが、残り一体。

危なげなく対応し、最後はスキルで打ち負かした。


砕かれて瓦礫となった三体のマネキン像を確認して、構えを解く。


「うん、いいね。動画で見たよりもずっといい動きだったよ。随分と無駄がなくなっている」


戦いを見ていた大さんがそう評価する。


「越智兄弟に訓練をつけてもらって。スキル後の硬直の活かし方とかを学んだので」

「なるほど。動画を見た時はそこから直そうと思っていたけどもう大丈夫だったか」


スキル【強攻撃クリティカル】を発動した後の硬直。今まで散々俺が悩まされていた問題だ。

このスキルは強力な一撃だが、放った後の数瞬が身体が動かせず大きな隙となる。そのため無闇には使えず、特に集団戦では非常にリスキーなスキルとなっていた。


しかしこの隙は越智兄弟との特訓である程度解消した。

スキル発動後は身体を動かせないと言っても、身体が動かない訳では無いのだ。


例えば、スキル発動後でも身体が傾いていれば倒れる。当たり前の物理法則だ。

例えば、スキル発動時に一定の方向に加速しながらスキルを使うと、発動後身体が動かせなくなってもそのまま流れで前へと進む。これをいわゆる慣性力という。

このように、物理法則に身を任せれば身体は動く。他にも俺の筋肉の収縮や地形なども身体を動かす要因になり得る。


それらに身を任せてスキル発動後も移動することで、隙を大幅に減らして、敵から距離を取ったり敵の方向に構えたりできる。

当然自分の意思通りに動ける訳では無いため、先の展開を予測してスキルを発動せざるを得ない。今まで以上に頭の回転が求められるが、今までよりも格段にスキルが使いやすくなった。


そのあたりの情報を彩さんと大さんに共有しながら、先程の戦いを振り返る。

他にも何点か大さんにアドバイスをもらい、それを元に彩さんと立ち回りを話し合う。


「じゃあ次はコイツとだね」


振り返りが終わったあと、大さんが次に用意したのは一体の騎士像だった。


「甲山ダンジョンにいるサムライと同じスペックにしておくよ。複雑な戦いにも対応できるから気をつけること」


明日から突入する甲山ダンジョン。そこで出現する新しい魔物、サムライ。

武士の装備が独りでに動いているような人型の魔物で、リビングデッドとかリビングアーマーとも呼ばれている。

地上にも探せばいるらしいが、俺はまだ戦ったことがない。

ゴブリンやグールと違って生物ではなく、動く装備の塊なので【電撃エレクトリック】による攻撃も効かないようだ。

見た目や大きさは、大さんの騎士像と非常に良く似ているので、明日に向けての予習だ。


「よろしくお願いします」


戦闘準備を終えて、大さんに挨拶をする。

そして前に出てきた騎士増と俺は対峙した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


午後も変わらず大さんとの訓練を続け、一日を終わろうとしていた。

騎士像との複数戦や、サムライ以外の新しい敵の対策、彩さんとの連携の向上など、幅広く訓練に付き合ってもらった。


夕方。

稽古場から宿泊部屋へと戻る。

するとそこには、床に沢山の紙を広げて、紙とにらめっこを続けるみんなの姿があった。

俺たちが稽古をしている間、この人らは何をしていたのだろうか。


「ただいま〜」


何やら悪戦苦闘しているみんなに声をかけながら部屋へと入る。


「おつかれ〜」

「なにやってんの?」


返事をしてくれた仲深迫に尋ねて、床に広がっている紙を見る。

地図だ。


俺の質問に対して顔を上げた仲深迫が伸びをしながら答える。


「梅田駅の地図だよ。完璧に頭に入れておかないと生き残ることも出来ないからね…」

「あぁ、聞いたことある。たしかダンジョンの入口に到達するのも一苦労なんだっけ?」


仲深迫達が向かうダンジョンは、梅田駅の地下深くに入口が存在する。

しかし、その入口にすらそもそもたどり着けないのだという噂がネットで出回っている。


「そうだね。と言うより『梅田駅自体がダンジョンになっている』という表現が一番的確かな?」

「梅田駅自体がダンジョンに...?」

「あぁ。地下のダンジョンから出てきた強大な魔物が住み着いて、駅構内がダンジョンの一部のようになっているんだ」


なるほど。

まずは駅構内に現れる魔物を倒しながら、駅の深部までたどり着かないと行けないという訳か。


その梅田駅の攻略のために、全員が地図を頭に入れておく。

妥協を許さないこの姿勢が探索者としてやって行けてる理由だろうか。


先輩達の探索に対する姿勢に感嘆する。

そして自分の新しいダンジョン探索への気持ちを一段と高めるのだった。


実際には、仲深迫達が必死になって地図を覚えているのには別の理由があったのだが、この時の俺はまだ知らなかった。

探索者というのが如何に命懸けで、そして彼らが如何なる覚悟で死地へと向かうのかを。


そしてその境地を、俺も遠からず知ることになる。






第20話 出撃前夜

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