第21話 甲山ダンジョン




「じゃあ、行ってくるよ。後は頼んだ」

「うす。頑張ってください」

「無事に帰ってくるのよ!」


向心寺の門の前で、大さんが飛鳥と瑠奈と挨拶をする。


日曜日の朝。

大さん達の出発の時間だ。


他の面々は既に緋那姉さんの車へと乗り込んでいる。

大さんだけ馬の像に乗って移動するらしい。黒の法衣と薄鈍色の馬が様になっている。


阿行像と吽形像、何体かの騎士像は手のひらサイズまで小さくなって緋那姉さんの車に乗っている。

大きさも自由自在らしい。便利すぎる能力だ。


誰もいない大通りを、自動車と馬が並走して行く後ろ姿を見送る。


一気に静かになった向心寺の庭園で、少し感傷に浸りながら辺りを見渡す。

向心寺に残ったのは、連れていかれなかった数体の騎士像とマネキン像、瑠奈と飛鳥、それから数人の非覚醒者だけである。

俺達ももう出発する。

SNSで告知している配信の開始時刻までもうすぐなため、荷物をまとめて出発することにした。


「じゃあ、気をつけて」

「頑張りなさい!」


瑠奈と飛鳥が門の前まで見送ってくれる。


「おう、行ってくる」

「行ってきます」


二人に挨拶して、門を出る。


坂道をくだり、道路まで降りてきたところで立ち止まってステータスウインドウを開ける。

カメラをつけて配信を開始する。

二分ほど彩さんと雑談しながら、視聴者が集まるのを待つ。


クラスメイト達が集まり、視聴者数が40人を超えたところで、配信を始めることにした。


「じゃあ始めようか。こんにちは〜あおチャンネルのあおです」

「あやです」


ဗီူ43人が視聴中

76A33『始まった』

76A2『画面オッケー。音オッケー』

しゃも『いつもと場所が違う?』

76A28『Twitter告知完了』


コメント欄でクラスメイトから配信が正常に始まっていることを報告してされる。

配信を始めた旨のツイートもしてくれたようだ。


そんな中、既にクラスメイト以外の視聴者のコメントを見つけた。

いつもと場所が違うことに気づいたみたいだ。


「そう!よく気づいたね。今は向心寺という場所に来ていまーす。ここ、天王寺周辺の探索特訓だね。一昨日から来てて、その動画はまた別で上がるからまたみてください」


カメラで後ろの向心寺を映し、指し示しながら説明する。


「ちなみに彩さんのダンスの動画も上がるよ。多分」


今度は彩さんを画角に入れて説明する。「いぇい」と顔の近くでピースを掲げる彩さんに苦笑する。


「なんでこんな所で配信してるかっていうと、今日から新しいダンジョンに潜るからね。すぐそこにある甲山ダンジョンです」


そう言って今度はカメラを反対側に向ける。

今いるのは向心寺前の車道。そこを渡ってしばらく坂を登った先にあるのが甲山ダンジョンだ。

文字通り向心寺の目と鼻の先にある。


元々は神社があった場所で、有名な戦国武将の戦死跡地か何かで人気な場所だったらしい。

神社自体はかなりその原型を保っているが、その中に大きなダンジョンへの入口が空いている。


神社を画面に映しながら歩いて移動していると、すぐに到着した。


「じゃあ早速突入しようか」

「ですね」

「コメント数で俺にバフがかかるからいっぱいコメントしてね」


彩さんと頷き合い、いつも通りコメント煽りをする。

準備は向心寺を出た時に済ませたので、そのままダンジョンへ突入する。


このダンジョンの入口は、上本町ダンジョンのように階段状になっていない。

ただの深い穴だ。3メートルほどの深さに床が見える。


先人の探索者たちが設置してくれたロープを穴に垂らし、そのロープを伝って下に降りる。

こういう縄や棒を昇り降りする遊具は苦手だったが、強化されたステータスのおかげで随分と楽だ。


下に降りて、周囲に魔物がいないことを確認してから彩さんを呼ぶ。

万が一落ちても受け止められるように下で構えておいたが、彩さんも落ちることなく下まで到達する。


その後、ダンジョンの壁に埋まっているみたいな形状の棒を取り出す。

ロープをさすまたで持ち上げて、元あった地上の近いところに引っ掛けておく。


魔物にこのロープを壊したりされると、俺たちの帰る道が無くなるからだ。

ダンジョン内は電子機器が使えないので連絡もできない。

帰りはまた、このさすまたを使ってロープを下ろすのだ。


さすまたを元の位置に戻して、ダンジョンを進むことにする。


目的は8階層。このダンジョンの最深部である。

そこに到達し、敵を倒すことがこれからの目標である。


また、8階層までの道中で資源の回収などもする必要がある。

それらの目的を踏まえて、事前に取り決めた順路を彩さんの指示で進んでいく。


最初に遭遇したのはグール4体。

既に戦い慣れた敵を危なげなく対処していく。


そのまま進んでいくと、最初の目的地である資源の回収場所に近づいてきたあたりで、初めて見る敵と遭遇した。

黒い毛側に覆われた四足歩行の獣。通称ーー


「ウルフッ!」


こちらが敵を認識したと同時に、敵も襲いかかってくる。

慌てて叫び、後ろにいる彩さんに警告を発する。


敵は二体。ウルフの特徴はその黒い毛皮が攻撃魔法を通さないことと、グール以上に噛みつきの火力が高いこと。

その代わり耐久はそこまで高くない。


前を走っていたウルフの噛みつきを剣で受け止め、敵を弾きながらバックステップ。押し合いにもつれ込んだらもう一体のウルフに横腹を噛みちぎられるからだ。


しかし、今の攻防で敵のヘイトを引き付け、理想的な立ち位置になった。

素早く駆け出してスキルを発動。


「【強攻撃クリティカル】」


すれ違いざまに真剣を振り、強化された一撃はウルフの身体を切り裂く。


そのまま身体を倒し、慣性に従ってスライディング。

さらに伸びきった筋肉が収縮し、身体が丸まる。

後ろから追ってきたもう一体のウルフを認識しながら、背筋を全力で使ってハネ起きる。


空中で姿勢をただし、着地。即座に剣を一閃。

狙いがしっかり定めず当たり所が悪かったため、一体目のように切り裂くことは出来なかったが、ウルフを後方に吹っ飛ばすことに成功する。


数メートル飛んでいって壁に激突するウルフ。

既に瀕死状態だが、起き上がる前に息の根を止めに行こうとするがーー


「えいやっ!」


ウルフの近くにいた彩さんが、そのまま木刀で殴り殺した。

二体目のウルフも塵となる。


彩さんが持っているのは俺が使っていた木刀だ。


【うけらが花】の効果で成長速度の早い彩さんは、実は何気に俺よりステータスが高いのだ。

そのため彩さんも前線に参加するのはどうか、と昨日大さんに相談したところ、却下された。


この先より敵が強くなっていくなかで、ステータスが高いだけで渡り合えなくなっていく。強敵と遭遇した時に前線として戦えないなら普段から前線に出るべきではないとの事。

彩さんのいる後衛に魔物が行ってしまった時、彩さんも自衛や対応ができるという状況だけで俺がかなり楽になるはずだ、と言われた。


その結果彩さんは俺のお下がりの木刀を装備し、後ろに魔物が来た時だけその剣を振るうことになったのだ。


「ナイス!」


一体目のウルフの魔石を拾いながら、初めて魔物を倒した彩さんに激励の声をかける。

彩さんが自分で倒したウルフの魔石を拾いながら、顔をしかめる。


「思ったよりも生き物の感触がありますね…」

「確かに。ゴブリンとかグールと違って明らかに獣だしね」


その肉を切り裂いた時は、思いのほか生々しい感触に少し驚いた。

それでもあまり動揺していないのは、ゴブリンたちで慣れてしまったからか。


「でも大丈夫ですね、私も戦えます。【防殼プロテクト】もありますし、後ろは気にしないでいいですよ」

「あぁ、ありがとう」


初めて彩さんが敵と対峙した戦いを振り返り、再び迷宮を進んでいく。


「あった!迷宮樹だ」


目的のものが見つかる。

ダンジョンの一角に生え揃うそれは、艶のある光沢が不気味な木のようなものだった。

蔦のように不規則に、ダンジョンの壁を覆っている。


彩さんのバックから取り出したマッチを使ってその木を燃やすと、萎れるように収縮していき、片手で掴めるほどの小ささにまでなる。それをバックに放り込んだ。

これを水に浸すと膨張して硬くなる。専ら復興作業での木材の代わりとして使われる。


「これでようやく探索者としての意義を果たせた…」

「ですね」


初めての資源回収。

ダンジョンに潜っている意味が出来たのだ。


ဗီူ64人が視聴中

『ナイス〜』

『これで一人前ですね』

『食べ物も頼む』


コメント欄からの反応も上々だ。


このダンジョンで探索を続ければ、もっと多くの成果を持ち帰ることが出来るだろう。

幸先の良い走り出しに満足して、ダンジョン探索を続けるのだった。






第21話 甲山ダンジョン

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