第18話 向心寺




金曜日の午後。

彩さんを迎えに行って聖城学園に戻ってきた俺は、校門前で迎えが来るのを待っていた。


周りには他の覚醒者が数人ほど。

越智兄弟や仲深迫の姿もある。


彼らは向心寺に集まったあと、日曜日に梅田へ出発するらしい。

俺達もそれに合わせ、日曜日に甲山ダンジョンへと向かう。


それまでは向心寺で過ごす。

『せっかく向心寺に向かうんだから、カメラ回しとけよ』

と黒川に言われて、ビデオカメラも持たせられた。

データを送れば教室で動画を編集して投稿してくれるらしい。ダンジョン探索では無いオフショット的なやつだ。

まぁ向心寺は、場所自体が撮れ高みたいなものだから、視聴者寄せの一助にはなるだろう。


そんな事を考えながら、彩さんと話していると、校門の外に一台の車が停まった。


運転席の扉が開き、一人の女性が降りてくる。

黒のボディスーツに身を包んだ、高身の女性。燃えるように真っ赤な長髪が風に揺れて、黒い服によく映える。

サングラスを取り外すと、ツリ目の整った顔が姿を現す。


「やぁガキども。迎えに来てやったぞ」


不敵に微笑み、覇気のある声でそう言った。

あまりにもカッコイイ見た目、仕草、声。その存在に気圧されて自然と背筋が伸びる。


「ありがとうございます。緋那ひな姉さん」


先頭にいた覚醒者の一人がそう返事して、後部座席に乗り込む。

そのまま順番に、ぞろぞろと乗車していく。


しかし全員は乗れるのだろうか。

そこまで大きな車でもないし、乗れて4、5人だろう。二回に別れるのだろうか…

と思っていると、


「ほら、姫宮も乗って」


と後ろから仲深迫に背中を押された。


そんなに乗れるのか、と思って車に近づくと、赤髪のお姉さんが呟く。


「おや?」


俺の事を見てきたので、立ち止まって目を合わせる。


「お前があおだろう?そしてそっちが彩だ」

「あ、はい。そうです」

「......」


俺と後ろにいる彩に視線を向けて、名前を当ててくる。

俺は肯定の返事を返し、彩さんはペコッと会釈する。


「私は速川はやかわ緋那ひなだ。他のヤツらからは緋那姉さんって呼ばれてる。よろしくな」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


自己紹介をされ、手を差し出されたので握手を返す。


「YourTuberやってるんだってな。動画を見たぞ」

「あ、ありがとうございます」

「配信じゃないなら向心寺でカメラ回してもいいが、許可とってない奴らの顔にはモザイク入れておけよ」

「はい!もちろんです!」


向心寺の覚醒者には仲深迫が連絡しておいてくれると言っていたから、それで事前に知っていたのだろう。

動画も見てくれていたのなら、すぐに名前と顔が結びついたのも分かる。


「じゃあ、私の車に乗りな。...彩は助手席に来な。後ろはむさ苦しい男だらけで気まずいだろう」


確かに、今日集まった覚醒者は彩さん以外は聖城学園の覚醒者で、全員男だ。

ウチにも大人なら女性もいるし、女性の覚醒者も二人だけいるが、今回は来ていない。


そのまま彩さんは反対側の助手席に連れていかれる。

俺たちが話している間に他の覚醒者は全員入ったみたいで、俺も後ろのドアから車に乗り込む。


「......うわぁ!」


車に乗り込んで、思わず驚愕の声を上げてしまった。


車の大きさとは不釣り合いな、広い空間が広がっていたのだ。

四人乗りか、せいぜい六人乗りの車に見えていたが、中は2トントラックの荷台くらいの広さがあった。いや、それ以上だ。


中はいくつかのソファや椅子が並んでおり、先に乗車した数人の覚醒者たちが座っていた。

それ以外にも棚や武器、果てにはベッドや冷蔵庫まで置かれている。


「異空間、ってやつか…」

「緋那姉さんの能力だよ。この車ならこのままダンジョンに入れるんだ」


入口近くのソファに座っていた仲深迫が、隣の席を手で叩きながら俺の呟きに答える。


上本町ダンジョンは入口も通路も狭い方だが、それでも車一台は通れるだろう。

当然普通の車は電子機器や銃火器と同じで、ダンジョンの中ではろくに使えずただの鉄箱と化すが、それに縛られないのが緋那姉さんの能力なのだろう。俺の配信スキルと似たようなものか。

この広い空間がダンジョン内に存在するだけで随分と快適そうだ。


先輩覚醒者の能力に感心しながら、仲深迫の示した席に座ると、すぐに車は出発した。

部屋が水平に移動しているみたいで、少し面白い。


「魔物とかは大丈夫だよね?」


避難所の外は魔物がうろついている。

奴らは動くものに反応するので、車で移動すると襲いかかってくる。

襲いかかられると車は動かなくなり、窓ガラスを割られて魔物が中に入ってくる。

車で移動したとしても、避難所の外は安全では無いのだ。だから皆、外を移動できずに避難所に追いやられている。


と言っても、覚醒者の能力が作用したこの車なら大丈夫だと思うが…

この車でダンジョンに潜っていると言っていたし。


「あぁもちろん。防御性能はピカイチだよ。龍のブレスが降っても問題ないね」

「それに迎撃性能も高い」「ロケットランチャーまで撃てるらしい」


仲深迫が答えて、さらに後ろから越智兄弟が口を挟んでくる。


「すげぇ...ほぼ巨大ロボじゃん」

とこれから会うんだけどなぁ」


俺の驚きに、仲深迫が苦笑しながら呟く。

そうだった。最早「それ」を撮影しに行くと言っても過言では無いのだ。

向心寺のーー


そうこう話しているうちに、車が停まってドアが開く。

向心寺に着いたらしい。


車をおりてから、配信スキルでカメラを回す。

え?黒川から預かったビデオカメラ?あれはあくまで予備だよ。


緋那姉さんを先頭に、覚醒者たちが歩き出すのでそれに着いていく。


高い塀に囲まれた中から、巨大な樹木が顔を覗かせている。

法然が建立したと言われる、浄土宗のお寺だ。


「ここが向心寺ですか...」


知らない人だらけで気が引けるのか、彩さんは車を降りてすぐに俺の隣にやってきた。

二人で並んで塀に囲まれた敷地の方へと向かう。


塀の横につけられたコンクリートの坂を登って暫く進むと、向心寺の入口に到着する。


「「うわぁぁ.........!」」


初めて目にする向心寺に、俺と彩さんの二人が揃って驚きの声をあげる。


お寺とは思えないような、近代建築のデザインを構えた向心寺の入口。

フランスのオペラハウスかと見紛うようなオシャレな建築の真ん中に、強固で威圧感のある大門が居を構えている。

とてもお寺とは思えないような場所だが、目に見える二つのモノが感覚を否定する。


塀の頭上、門の左右に配置された巨大な金剛力士像。別名仁王像。

二体を一対として安置される仏像は、確か阿行像と吽形像だったか。

向心寺を守護するように存立する二つの像が、門の前に立った俺たちを威圧する。


仏教と近代建築のマリアージュ。想像していたお寺とは全く異なるその姿に少しテンションが上がる。

歴史あるこの天王寺の地に、こんなにもオシャレなお寺が存在したのか。


と、俺と彩さんが二人して呆けた顔で見あげているとーー


「ひっ」


ーーギョロッと仁王像がこちらを向く。

怒りの形相を浮かべた顔と目が合い、身体が引き攣る。


彩さんが短く悲鳴をあげて、俺の服の裾を掴む。

そしてーー


「ぅがあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


仁王像が両手をあげて襲いかかってくる。


「きゃああぁぁぁぁぁっッッ!!!!」


ビクッと身体を強ばらせ、彩さんは悲鳴をあげて俺の背中へと隠れる。

恐る恐る仁王像に目を向けると、両手をあげて襲いかかる格好のまま、仁王像はその動きを止めていた。


「あーっはっはっはっははははは」


すると、続いて男の軽快な笑い声が響いてきた。


声のした方を見てみると、いつの間にか門が開いておりその奥で一人の男が笑っていた。

長めの黒い髪と、着込んだ法衣を風になびかせながら、腹を叩いて笑っていた。


警戒を解いて男の方を見ると、男は歩いてこちらへと近づいてきた。


「は〜...いいリアクションだった。歓迎するよ、新人諸君。私が早乙女だ」


笑いを収めながら俺の前までやってきて、自己紹介をしてきた。


早乙女さおとめだい

『原災』直後、探索黎明期から活躍する覚醒者だ。

大阪を代表する覚醒者の一人で、向心寺が天王寺区の探索特区になったでもある。


名前は知っていたが、その姿は初めて見る。思っていたよりも若い男性だった。二十代くらいだろうか。


差し出された右手を握り返し、握手をする。


「よろしくお願いします」


俺たちが挨拶をすると、それを待っていたように緋那姉さんが早乙女さんに話しかける。


「全く...新人を驚かせるなよ」

「いいじゃないか。ちょっとした洗礼だよ」


二人が話しながら門の中へと進み、他の人たちもそれに着いていくので俺達も後を追う。


ボディスーツに赤髪の緋那姉さんと、法衣に黒髪の早乙女さん。

正反対のふたりだが、並んで歩く後ろ姿は自然と絵になる。


そういえば早乙女さんは僧侶だろうに、坊主じゃなくていいのだろうか。

長めの黒髪がしっかり頭に着いているが......


そんな事を考えていると、俺が早乙女さんの頭を見ていることに気づいたのか仲深迫が話しかけてきた。


「早乙女さんはお坊さんじゃないんだよ」

「え、そうなの!?法衣は?」

「あれはコスプレ。能力と雰囲気が合うから着てるだけらしい」

「んなアホな...」


早乙女さん偽坊主だったのか...


衝撃の事実を知りながら門を通ると、今度は西洋騎士の像が中にいた。

俺たちが門を通りきったことを確認したのか、像二人がかりで門を閉じる。


動く仁王像、騎士像。これが早乙女大の能力だ。

物体操作系の能力。

「像を動かす」能力では無い。噂通りならもっと複雑な能力のはずだーー


物語の世界にいそうな動く騎士像に見惚れながらしばらく進むと、一気に場所が開ける。


石畳と砂利を土台にした日本庭園が広がり、奥には巨大な木造建築の本堂が存立する。

その横に並んで西洋建築の大きな建物が並ぶ。

玄関口に負けず劣らず混沌とした、されど芸術的な空間。


別世界に入ったような空気感に包まれる。




天王寺区の探索特区、向心寺。


別名、骨の宮殿である。






第18話 向心寺

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