第16話 リベンジマッチ




準備を終えて、通路へと躍り出る。

先程から少し位置はズレているとはいえ、以前変わりなく四体のゴブリンが集まっている。


相手に気づかれる前に先手を取る。

右手に投げ槍を握り、振りかぶる。


投擲スロー】の発現を受けて用意した投擲武器。

投げ槍と言っても全長20センチ程の小型武器だ。先端の尖った金属製の棒状武器。手裏剣の一種といった方が近いかもしれない。或いは巨大なダーツの矢。

投石用の石と違い携帯して動き回るには重いため、彩さんに持ってもらっていたモノだ。


「【投擲スロー】」


スキルを使って投げられたその武器は、真っ直ぐにゴブリンへと飛んでいき、一番手前にいたゴブリンの身体に刺さる。


攻撃されたことにようやく気づいた他のゴブリンたちが、こちらへと襲いかかってくる。


左手に用意していたもう一本の投げ槍を右手に持ち替え、もう一度投擲する。

こちらへ向かっていた三体のうち、一体の顔にあたりその足を止める。


接近しているゴブリンは二体。

投擲武器を使い切った俺は木刀に持ち替えて構える。


「【電撃エレクトリック】」


魔法でさらに一体を足止め。

これで迫り来るゴブリンは一体になった。計画通りだ。


ようやく間合いへと入ったゴブリンの攻撃を木刀で受け止める。

ステータスのレベルアップのおかげで、随分と簡単にゴブリンの攻撃を受けられるようになった。それでも未だに攻撃をモロに受ければ大ダメージだが。


「【強攻撃クリティカル】」


ゴブリンの拳と木刀で打ち合い、隙を見て攻撃を入れていく。

スキルによる大ダメージを交えて、一体目のゴブリンにダメージを重ねていく。


しかし、倒し着る前に二体のゴブリンに間合いを詰められていた。

電撃エレクトリック】と違い投擲武器ではそれほど足止めが出来ないか。


目の前に、今まで攻防を繰り広げていたゴブリン。

その傍、すぐ後ろに二体のゴブリン。

確認は出来ないが、魔法をあてたゴブリンはその更に後ろだろうか。


ゴブリン三体に接近され囲まれている状況。


退避ーー

いや、その前に攻撃される。

二体同時に。


だったらーー


前!


身体をかがめて地面を蹴り、前へと飛び出す。


そのまま目の前にいたゴブリンの足元に突進タックル

足元を崩されたゴブリンは、そのまま俺の上に倒れ込んでくる。


ドサッという音と共に俺の背中に衝撃が来る。


重っ!!


俺の命を狙う巨体の魔物と、肌が触れ合っているという精神的な重圧。

人間よりも遥かに重い巨体にのしかかられる、物理的な重圧。


それらに耐えながらも、しかしそのゴブリンが盾となって左右にいる二体のゴブリンからの攻撃を防ぐ。


すぐに背中の上のゴブリンを持ち上げるように身体を起こす。

ドサッと背後に落ちるゴブリンには目もくれずに、左側にいるゴブリンへとさらに接近する。


ゴブリンは間合いへと入ってきた俺を攻撃しようとする。

先手を打ってほぼゼロ距離からの魔法。


「【電撃エレクトリック】」


深追いはしない。

俺は前へと踏み込んだ足で地面を蹴り、後ろへと飛びながら木刀を振るう。


「【強攻撃クリティカル】」


退避前の一撃で発動することで、後隙からの復帰時間を稼ぐのが目的。


しかし右手にいたゴブリンが迫り、宙を飛ぶ俺に攻撃をしてくる。


「【防壁シールド】!」


ゴブリンと俺の間に防壁が生成され、ゴブリンの拳を受け止める。

彩さんのレベルが上がったことで防壁の魔法も多少固くなり、ゴブリンの拳をほぼ相殺できるようになった。


ほとんど威力の残っていない拳が俺の身体を捉え、俺の身体をさらに後ろに飛ばす。

退避して一度距離を取ることが目的だったので、その流れに身を任せて距離を置く。


「【回復ヒール】」


すかさず彩さんから回復が飛んでくる。

大したダメージは負っていないが、万が一を防ぐ意味でありがたい回復だ。


依然ゴブリンは四体。

しかし内二体はかなり満身創痍。


硬直していたゴブリンは動き出したようだ。


仕切り直し。


走り出してゴブリンへと向かう。


今度は左側の壁沿いを移動する。

ゴブリンに背後を取られないためと、左側に満身創痍のゴブリンが固まっているからだ。


しかし、俺がゴブリンの元へと到達する前にゴブリンたちがその立ち位置を変える。

瀕死のゴブリンたちが後ろへと下がり、残りの二体が前へと出る。


不覚にも、元気なゴブリン二体の元へと自ら飛び込んでしまった形になる。


「彩さんっ!」


呼び掛けをして、手前のゴブリンへと向かう。


迫り来る俺と対峙し、攻撃をしてくるゴブリン。

それを木刀で受け止める。


「【防壁シールド】」


彩さんのシールドが、後ろのゴブリンの進行方向を塞ぐ。

二体に間合いにはいられると、魔法を使わざるを得なくなるからだ。


俺へと向かってきていた後ろのゴブリンが一瞬立ちどまる。

すぐにシールドを破壊するも、その僅かに生まれた時間で立ち位置を調整する。


俺と打ち合っているゴブリンを間に入れることで、距離を詰められないように立ち回る。


俺の前にまずゴブリンがいて、その真後ろにゴブリンがいる形だ。

その更に後ろに満身創痍なゴブリンが二体いる。


「【防壁シールド】」


俺と、前にいるゴブリン、後ろにいるゴブリン。

この三体が常に一直線上になるように、前のゴブリンの攻撃を防ぎながら位置を調整する。


後ろのゴブリンは当然距離を詰めようとするが、それをさせない。


「【防壁シールド】」


彩さんのシールドと俺の立ち回りで、決して二体同時に間合いにはいられないようにする。


痺れを切らした後ろのゴブリンが大きく回り込んで、俺の横から迫ろうとする。


瞬間、身をかがめて地面を蹴る。

今まで攻防を繰り広げていたゴブリンの足の横を通り過ぎ、脱兎のごとく逃げ出す。


通路の奥へと。


そのまま追いつかれないように進み続け、奥にいた満身創痍のゴブリンたちの元へ。

先に頭数を減らすに限る。


相手もこちらに気づいて反撃しようとしてくる。


だが殆ど力は残っていない。

攻撃も遅い。


避けられるはずだ。


姿勢を崩さず、顔を上げて。

相手の挙動に目を凝らす。


ーーここ!


攻撃を避け、すり抜けざまに木刀を振るう。


バコンッバコンッと二連撃が鳴り響き、二体のゴブリンが死ぬ。


「あお君っ!【防壁シールド】ッ!」


彩が警告の声を発して、魔法を発動する。

見えてはいないが分かってはいる。


後ろにいるゴブリンが俺を追いかけてきているだろう。


このまま前へと進み、距離を離すか。

その選択肢を即座に切り捨てて、素早く後ろを振り向く。


瞬間、俺のすぐ後ろに展開されていたシールドが、ゴブリンの拳によって割られる。


咄嗟に右肩を前に出して胴体を守る。

シールドを割ったゴブリンの拳はそのまま俺の上腕へと吸い込まれ、肩に衝撃を与える。


攻撃直後の無防備な胴体へ、左手で木刀を振り抜く。


「【強攻撃クリティカル】」


威力の減衰した拳によるダメージと引き換えに、特大のダメージを返して後ろへと飛ぶ。


「【回復ヒール】」


回復が飛んできて、思いのほかダメージの入った肩を癒す。


今までと同じように、距離をとって一旦落ち着こうと試みたが、すぐにゴブリンが迫ってくる。

残りの二体が同時に迫ってくる。


先程までと同じ状況。

また彩さんのシールドを駆使して一体だけを相手取るように立ち回ることも出来るが、彩さんがあとどれだけ魔法を撃てるかが分からない。その点でなら俺の方が余裕があるだろう。


俺は左手を伸ばして奥のゴブリンに向けて一声。


「【電撃エレクトリック】」


魔法は的中し、相手の動きを止める。

手前のゴブリンにだけ集中し、木刀を構える。


振りかぶられる拳を木刀で打ち落とし、木刀を返して一撃。


「【強攻撃クリティカル】」


コレでこの個体には【強攻撃クリティカル】の攻撃を二回当てたことになる。

ゴブリンなら【強攻撃クリティカル】二回で確実に沈む。


その行く末を確認せず、そのまま手前のゴブリンを通り過ぎる。


奥で麻痺しているゴブリンの元へと向かい、動き出す前に一撃叩き込む。


「【強攻撃クリティカル】」


俺がスキル後の隙から抜け出すのと、ゴブリンが硬直から解かれるのがほぼ同時だった。


お互い先手を狙って振るった拳と剣はぶつかり合い、攻防が始まる。

こうなれば後はゴブリンとの一対一の勝負でしかない。

そのまま押し切って命を刈り取った。


周囲を見渡して、もう敵が居ないことを確認してから構えを解く。


「お疲れ様です」


離れたところから援護してくれていた彩さんが寄ってきて労ってくれる。

二人で魔石を拾いながら離す。


「援護ありがとう。すごい良かった」

「はい!ただ回復過剰だったかもしれません。回復を控えていたら後半もシールドで援護できたのに…」

「いや、シールド援護はあくまで最善策だから気にしなくていいよ。それに最後の回復は無いとキツかったかも」


さっきの戦いの振り返りと情報交換をする。

おおよそ戦いの前に話し合ったどおりに戦えた。


「戦った感覚はどうでした?」

「まぁ...余裕はあったかな。あと二体くらい増えるとしんどいけど、このくらいなら問題ないと思う」

「レベルアップの恩恵ですね」


ここまで安定してゴブリンに勝てるようになったのは、彩さんの援護があるからというのももちろんある。

しかし、俺がステータスでゴブリンを上回るようになったのが大きいだろう。

木刀と拳で撃ち合っても押し勝てるようになった。

その上でアビリティや彩さんの援護も駆使すれば、ゴブリン複数相手にも優位を取りやすい。


これが覚醒者の強さだろう。

常人の頃から確実に強くなっている。


「じゃあそろそろ帰ろうか」

「分かりました」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


迷宮を出て学校へと戻る...前に、やらなきゃ行けないことがある。


迷宮の出口の手前で立ち止まり、周囲に魔物がいないか確認する。


「じゃあ、やろうか」

「はい、お願いします」


彩さんからナイフを取りだし、俺の左手に当てる。

躊躇いと恐怖を押し込めて、一思いにナイフを引く。


「あ、やべっ。やりすぎた」


思いのほか血がドバドバと流れてきて、焦る。

もちろん精神的快楽を求めてリストカットをした訳じゃない。


「【小治癒ア・キュア】【小治癒ア・キュア】...【小治癒ア・キュア】」


出血した俺の左手を彩さんが魔法で治療する。

三回の魔法を経て傷が塞がる。


もう一度。

今度はやりすぎないように。

太い血管の通っていない場所を狙って、慎重に薄く切った。


「【小治癒ア・キュア】」


再び彩さんが治療する。


「スキルレベルが上がりました」


すると、逐一ステータス画面を確認していた彩さんがそう報告する。


「おぉ〜」


そう。何がやりたかったかと言うと、彩さんのレベリングだ。


【うけらが花】の能力が「ダンジョン内で魔法を使い他者を回復した時、ステータスレベルの経験値とスキルレベルの経験値を蓄積する」ため、俺が無理やり怪我をして彩さんが回復魔法を使えば、経験値を入手できるだろうと言う考えだ。

ダンジョンでの休憩中に、コメント欄から提案された。


レベリング後の、彩さんが魔力切れを起こした時に魔物から奇襲を受ける可能性を考慮して、ダンジョンを出る直前に行うことにした。

ダンジョンを出てしまえば彩さんが使い物にならなくても、俺一人で戦えるからだ。


「新しく覚えた魔法は?」

「いや、新しい魔法は発現してないですね。【小治癒ア・キュア】が【治癒キュア】に変わりました」

「おぉ〜」


小治癒ア・キュア】の回復力は低かったので、強化されたのは良い事だ。

あとは、俺が複垢増殖でレベリングしようとした時みたいに、能力が調整されないかどうかだ。


「まだいける?」

「はい大丈夫です」


まだ魔法が使えるようなので、引き続きレベリングを続ける。


「【治癒キュア】」

「【治癒キュア】」

「【治癒キュア】」


その後も彩さんの魔力が切れるまで自傷と回復を続けた。

その結果彩さんはステータスレベルが4に。

未だにレベル3の俺は遂に追い抜かされてしまった。


彩さんの【うけらが花】が能力調整されることは無かった。






第16話 リベンジマッチ

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