第9話 死線




ダンジョンの外の公園。


当然、『原災』以降手入れがなされている訳もない。

錆びれた遊具がいくつか並ぶ。

魔物が暴れたのか、ブランコは金属製の柵がひしゃげ、鎖が切れている。

木製のシーソーは根元から潰れ、上の乗り場の部分はどこかへと消えている。


そんな廃公園に俺とゴブリンが4体目。


唯一の入口が塞がれ、左右を囲まれ、絶望的な状況だ。


敵を見渡す顔も、木刀を握る手も、汗が止まらない。


「死」という文字が頭によぎる。


いや、まだだ。切り抜ける方法を考えるんだ。


心のうちで、己を鼓舞して正気を保つ。


獲物を確実に殺すため、ゆっくりとにじり寄ってくるゴブリン達。


戦いが始まってもいないのに、生と死の境界線上に立たされているかのような緊張感。


しかし、そんな状況だからこそ、俺の性格が頭を冷静に働かせる。


扱える武器の数。


アビリティは魔法【電撃エレクトリック】と【強攻撃クリティカル】。


強攻撃クリティカル】はかなり生命線だ。消耗も少なく、制限もなく、攻撃力も高い。

ゴブリンなら2発当てれば瀕死だ。

しかし、何回か使って見えてきた弱点は、が大きいことだ。

使用中や使用後は僅かに隙が出来る。現状ではかなり大きなデメリットだ。複数敵が相手だと、隙を作るのはかなり怖い。


一方の【電撃エレクトリック】は逆に、相手に大きな隙を作ることが出来る。

命中した敵は硬直から逃れられず、2、3秒の間身体が麻痺する。複数敵を相手取らなければならない現状では、極めて大きな武器になりえる。

一方明確な弱点も存在する。

消耗だ。

今の俺じゃ撃てるのは恐らく3発。敵の数よりも少ない。

この魔法は単体攻撃だ。一応電撃だから、水道水などの伝導性の高い液体でもあれば感電させて複数の敵を硬直させることも出来たかもしれないが、ここにそんなものはない。公園の水道も通ってないだろう。

敵が触れ合っていない限り、複数の敵に当てることはできないだろう。


どちらも使い所を見極めなければ一瞬で負ける。


あとの武器は木刀と己の身体のみ。

多少のバフがあるとはいえ、平均的な人間のステータス。


俺は、力の強さや足の速さはそれほど高くない。

しかし、幼い頃に器械体操をやっていたため、身体の動かし方は人よりも上手い。


今の状況ではステータスよりもありがたい能力だ。


それだけで、ゴブリン4体相手にどこまで立ち回れるか。


現在の状況。


公園は周囲を雑木林で囲まれ、その更に外側がフェンスで囲われている。

実質的なリング。公園の中で戦うしかなさそうだ。


遊具は、ひしゃげたブランコと、原型を留めていないシーソー。コンクリートで出来た滑り台とその下を通るトンネルの遊具。この3つの中心にダンジョンの入口があり、そこにゴブリンが3体。


俺から見て左手の奥にはジャングルジムがあり、右手に唯一の出口とゴブリンがもう一体だ。


持ち前の知力の高さで、現状を把握し、生存の道を探る。

思考時間は刹那の如く。


ゴブリンが動き出すよりも早く、俺から状況を動かす。


まず右手。


出口の方で一人孤立しているゴブリンへと全速力で向かう。

敵が固まられると一気に不利になる。一人だけ距離の離れたゴブリンを今のうちに叩いておく!


向かってきた俺を見て、向こうのゴブリンもこちらへと向かってくる。


お互い全速力で距離を詰め合い、10メートル以上あった距離が一瞬でなくなる。


巨体が迫ってくる恐怖を堪え、目を皿にして敵を凝視する。


よく見る。


よく見る!


見えなきゃ死ぬ!


ーー右手!!!


相手から目をそらさず捉えた予備動作。

ゴブリンの右手の拳が突き出されるのを見て、その軌道を予測し。


ーー下!


俺とゴブリンが交差する直前にスライディングする。

ゴブリンの右手が俺の頭上をうち抜き、衝撃波が髪を撫でる。


横たわるように滑り込みながら、ゴブリンの右足に木刀を振り抜く。


「【強攻撃クリティカル】ッ」


そのままスライディングでゴブリンを通り過ぎる。


魔法を消費せずに【強攻撃クリティカル】を当てられた。

コレはかなり大きい。


出来ればこのままこの一体を倒し切りたい。


そう思い、地面に手をついて身体を起き上がらせる。


ゴブリンは足に大ダメージを追って倒れている。

このうちに、と思いそちらに走り出そうとして。


俺は咄嗟に飛び退いた。


横から近づいてくるゴブリンの姿が見えたからだ。


俺の身体の横を、ゴブリンの開いた手がすり抜ける。


俺が孤立したゴブリンの方に走ったのを見て、コイツらも追いかけてきたのだろう。

他の二体も近くまで来ていた。


四体に固まられた。


瞬時に周囲に目をやる。


少し先には、公園の出口がある。

そこに立っていた一体のゴブリンを通り越したため、今はもう出口が空いている。


街へ出るか?

もっと広々とした場所で、距離を取って戦えるかもしれない。


いや、違う。

俺と同じくらい出口から離れた場所に、先程俺に殴りかかってきた二体目のゴブリンがいる。

出口に走ったとして、追いつかれずに出られるか。

危険な選択肢だ。


俺から見て、二体目のゴブリンの左にもう一体、その左横に更にもう一体、という形で三体が横に並んでいる。

こいつらがダンジョンから出てきたゴブリンだ。


そしてその一番左のゴブリン、その後ろに俺が攻撃を与えたゴブリンが蹲っている。

そろそろ起き上がりそうだ。


俺は後退の選択肢を捨てて、前へと走り出す。

三体のゴブリンがこちらへ寄ってきたおかげでスペースの開いた、公園の奥へと。


一番左のゴブリンの方へと走り、一声。


「【電撃エレクトリック】」


命中したゴブリンが硬直する。

木刀を横に振り、そのゴブリンの胴体に一撃入れながら通り抜ける。


そのまま振り切った刀を返し、今度は逆に振る。


狙いは奥にいた、最初のゴブリン。


俺の攻撃から立ち直り、頭をあげようとしていたその首に、木刀が吸い込まれる。


「【強攻撃クリティカル】」


ことさら鈍い音が響いて、ゴブリンの巨体を僅かに吹っ飛ばす。


しかし。


アビリティで木刀を振り切った、隙だらけの姿勢に、攻撃を食らう。


真ん中にいたゴブリンが接近して、俺の右肩を後ろから殴る。


「ガァハッッ!!」


ゴブリンに比べで遥かに軽い俺の身体は、軽々しく吹っ飛ばされる。


尋常ではない肩の痛みと、脳を揺さぶられるような衝撃に身を包まれながら宙を舞う。


そのまま公園の奥へと飛んでいき、コンクリートで出来た大きな滑り台が迫る。


やばいっ!


ここで衝突して更にダメージを負ったら、いよいよ死が近づく。


なけなしの気力を振り絞って、両足を滑り台の方へと向ける。


コンクリートの壁に着地し、膝を使って少しでも衝撃を逃がす。

そのまま床の砂場へと落ち、ドサッと砂が舞う。


「グエェええッ、ゴホッゴホ、ヴエェえ、オェ...」


度重なる身体へのダメージに堪らず嘔吐き、体の中身をぶちまけようとして、ろくな物も出ないで終わる。


涙と唾液でまみれた顔を上げると、ゴブリンたちがこちらへと向かってきている。


悲鳴をあげる身体に鞭打って、後退する。


滑り台の下を通る大きなトンネルに入り、壁に手をつきながら通り抜ける。


トンネルから出ても走り続けて、ゴブリンたちから距離を取る。

ジャングルジムの辺りまで来たところで、走るのを辞め、ジャングルジムに背を預けて呼吸を整える。

口を大きく開けて、何とか酸素を取り込もうと激しく息をする。


殴られた時は酷かったが、動けないほどのダメージは負ってない。

痛みがしっかりと残る程度だ。


その怪我の引き換えに、ゴブリンを一体倒したようだ。

三体しか姿が見えなくなっている。


魔法の消費を一回だけに抑えての戦果。

攻撃を食らったとはいえ、あの状況ではだいぶマシな方だろう。


そうこうしているうちに、たいぶ息も落ち着いた。

そしてゴブリンたちも、すぐそこまで来ていた。


横に並んだ三体のゴブリン。その真ん中にいるゴブリンが俺目の前に来て拳を振り上げる。


大丈夫。


さっきも成功したことだ。大丈夫。


ゴブリンの拳をよく見て、殴りかかってきた瞬間、膝を抜いてしゃがみこむ。

拳は俺の頭上を通り越しーー


ーーハマった!


ジャングルジムの中へと吸い込まれた。


その太い腕が災いし、ジャングルジムの網目にちょうどハマってしまう。


予想外の幸運に感謝し、そのままゴブリンの体の下から抜けようとする。


しかし、その隙を逃さまいと左右から残りの二体のゴブリンが迫ってくる。


ジャングルジムと一体目のゴブリンに囲まれ、俺自身もしゃがみきっている。

その状態で左右から挟み撃ちにされ、俺はすぐに決断を下す。


魔法を使わずに突破は無理だと。


右てを突き出して静かに詠唱。


「【電撃エレクトリック】」


右側から迫ってきていたゴブリンを捉え、その動きを止める。


俺は直ぐにみ右側へと抜け出して、最初のゴブリンを盾にすることで左側のゴブリンからも身を守る。


硬直したゴブリンを殴るか、退避か。


どちらの行動を取るかを考えてーー


いや、魔法だ!


ストックの残りも少ない魔法の打ちどころを決断する。

左側から来ていたゴブリンが真ん中のゴブリンと重なる。


そちらに吹き飛ばすように、硬直した右のゴブリンに木刀を振るう。


「【強攻撃クリティカル】」


強烈な攻撃を食らったゴブリンは、あとの二体の方へと押しやられる。


思ったより押し込めなかったので、追加で蹴飛ばして更に後退させる。


そのおかげで、後ろでジャングルジムと重なっていたゴブリンの身体に当たる。


これでーー


これで、


「【電撃エレクトリック】」


魔法は三体のゴブリンへと吸い込まれ。


その全員を麻痺させる。


最大の好機。


すぐに接近し、木刀を振るう。


右側にいたゴブリンを木刀で殴ることで引き剥がし、真ん中のゴブリンに二連撃。


「【強攻撃クリティカル】ッ」

「【強攻撃クリティカル】ッ!」


敵全員が麻痺しているからこそ出来る無茶。

その二連撃は真ん中のゴブリンの命を刈り取り、塵と化す。


もうすぐ硬直が解けるかと思い、距離を置きながら、右側にいたゴブリンを木刀で殴る。殴る。


硬直解除前の敵を相手に、隙を作らないため【強攻撃クリティカル】を使わない普通の攻撃。

しかし既に何度も攻撃を食らっていたそのゴブリンは、それだけで削りきれた。


真ん中のゴブリンだけに留まらず、右側にいたゴブリンも塵と化した。


残りの一体がようkく硬直から解けて動き出す。


そう。

残り一体だ。


魔法は既に三回使ったが、あとい一回はギリギリ使えるだろう。


もう怖くはない。


油断せずに立ち向かい、魔法でしっかり足止めしながら、距離を保ち叩くだけ。


俺の最後の【強攻撃クリティカル】攻撃を受けて、最後の一体も塵と化し、戦闘が終わった。


周囲を見ても、敵はいない。


肩の痛みと、脳の疲れと、全身の疲労感がドッと押し寄せてきて、深く息を吐く。


静かになった公園に、激しくなった心臓の鼓動が響く。


その静寂が、死線をくぐり抜けたことを、示していた。






第9話 死線

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