第12話 そんな話聞いてない
「ここは……」
津積比呂に別れを告げ、ヌシ様と共に姿を消した西園寺ナナ。
つい先ほどまで六本木にいたはずなのに、閉じていた瞼を開ければ全く違う景色が広がっていた。
目の前には小さな屋敷と、自然豊かな庭園が広がっている。
空気というか、この空間全体が神秘的な雰囲気で満ちている気がした。まるでここの空間だけ時間がゆっくりと流れているような錯覚に陥る。
いや、錯覚ではないのかもしれない。
さっきまで外は暗かったのに、この場所はとても明るいからだ。
「ここは儂の神域じゃよ。ナナは来るのが初めてじゃったな」
「しん……いき?」
「そうじゃ、まあ儂の家みたいなものじゃ。ほれ、ぼーっとしてないでついてこい」
ヌシ様に促されたナナは、一歩後ろをついていく。
小鳥が囀り、虫が鳴き、
あたたかい日差しが差し込んで、空気も澄んでおりとても穏やかだが、気になることがある。それはヌシ様とナナ以外、人の気配が全くないことだった。
そんな違和感を抱いていると、ヌシ様は信じられない話を告げてくる。
「どうじゃ、儂の庭園も中々良いじゃろう」
「は……はい」
「そうかそうか、気に入ってくれてよかった。なんせナナは儂と結婚して、死ぬまで一生ここにおるのじゃからな」
「……へ?」
余りにも荒唐無稽過ぎて耳を疑った。
結婚? 死ぬまで一生? ここで?
頭の中が真っ白になってしまい、何も考えられなくなる。受け入れられない事実に脳の処理が追いつかなかった。
「何を今更驚いておる。その話は以前に済ませたではないか」
「わ、私が聞いてたのは……あなたと一緒にいることだって……」
「そうじゃ。じゃから結婚して、儂とナナの二人で一生ここに暮らすんじゃよ」
満面の笑顔でそんなこと言われても、こっちはそんな話聞いていない。
ナナからすれば、得体の知れないこの男の子と遊んだり、ご機嫌を取ることぐらいだと思っていた。
西園寺家がこれでもかというぐらい自分から男を遠ざけていたことから、最悪身体を求められることはあるかもしれないという覚悟だってしていた。
だけど結婚なんて知らないし、こんな所で一生暮らすなんて一つも聞かされていない。これじゃあまるで、神様に生贄を捧げるようなものじゃないか。
(まさか……本当にそうなの?)
はっと気づく。
父も兄も、西園寺家の人間はこの事を知っているんだろうか。全部知った上で家族をこんな得体の知れない化物に捧げたのならば、こんなに酷い話はないじゃないか。
それも、自分には事情を一切話さず隠したままで。
「脅えておるのか?」
「ひっ」
考えている間にいつの間にかヌシ様が背後にいて、耳元で囁いてくる。その声音は悍ましく、ナナの背筋を震え上がらせた。
さらに後ろから抱きしめるように身を寄せられて、身体をまさぐられたり手の平で顔を何度も撫でられる。
「可愛いナナ、脅えることはない。すぐにここでの生活にも慣れて楽しくなる」
「やめて……お願い」
「ふぅむ、やめてもよいが、どの道ナナは儂と今日初夜を迎えるのじゃぞ。まぁ確かに、順序は大事じゃよな。このまま押し倒してもよいが、む~ども大切じゃ。できればナナには嫌われとうないしの」
「……」
ナナは口を閉ざしたまま何も言えなかった。
初夜なんて迎えたくないし、既に死ぬほど嫌いだ。だけどそんなこと言ったら逆上されて何をされるかわかったもんじゃないから、機嫌を害さないように口を噤んだのだ。
「そうじゃ、ならばさっさと結婚してしまおう! ほれナナ、儂と婚約指輪を交換しようぞ。お前がまだ小さい頃、儂が預けたじゃろう? ちゃんと大事に取っておるじゃろうな」
「……」
「何を黙っておる。ほれ、早く出さんか」
ヌシ様に急かされて、ナナは仕方なく首につけていた指輪付きのネックレスを外して渡す。
「おぉこれじゃこれじゃ。この指輪こそ儂とナナを結ぶ結婚指輪……んむ? なんじゃこれは!? 儂がやった指輪じゃないじゃないか!」
ナナから指輪を受け取ってご満悦な表情を浮かべたヌシ様だったが、自分があげた指輪ではないと気付くと一転して鬼のような形相に変貌する。
その指輪は黄金の指輪。比呂がスーツのお礼にとくれた指輪であった。
自分の物ではない指輪をナナに叩き返すと、ヌシ様はナナに詰め寄る。
「きゃ!?」
「儂がやった指輪はどこへやった!? 誰に渡した!? 答えろ!」
「……」
「もしや……あの男か? ナナをかどわかしたあの人間に渡したのか!?」
目の前で怒鳴り散らしてくるヌシ様に、ナナは無言のまま顔を背けた。その態度が肯定であると感じ取ったヌシ様は、怒りに任せてパシンッとナナの頬を叩く。
「つっ……」
「全く、ナナには困ったものじゃ。こっちへ来い!」
「痛い痛い! 離して!」
腕を強く掴んで引き摺るようにどこかへ連れて行かれる。
やがて小さな蔵に辿り着き、投げられるように蔵の中へ入れられた。
「結婚は後じゃ、奴から儂の指輪を取り戻してくる。それまでこの蔵で反省しておけ」
そう言われて、バンッと扉が閉じられる。
慌てて開けようとするもビクともしない。完全に閉じ込められてしまったようだ。
「そんな……出して、出してよ!」
ダンダンと扉を叩く。が、反応は一切なかった。
薄暗い蔵に一人閉じ込められたナナは、へなへなとその場に座り込む。
瞳から光が消え、絶望した顔を浮かべて呟いた。
「ヤダよ……何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ。誰か、誰か助けて」
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