第11話 流石に二回目はないと思ってました

 



「やっと見つけたぞ、ナナ。随分探したが、まさかこんな所にいたとはな」


「「お兄ちゃん」」


「おい、お前にまでお兄ちゃんと言われる筋合いはないぞ」


 そこはちゃんと突っ込んでくれるのね、お兄ちゃん。


「というより、まだそんな奴と一緒に居たのか。あの方が聞いたら怒るどころじゃないぞ」


「お兄ちゃんこそ、よくここに居るってわかったな。なに、本当はストーキングするほどシスコンなの?」


「馬鹿が、お前等がここに来ていると連絡が入ったんだ。まさかとは思って来てみたが、戻っているとは思わなかったぞ」


 なるほどね、今日行った店のどっかからお兄ちゃんに連絡がいったのか。

 ちっ、タイミングが悪かったな。六本木に戻って来なきゃ出くわすこともなかっただろうによ。


「もう十分気は済んだろ、ナナ。いい加減帰ってこい、あの方も待っておられる。あの方を怒らせるような真似はするな」


「っ……」


 ナナが俺の服の裾をそっと握りしめる。身体は震えていて、明らかに脅えていた。

 心の中でしょうがねぇな~と呟いた俺は、ナナを隠すように一歩前に躍り出る。


「それはなんの真似だ?」


「悪いけどよ、ナナには“今日一日デートに付き合う”って約束してんだ。だからまだ帰す訳にはいかねぇ。明日にでも出直してきな」


「おじさん……」


「馬鹿が、今日でないと駄目なんだよ。言う事を聞かないのなら、力付くでも連れて帰るぞ」


「はっ、笑わせんじゃねえよとっつあん坊や。俺の渾身のアッパーを食らってビービー泣いてたのをもう忘れたのかい? 今度は救急車を呼ぶことになるだろうぜ」


「ふん、お前みたいな野蛮なクズに僕が相手をすると思うか? サツキ、出番だ」


「はい、坊ちゃま」


「――っ!?」


「サツキさん?」


 びっくりしたぁ……いきなり出てくるんじゃねえよ。

 つ~か何だよその格好はよぉ。黒ぶち眼鏡にメイド服とか良い趣味してんじゃねぇか。黒服の次はメイドが相手ってか? 冗談にしては笑えるぜ。


「どこのどなたか存じ上げませんが、退かないのなら痛い目に遭いますよ」


「はっ! 言ってくれんじゃないの。そっちこそ大丈夫か? 言っておくが俺は相手が女だろうと気にしねぇ、平気で男女平等パンチをかませる男だぜ。そこん所わかって言ってんのか」


「ええ、そちらの方がこちらとしても気兼ねなくやれるので好都合です」


 おいおい、マジでる気かよこのメイド。

 っていうかここまだ店内だぞ。商品がダメになっても俺は絶対弁償しねぇからな。


「ナナ、これ持って下がっとけ」


「だ、大丈夫なの?」


「心配すんな、俺がそんじょそこらの奴より強いのは知ってんだろ?」


「うん」


 スーツが入った買い物袋を渡すと、腰を軽く落として構える。


 このメイド、やたら雰囲気がある。恐らく昨日追い返した黒服の比じゃねぇ。余裕かましてってっとやられるな。


「やれサツキ、あのクズをボコボコにしろ」


「参ります」


「っ!?」


 速ぇ!?

 なんだこのメイド、一瞬で間合いを潰してきやがった!

 しかも突きも蹴りも相当速ぇ、本当はメイドじゃなくて暗殺者とかだろ!?


「しっ!」


「くそ!」


「はは、いいぞ! そいつをぶちのめしてしまえ!」


「おじさん!」


 確かにこのメイドは強ぇよ。格闘術も半端じゃねぇ。

 だがな、こちとらお前ぐらいデキる奴とは数えるのも面倒臭ぇほど戦ってきたんだよ。


「調子に乗んじゃねえ!」


「――っ!?」


 顔面への正拳突きを紙一重で躱し、カウンター気味でボディーブローを叩きつけてメイドを吹っ飛ばした。

 ちっ、咄嗟に後ろに飛んで衝撃をいなしやがったな。流石に今の一発じゃ決まらねぇか。


 だが、あれぐらいなら俺の敵じゃねぇことはわかった。

 次で決めてやるよ。


「何をやっているんだ!? モタモタしてないでさっさとあのクズをやるんだ!」


「“同業者”の方でしたか。それならば、こちらも本気を出させていただきます」


「おま……それどっから出しやがった」


 さっきまで手ぶらだった筈なのに、突然メイドの手元に刀が現れる。


 フォンッて感じで出したぞ。フォンッて。

 なんだよそれ、インチキじゃねぇか。アイテムボックスみたいな能力でもあんのかよ。勇者召喚した俺だってそういう能力もらえなかったんだぞ! ズルいじゃないか!


「死なないでくださいね」


「――っ!?」


 危機を察知した俺は、両腕をクロスして防御姿勢に入る。

 刹那、メイドが振り下ろした刀から凄まじい斬撃波が嵐のように襲い掛かってきた。


 斬撃波に直撃した俺は、壁をぶち破って外へと投げ出される。


「おじさん!」


「あっ、おい待てナナ!」


「ばっきゃろう! ここ何階だと思ってんだよ!?」


 五階から投げ出された俺は、文句を吐き飛ばしながら姿勢を整え、なんとか両足をついて着地する。足先から仙骨あたりまでジーンと痺れるような痛みがキた。


 あのクソったれメイド、何考えてやがんだ! 俺じゃなかったら死んでるぞ!


 上を向くと、またまた信じられない光景が目に入ってくる。なんとあのメイドが、ビルの壁を走りながら降りてきているのだ。


「暗殺者じゃなくて忍者かよあのメイド!」


 いくら何でもキャラ盛り過ぎじゃねーのか? せめて一つか二つに絞ってくれよ。


「やはり無事でしたか、タフですね」


「怪我したらどうするんだテメエ。言っておくが俺は国民保険しか入ってねぇんだぞ、入院費なんか払えねぇんだからな」


「それなら心配ご無用です。死ねば入院する必要もないでしょう?」


「ねぇ、それ冗談――じゃないようだな!?」


 また凄まじい速度で肉薄してきて刀を振り下ろしてくる。

 なんとか躱せてはいるが、当たったらぶった斬られるため迂闊に反撃もできねぇ。それにさっきよりリーチがある分、メイドに間合いを掌握されちまっている。


 こうなりゃ一か八か、出たとこ勝負に持ち込むしかねぇな。

 必要なのは予測と度胸。タイミングを計り、真上から振り下ろされる刀を両手で挟み込むように受け止める。


「なっ!?」


「へへ、秘儀、真剣白刃取りってな」


 斬撃を受け止められて驚愕しているメイドに対し、俺は両腕に力を注ぎ込んでバキンッと刀身を折る。そして――。


「歯ぁ食い縛れよ、俺の拳は骨に響くぜ」


「ふぐ!?」


 メイドの横っ面を殴り飛ばした。

 だから言っただろ? 俺は相手が女だろうが平気で男女平等パンチをかませる男だってな。


「おじさん!」


「お~ナナ、大丈夫か?」


「それはこっちの台詞だよ! 五階から落ちたんだよ!? 何ともないの!?」


「まぁな、実は俺サ〇ヤ人なんだ。空は飛べないが、あれくらいの高さならへっちゃらよ」


 心配されないように冗談を言うと、ナナは「もう、馬鹿」と安心したように微笑んだ。


 とはいえ、色々と驚いたぜ。

 まさかこっちの世界であんなに戦える奴がいるとは思わなかった。


 流石ジャンルがローファンタジーなだけはある。デートばっかりだから途中までラブコメかと勘違いしそうになったぜ。


「おいサツキ、何をしているんだ!?」


「申し訳ございません……」


「謝ってないでさっさとあのクズをぶっ殺すんだよ!」


「おいとっつあん坊や、まだやるってんなら俺も容赦しねぇぞ。ここは大人しく身を引いた方がいいんじゃねぇのか」


「くっ……」


「おやおや、手を込まねいているようだのぉ」


「「――っ!?」」


 おいおい勘弁してくれよ、また変なのが現れたぞ。

 にしても何だよあの白髪のガキんちょはよぉ。ぱっと見は中坊みたいだが、その身からやべぇ圧を感じる。


 あのガキんちょが出てくるや否や、お兄ちゃんとメイドの顔色が真っ青になってやがるしよ。いや、二人だけじゃなくてナナも尋常じゃないくらい脅えてやがる。


 はは~ん、わかったぞ。

 さてはあのガキんちょが黒幕だな? 生粋のな〇う読者の俺にはそれくらいすぐに分かっちゃうもんね。


「ヌ……ヌシ様……」


「ハジメや、儂のナナをかどわかした者はあの者か?」


「は……はい、そうです」


「そうかそうか。ではあの者には罰として死んでもらうとしようかのぉ」


「はっ、黙って聞いてりゃ随分と面白ぇこと言ってんじゃねぇかよクソガキ。誰が誰を殺すだって? 冗談にしても笑えねぇっての」


「ほう、粋が良い小僧だな。その達者な口がどこまで続けられるか見物だの」


「がはっ!?」


 突然重い衝撃を腹にぶち込まれて、無理矢理空気を吐き出される。

 何だ……何をされた? 何も見えなかったぞ。何かをするような挙動さえ感じられなかった。


「おや、もうお終いか? つまらん奴だのぉ」


「馬鹿言わないで! これくらい痛くも痒くもないんだからね!」


 とかツンデレみたいな口調してる場合じゃねぇ。

 何をされたかわからない以上、こっちから攻めるしかねぇな。

 俺は攻撃の的にならないようジグザグに移動しながらクソガキに接近し、視界の外から蹴りを放った。


「ガキはクソして寝る時間だぞ!」


「筋は良いが、お前が儂に触れることは叶わんぞ」


「んにゃろ!」


 蹴りが届いてねぇ。

 見えない何かに阻まれて、寸でのところで止められちまってる。


 何なんだこれは、空気か? 空気を操ってんのか? それとも防御結界の類か?


 まぁなんでもいい、攻撃を阻むってんなら押し通すほどの威力をぶつけるだけだ。


「ほれ、頭が高いぞ」


「がはっ!?」


 また鈍器のような衝撃で頭を殴られた。

 マジでなんも見えねぇ。対応策が見つからねぇ。


「頑丈な身体だのぉ、儂の攻撃をここまで受けてまだ倒れんとは」


「はっ、これくらい屁でもねぇっての」


「強がってはおるが、いつまで持ち堪えられるか見物じゃの」


「がはっ! ぐほっ! がっ!?」


 それからというものの、俺は見えない攻撃にタコ殴りにされた。

 それはもうボッコボコよ。自分で言うのもなんだが、既に半分意識が飛んでやがる。


 かろうじて、根性で意識を繋ぎ止めているようなもんだ。このままじゃマジで死んじまう。

 なんだよあのガキんちょ、強過ぎんだろ。チート使ってんじゃねぇだろうな。


 だが、攻撃を受け続けたお蔭か見えない攻撃の正体が少し掴めたぜ。

 とは言っても、流石にシコタマやられ過ぎてもう立つ力も出ねぇ。


「人間にしてはもった方じゃが、お終いじゃの。息の根を止めてやろう」


「待って! もうやめて!」


「ナ……ナ……」


 倒れている俺を庇うように、ナナが両手を広げる。

 おい、何やってんだお前。


「お願いだから、言う事を聞くから……おじさんを殺さないで」


「ふむ、よかろう。ナナがもう儂から逃げんと言うのなら、その者を生かしてやってもよいぞ」


「うん、約束する」


「馬鹿……野郎っ。俺のことなんか気にすんじゃねぇ。約束……しただろ、今日一日お前のデートに付き合うってよ」


 拳をぎゅっと握りしめ、踏ん張って立ち上がろうとする。

 が、ニート生活を続けてナマった身体は俺の言う事をちっとも聞いてくれなかった。


 そんな情けない俺に、ナナは振り返って涙を流しながら微笑む。



「ありがと、おじさん。おじさんのお蔭で夢が叶ったよ。私なら平気だから、おじさんも元気でね。それから最後に、これだけは言わせて」


「おい、待て……最後ってなんだよ」


「いつまでも無職じゃ駄目だからね。ちゃんと就活して、しっかり働くんだよ」


「待てって言ってんだろ!」


「バイバイ、おじさん」



 それだけ言うと、ナナは自分からガキんちょへ歩み寄っていく。

 ガキんちょはナナに触れると、最初からそこにいなかったように姿をくらませる。


 その光景を、俺はただ何もできずに見届けていた。


 呆然としていると、サイレンが鳴り響いてパトカーがやってくる。パトカーから警察官が出てきて、何故か倒れている俺の両手に手錠をかけた。


「津積比呂、少女誘拐の容疑で逮捕する!」


「なっ!?」


 少女誘拐の容疑だって!? いったい何のことだよ!?


「ふん、僕が根回しをしておいたのさ」


「お前が……」


「昨日言っただろ? 僕にこんなことしてタダで済むと思うなよってな。僕を殴ったお前だけは絶対に許さない。一生ブタ箱で臭い飯を食っているんだな」


「このクズ野郎……」


「はぁ? クズはお前の方だろ。 ん? 何だこれは?」


 お兄ちゃんは何か気が付いたような反応を見せ、そこに落ちている物を拾う。それはナナが俺に買ってくれたスーツ一式が入った紙袋だった。


「スーツ? しかもブランド物じゃないか、もしかしてナナに買ってもらったのか?」


「おい、汚ねぇ手でそれに触んじゃねぇ」


「ふん、身の程を知れよクズ。クズがこんなものを身に着けたって宝の持ち腐れだろう。クズにはクズに見当った物を身に着けないと。こんな風にな!」


(この野郎……!)


 お兄ちゃんは買い物袋を落とすと、俺の目の前でガッガッと何度も踏み潰す。ナナが俺の為に……一歩踏み出す勇気を与えてくれるために買ってくれた物が、クソ野郎の足で汚されていく。


「ふん……これに懲りたらこれからは夢なんて見ようとしないで、身の程をわきまえて生きていくんだな。はーはっはっは!」


「……」


「もういいぞ、さっさと連れていけ」


「「はっ!」」


 自分で歩けない俺は警察官二人に運ばれ、物のようにパトカーに投げ入れられる。


 パトカーが発進する中、俺は自分に対して呟いた。



「クソったれ……」




 クソったれぇぇぇえええええええええええええええええ!!!
























 ――ガシャン。



 そして俺は捕まった(二回目)。

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