第10話 一歩踏み出す勇気

 



 それからも俺はナナのデートに付き合わされ、色んなことをした。

 ユーフォ―キャッチャーをして一つも取れなかったり、カラオケで俺がバタフ〇イを熱唱したり、ワンゲームだけボウリングしたり。


 この短時間で学生がするような遊びをやり尽くした。

 日が暮れる時間まで遊び倒した俺達は、流石に疲れたのでス〇バで休憩している。こんなに遊んだのは俺も高校以来で、足がパンパンになっていた。


「う~ん、楽しかったぁ!」


「これで満足か?」


「うん、大満足!」


「そらぁよかった」


 そんだけ満足してくれれば、こっちも一日中付き合った甲斐があったってもんよ。まぁお蔭で、なけなしの三万円はすっからかんになっちまったけどな。


 明日からの生活どうしよう……と本気で悩んでいると、不意にナナが飲み物のストローをいじくりながら口を開く。


「私ね、男の子とこういう普通のデートするのが夢だったんだ」


「そういやそんなこと言ってたな。でもよ、お前ぐらいの年頃だとデートの一つや二つはしているもんなんじゃないのか? 特にお前はモテるだろうし」


「一回もないよ。デートどころか、家族以外の男の人とろくに話したこともないもん。幼稚園からずっと女学院だしね」


「へぇ、そら珍しいな」


 そこまで徹底されているとなると、恐らく家庭の事情的なもんなんだろう。


「だからね、おじさんのお蔭で夢が叶ったよ。ありがとね」


「そらどうも。でもよかったのか? デートの相手が俺みたいな奴でよ。男の子って歳でもねぇしな。もっと他に相応しい相手がいたんじゃないのか」


「そんなことないよ、おじさんがデートの相手で良かった。だってすっごく楽しかったもん、やりたかったことも沢山できたしね」


「へっ、確かにこれでもかってくらい付き合わされたな」


「ふふ、感謝してます」


 にこやかに微笑むナナは、一転して暗い顔を浮かべる。


「本当はね、こうしてデートしたり、自由に色々な所に行ってみたい。海外とかにも興味があるんだ」


「行きたきゃ行っちまえばいいじゃねぇか。海外だろうが宇宙だろうがよ」


 自慢じゃねぇが、こちとら異世界に行ってっからな。


「そうしたいけど、そういう訳にはいかないんだ……」


 そう言って、ナナは悲しそうに微笑んだ。

 底抜けに明るいナナを、何がそこまで縛り付けているんだろうかと気になるが、赤の他人が気軽に突っ込んでいい領分じゃねぇ。

 所詮俺は、たまたま出会った一日限りの相手に過ぎないんだからよ。


「やめだやめだ、辛気臭ぇ話は無しにしようぜ。折角のデートが台無しになっちまうだろうが」


「うん、そうだね。ごめん、この話はもうお終い!」


「ところで、この後はどうすんだよ。これでデートは終わりか?」


「最後にもう一か所だけ付き合ってもらっていい?」


「しゃ~ねぇな、こうなったらとことん付き合ってやるよ」


「ふふ、ありがとね、おじさん」



 ◇◆◇



「んで、最後とりのデート場所がスーツ店でいいのか?」


「うん、ここでいいの」


 ス〇バを後にした俺達は、最初に訪れた六本木に出戻ってきた。


 にしても何でまたスーツ店なんだ? てっきり展望台とかでロマンチックに夜景でも見るのかと思っていたが、まさかのチョイスだったわ。


 俺が困惑している間に、ナナは飾られているスーツを吟味している。


「う~ん、スーツはこれでネクタイはこれかな~。それとローファーはこれだね」


「おい、何でお前がスーツなんか選んでんだよ。まだお前には早いだろ……ってかこれ男物だし」


「何言ってんの、おじさんのスーツに決まってるじゃん」


「はぁ?」


 いったい何を考えているんだこいつは?


「おい、俺はスーツなんかいらねぇぞ」


「いいからいいから! ほら、早く試着してきて」


 いらねぇっつってんのに、ナナは言う事を聞かず強引に話を進めてしまう。仕方なくナナが選んだスーツを試着すると、納得するように頷いた。


「うん、バッチリ! これください」


「かしこまりました」


「おい、マジで買う気か?」


「マジだよ。だって家の片隅にほっぽってあったおじさんのスーツ、しわくちゃでボロボロだったじゃん。あんなんじゃ就活しても受からないでしょ? ちゃんとしたスーツを着ないと」


「……余計なお世話だっての。いいんだよ、別に。俺はもう働く気なんか更々ねぇんだからよ」


 親切心でそう言ってくれるナナに対し、俺は子供ガキのように顔を背ける。


 どうせ俺なんかを雇ってくれる会社なんて一つもないんだ。中卒で、十年間消息不明で、学もスキルもない履歴書真っ白な奴がどれだけ頑張ったって嫌味を言われるだけなんだよ。


 そんな風にいじけていると、スーツ一式が入った買い物袋を店員から受け取ったナナがそのまま俺に渡してくる。


「はい、おじさん。今日一日私の我儘に付き合ってくれたお礼」


「だからいらねぇって言ってんだろ」


「おじさんがどうして無職なのか、働こうとしないのか私にはわからないし、聞く気もないよ。でもねおじさん、今のままじゃダメなんだよ」


「……」


 ……そんなことは俺が一番よくわかってる。

 このまま仕事もせずダラダラとニートを続けることなんてできねぇってことぐらいな。でもよ、どうしようもねぇじゃねえか。


 これでも俺は、一生懸命頑張ったんだよ。頑張った結果がこれなんだよ。


「腐るのは簡単だよ。でもね、大切なのはそこから一歩踏み出す勇気だよ」


「――っ!?」


「辛いこともあるだろうし、理不尽なこともあるだろうけど、おじさんなら大丈夫だよ。今日おじさんとデートしたこの私が保証する。絶対上手くいくから」


 応援するかのように強い声音でそう告げるナナは、俺のケツを引っぱたいて笑顔でこう言った。



「だからいつまでもいじけてないで、頑張れおじさん!」


「ぷっ――はは、はははははははははははははは!」



 笑った。腹の底から笑った。

 情けねぇ、情けねよな。余りにも自分が情けなくて涙が出ちまうぜ。


 まさかガキんちょに励まされるた~な。

 参ったねこりゃ。いや、ガキは俺の方だったか。


 そうだな、いつまでもいじいじいじけてるなんてダッセぇ真似できねえや。


 変わらなきゃいけねぇんだ。

 ナナが言ったようによ、泥沼から這い上がるためには一歩踏み出すっきゃねえだろうが。


 ありがとよ、ナナ。お蔭で目が覚めたぜ。



「そうだな……女にケツ引っぱたかれて何もしねぇんじゃ、男じゃねぇよな。ありがとよ、ナナ。お前にもらったこのスーツを着てよ、また頑張ってみるわ」


「うん、頑張れおじさん」


 ナナからスーツを受け取った俺は、「そうだ」と言って首にかけていた指輪つきのネックレスを渡す。


「なにこれ?」


「お守りみたいなもんだ。それを付けてりゃ毎日ぐっすり眠れると思うぜ。スーツをくれた礼にお前にやるよ」


「ふ~ん、そんなに凄い指輪なんだ。でもいいの? すっごく綺麗だしこれ多分金とかじゃない?」


「いいんだよ、“こっち”ではもう使い道もねぇだろうからな」


 確かにその指輪は、俺にとって大事なもんだ。

 異世界から唯一持ってこれた思い出の品でもある。でもこっちの世界じゃどうせ使わねえし、俺に一歩踏み出す勇気を思い出させてくれたナナにならくれてやっても構わねぇ。


 それにこの指輪があれば、大抵の悪意からナナを守ってくれるだろうしな。俺が持っているよりずっといい。


「ありがと、おじさん。大事に使わせてもらうね」


「おう」


「じゃあ私からもこれあげる」


「はい?」


 突然何を言い出すんだと首を傾げていると、ナナも首につけていた指輪つきのネックレスを外して渡してくる。

 なんだよ……お前も同じような物持ってたのかよ。


 でもこの指輪、なんか気味悪いな。

 何故だかはわからんが、この指輪には妙に嫌悪感を抱いてしまう。呪物とかじゃないだろうな?


「指輪の交換なんて、なんか結婚式みたいだね」


「おバカ、なにつまんねぇこと言ってんだよ」


「そんなこと言って、本当は照れてるんでしょう~」


「照れてねぇわ」


 本当はちょっと照れていたりするけどな。

 でもまぁそこは大人として何でもないかのように取り繕わせてもらうぜ。



 ――と、そんな風に最高のデートを締めくくろうとした時だった。



 どこにでもわき出てくるんだ。

 折角人が楽しんで終わろうとしているのに、それを邪魔するかのように水を差してくるような馬鹿がよ。



「やっと見つけたぞ、ナナ」

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