第9話 プリクラで撮る写真は可愛い通りこしてバケモノ

 



「へぇ、ここが原宿か~、私初めてきたよ」


「うん、俺も初めて」


 就活の時も原宿に訪れることは一度もなかったな。

 大体よぉ、原宿って若者の聖地だろ? 


 とくに竹下通りなんかは、カップルや女子中高生とかがワイワイやってるか、外国人観光客しかいねぇよ。

 俺みたい冴えない中年が来る場所じゃねぇしな。


「さっ、行こうおじさん」


「うげぇ、本当に行くのか?」


「勿論、ほら早く」


「ちょいちょい、なにも腕を組まなくたっていいだろ」


 ナナがいきなり俺の腕に手を回してきた。

 あのさ~急にそういうのやめてくれる? ドキッとしちゃうじゃない。こっちはそういう甘酸っぱい経験ないんだからさ。


「デートなんだから腕くらい組んだっていいじゃん。ダメ?」


「しょうがねぇな~もう、今回だけだぞ」


「とかいって、本当は嬉しいんでしょ?」


「ちょびっとだけな」


 確かにナナみたい可愛い女の子に腕組みされるのは悪い気分ではない。周りから変な目で見られないか心配ではあるけどな。


「ねぇ、あのカップルいけてない?」


「うん、女の子超かわいい、激ヤバ」


「芸能人かな? ロケとかやってないよね?」


「男の人も背が高くて私好み」


「ちょっとあんた、今あの子見てたでしょ」


「み、見てねぇよ」


(なんだなんだ……やけに注目されてねぇか?)


 内心浮かれつつナナと竹下通りを歩き出すと、なんか周りの人達から見られている気がする。

 多分ナナがとびきり可愛いからだろうが、それにしては俺に対しても視線を感じるんだよな。


 嫉妬の視線……とも違う気がする。

 あれか? やっぱり俺みたいな中年が可愛いナナの横で歩いているのが怪しまれてるのか?


 通報とかされないだろうなぁとか戦々恐々としていると、ナナが自信あり気に微笑んだ。


「ふふ、皆私達に注目してるね。やっぱり私が可愛いからかな。おじさんはどう思う?」


「調子に乗るなと言いたいところだが、まぁそうだろうな。やっぱオーラあるよお前」


「素直に褒めてくれるのはポイント高いよ。でも私だけじゃなくておじさんだって注目されてるからね。カッコいいって思われてるんだよ」


「はっ、なわけ」


 鼻で笑う。

 俺がカッコいいとか冗談にしても大袈裟だっての。確かにナナのコーディネートのお蔭で多少マシにはなったが、鼻クソレベルがやっと一般人になったようなもんだ。


 その程度で赤の他人からカッコいいって注目される訳がない。まぁあり得るとしたら、注目されているナナのついでってところだろうな。


「あっおじさん、クレープだって! 私あれ食べてみたい!」


「はいよ」


 客が結構並んでるマリ〇ンクレープってとこにナナと並ぶ。

 並んでるのが女子中高生ばかりで、俺みたいな男はやっぱ浮くな。


「どれ食べたいんだ?」


「ん~、いちごバナナチョコスペシャルがいいけど、抹茶ショコラも捨てがたいな~。う~ん、どっちにしようか迷う~」


「じゃあ片方俺が食うからどっちも頼めよ。その方が両方食えるだろ?」


「お~その手があったか! そこに気付けるとは気が利くね~おじさん」


「そらどうも」


 メニューを選んだところで支払いになる。

 するとナナが俺の方に顔を向けてきてこう言ってきた。


「ごめんおじさん、私お金持ってないからよろしくね」


「アホ、最初からそのつもりだっての」


 いくら俺だってクレープ代ぐらい驕るわ。

 っていうか、デートっていうからなけなしの三万持ってきたんだしな。


 流石に美容院とかハイブランドのアパレルショップに行った時は肝が冷えたけどよ。お嬢様のデートには付き合えねぇってな。マジでツケで助かったぜ……。


 二人分の代金を支払って少し待っていると、出来上がりを渡されたのでそのまま片方をナナにパスする。


「お~、すっごいねぇ! 思ってたよりずっしり入ってるし見栄えも良いよ!」


「だな」


「写真撮りたいけど、スマホ持ってないからなぁ」


「そういえば持ってなかったな。家に置いてきたのか?」


「うん、GPSとかで居場所がわかっちゃうからね。あっそうだ、おじさんのスマホで撮ってよ」


「別にいいけどよ、お前のスマホがないんじゃ撮っても送れないんじゃないのか」


「いいのいいの、思い出なんだからさ」


「さいですか」


 本人がそう言うなら撮ってやろう。撮るのはタダだしな。

 スマホをナナに向けて「はい、チーズ」と写真を撮る。


「どう、ちゃんとえるように撮ってくれた?」


「そんな技術が俺にあると思うか?」


「う~ん、全然ダメだけど元が良いから問題ないか。あ~あ、おじさんが撮っても可愛いなんて私はなんて罪深い女の子なんだろう」


「それ自分で言う?」


 いや確かに可愛いけどさ~、自分で言うのは違うんじゃないかな~って思うんだよねぇ~。


「私の写真待ち受けにしておいてあげるよ。これでいつでも可愛い私を見られるでしょ?」


「おいやめろ」


「うん、いちごの方甘くて美味しい! 抹茶のほうはどんな感じ?」


「自由なやっちゃな~。ほら、気になるなら自分で食ってみろよ」


 とクレープを渡そうとするがナナは受け取らなかった。

 なんでなん? と首を傾げていると、ナナは口を小さく開けて催促してくる。


「おじさんが食べさせて」


「えぇ~」


「いいじゃん、デートっぽいことしようよ! お願い、一生のお願いだから!」


 君、一生のお願いもう使ったよね? やっぱり何度も使うやん。


 はぁ……こっ恥ずかしいが、一応デートに付き合うって言った手前それぐらいやってやるか。


「ほらよ」


「あ~ん……うん、こっちも美味しい。抹茶の味が渋くて甘いのと丁度良いよ」


「そいつはよかったな」


「じゃあ今度はおじさんの番ね」


「えっ、俺はいいよ」


 ナナが自分のクレープを突き出してくるので断る。まさか俺にも“あ~ん”をやれっていうんじゃないだろうな。流石にそれだけは勘弁してくれ。


「ほら早くしないと溶けて落ちちゃうよ。あれれ、それとも関節キスとか気にするタイプだった?」


「ち、ちがわい! 単に恥ずかしいだけだっての! わーったよ、食えばいいんだろ食えば!」


 大の大人がガキんちょに煽られたままでいてたまるかってんだ。

 ナナが差し出しているクレープをパクリと食べる。勿論、ナナが口をつけていないところをだけどな。


「美味い美味い」


「今、あからさまに避けたでしょ」


「なんのことだかさっぱりわからねぇな」


「ふ~ん、認めないんだ。おじさんもそういう所はまだ子供だね」


 やれやれと肩を竦めながら自分のクレープを食べるナナ。

 このガキぁ調子に乗りやがって。こっちは歳が三十でも精神年齢はまだ純情な高校生なんだよ。


 ん? それってどうなんだ?


「ねぇおじさん、プリクラだってプリクラ! 記念に撮ろうよ!」


「ああ~ん? プリクラ~? やだやだ、絶対嫌だね。俺は撮らねぇ、撮るなら一人で行ってこい」


 あんな女子中高生の魔窟みたいなところに誰が行くかってんだ。俺みたいな野郎がいたら白い目で見られるのがオチだろ。


 頑固として拒否するも、ナナは俺の腕を強引に引っ張ってくる。


「一人で撮ったって意味ないでしょ! ほら行くよ」


「ちょ、本当に行くの?」


『お金を、いれてね』


 うわ~マジできちまったよ。

 大丈夫? 店員さんに通報とかされないよね?


「おじさん、プリクラのやり方わかる? 私初めてなんだよね」


「俺がわかると思うか? 聞く相手が間違ってるぞ」


「でもおじさん世代ってプリクラ流行ってたんじゃないの?」


 あ~確かに平成初期はプリクラ流行ってみたいだな。


 俺が学生の頃もカップルだけじゃなくて、男だけでも気軽にプリクラ撮りに行ってたっけ。でも悲しいかな、俺はプリクラなんて一度も撮ったことがねえんだ。彼女だってできたことなかったしよ……。


「準備できたよ~」


「えっもう?」


 悲しい青春時代を振り返っている間に、ナナがタッチパネルを操作して終わらせていた。流石、今時の子は順応が早いですね。


「ほら、ポーズポーズ」


「ポーズって言われてもどうすりゃいいんだよ……」


「ピースでも何でもいいよ」


『5、4、3……』


「ほらくるよ」


 パシャリと撮影の音がして、もう一回撮って終了した。

 無難にピースにしておいたんだが大丈夫だろうか? キモくないよね?


「へ~色々と加工できるんだ。この際だから色々盛っちゃおうよ」


「バケモノにはするなよ」


 撮った画像を楽しそうに加工するナナ。全ての工程が終わると、プリクラ機から写真が出てくる。


「はい、おじさんの分」と渡されたプリクラを見てみると、ピースしている俺とナナが映っていて、写真の上部には『初めてのデート』と文字が書かれていた。


「なぁ、目が大きくてキモいんだけど……」


「いいじゃん、その方が可愛くて」


「いやこれは可愛い通りこしてバケモノじゃないか?」


 俺の目はこんな大きくないしキラキラしてないし、お肌も真っ白くない。


 誰だこいつ? 本当に俺なの? ってくらい顔が違う。ちょっとナナさん、盛りすぎじゃない? これじゃあ全く違う人間だよ。というよりバケモノだよ。


「付き合ってくれてありがとね。これ、大切にするから」


「そんなもん大切にしなくていいわ。捨てちまえ捨てちまえ」


「ううん、捨てたりなんてしないよ。一生大事にする」


「……」


 切なげな表情でそう呟くナナに、俺はそれ以上何も言うことができなかった。

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