第8話 値札がついてない服は絶対に買わない

 



「ようこそお越しくださいました、ナナ様」


「ひぇぇぇ」


「ちょっとおじさん、私の後ろに隠れないでよ。かっこ悪いよ」


 そんなこと言われてもよぉ、こういうハイブランドのアパレルショップって苦手なんだよぉ。


 今でも鮮明に思い出せるぜ。

 ショッピングモールとかで服を買おうとした時、余りにも値段が高すぎて目が飛び出そうになった時のことをな。


 だってよ、「これ良いじゃない……」って気軽に手に取ったTシャツが諭吉さんの値段もしたんだぜ? それも二着で一万とかじゃなくて一着で一万だぜ!?


 うわ高っか!? て心の中で叫んだわ。

 Tシャツなんかまだ良くて、他のは三万とか十万とか平気でするんだ。それも一店舗だけじゃなくて、その階のショップ全部がそんな感じなんだよ。


 店員も皆オシャレでよぉ、ちらっと俺のこと見てくんだけど「あっこいつは客じゃないな」ってすぐに見限られた気がして、場違い感が凄くて恥ずかしかったわ。


 まるで迷宮に迷い込んだじゃないかと焦りまくって、脱兎の如くその階から逃げたもんな。


 あん時は怖かったなぁ。

 ユニ〇ロがオアシスに感じたもんだ。実家のような安心感っていうかよ。

 俺みたいな庶民は、こういったハイブランドの店とは無縁なんだよ。


 だから、ナナの影に隠れて脅えちまうのも仕方ないことなんだ。許してくれ。


「本日はどうなされました?」


「この人を見繕って欲しいの。全部お任せするわ」


「この方をですか?」


「ひぇぇぇ」


 オシャレで綺麗な女性店員が俺のことを上から下までじろりと見てくる。


 えっ!? こんなダサい奴がウチの服を!? みたいな目線が突き刺さってきている……気がする。俺の思い過ごしかもしれないけど。


「承知いたしました。では、色々と試着してみましょうか」


「ほらおじさん、行ってきなよ」


「俺はいいよぉ……ユニ〇ロにしようよぉ」


「情けないこと言ってないで、ほらさっさと行く。私も一緒に居てあげるから」


 ナナに助けを求めたが、全く聞いてくれなかった。

 まぁ、ナナが側にいるだけでまだマシか……。


「ねぇ大丈夫? そこにいるよな? こんな所に一人で置いてったりしないでくれよ」


「どんだけ怖がってんのよ……大丈夫だから、ちゃっちゃと着ちゃって」


「着てって言われてもなぁ」


 店員さんに渡された服を見て一人ごちる。

 俺なんかがこんなオシャレな服を着たって似合うはずがないだろう。試着するのも服に申し訳なくなってくるもんな。


 仕方なく試着した俺は、カーテンを開けてナナに恐る恐る問いかける。


「ど、どう?」


「う~ん、悪くはないんだけどちょっと派手かな。おじさんはもう少し落ち着いた色の方が似合うと思う。あとスマートカジュアル系で」


「うん、俺もそう思う。とくに黒が良いと思います」


 やっぱ服っていったら黒だよな!

 誰が着ても一番無難だし!

 陰キャの必須カラーだよ!


 ということで、今度は黒をメインにしたセットを渡される。

 着替えてから鏡で自分の格好を見て「あれ? なんか俺イケてね?」と少し思ってしまった。


 やっぱり黒だな……黒は全てを凌駕する。

 とか調子こいて似合ってないと言われるとダサいから浮かれるのはやめておこう。


「ど、どうっすか?」


「うん! 良いんじゃない! イケてるよおじさん!」


「ほ、本当か?」


「本当だって! ね、そう思うでしょ?」


「はい、見違えました」


「そ、そう?」


 でへへ、なんだかそんなに褒められると嬉しいなぁ。


「おじさん顔はそんなに悪くないし、背も高くて素材は良いんだからさ。髪とか顔と服とか整えればカッコよくなれるんだから自信持ちなよ」


「そこまでお世辞は言わなくていいって……これでも自分の平均値は弁えているつもりだ」


「お世辞じゃないよ。ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」


「はい。ナナ様の言う通り素材は良いですので、後はどれだけ自分を磨けられるかですよ」


「自分を磨く……か」


 確かに、自分で言うのもなんだか今の俺はイケてる気がする。

 髪をサッパリ切って、眉毛を整えて髭を剃って、自分に合うオシャレな服を着て。なんつーかビシッとした感じだった。


 さっきまでの、髪もボサボサで髭も剃らずに、ヨレヨレの服を着ていたダっせぇ中年の見る影はどこにもねぇ。


 俺なんかでも、こんな風に整えればちったぁマシになるんだな。

 とか思っていると、ナナにバシッと背中を叩かれる。


「少しは自信持てた?」


「ああ、そうだな。勉強になったよ」


「へへ、ならよかった。じゃあ今度は私の番だね」


「えっ? お前もするの?」


「あったり前じゃん! 折角のデートなんだから私も可愛いの着たいもん!」


「さいですか」


 そんなこんなで、ナナも色々試着することになった。

 様々なジャンルの服に着替えては、一々俺に感想を求めてくる。


「これどう?」


「いんじゃないか?」


「これは?」


「それもいいよ」


「これなんかどう?」


「いいと思う」


「もう! おじさんさっきからそればっかり! もう少しなんかないの!?」


「そんなこと言われてもな……元が良いんだから何を着たって良いだろ」


 ナナが着る服は全部似合っている。こいつに着られる為に作られたんじゃないかって思うほどにな。

 なんで俺から言える感想といえば「良いね!」としかないんだ。


 照れ臭さを感じながら素直な意見を伝えると、ナナは少しだけ頬を赤らめてご機嫌な表情を見せる。


「ふ~ん、嬉しいこと言ってくれるじゃん。今のは私的にポイント高いよ」


「わ~い」


「でもそれとこれとは別。やっぱり男の人には一つを選んで欲しいの! さぁおじさん、どれが一番良かったか選んで!」


「え~」


 そういうの苦手なんだよなぁ。

 だってこれあれだろ? 男側が何を選んでも、女性は絶対に納得しないんだろ?

 なら聞かずに最初から自分で決めればいいじゃんってツッコミたくなるが、多分そうじゃねぇんだろうな。


 納得はしないけど、選んでくれること自体が嬉しいもんなんだ。男の俺にはよくわからねぇがな。


「俺の好みでいいか?」


「勿論」


「じゃあ三番目のやつで。それが一番可愛かった」


「三番目か~、へぇ〜おじさんこういうのが好みなんだ~」


 ニヤニヤとウザったい笑顔を浮かべながら聞いてくるナナに、俺はそっぽを向きながら「強いていうならな」と誤魔化した。


 ナナは大人びたやつとか綺麗系なのより、若々しさを引き出せるような色とか可愛い系の方が似合っている。本人の性格的にもそっちの方が合ってるだろうしな。


 きっと歳を取れば大人びたやつも似合うだろうが、俺的にはまだこっちの方が好みだった。


「うん、じゃあこれにするよ」


「本当にそれでいいのか?」


「折角おじさんが恥ずかしい思いをしてでも選んでくれたんだもん、しょうがないから着てあげるよ。それに私は何を着たって可愛いからね」


 前半は嬉しいけど、後半の部分は余計な一言なんじゃないか?

 悔しいかな事実だから反論できねぇんだけどよ。


 俺が選んだ服を纏ったナナが、俺の横に並んで店員に尋ねる。


「どう? いい感じ?」


「はい、お似合いのカップルですよ」


「んなアホな」


 そりゃないよ店員さん。

 俺とナナは歳が一回り以上も違うんだぜ。それに加えてこんなダサい中年――今は多少マシになったが――とピチピチの可愛いJKが釣り合う筈がないじゃないですか。


 冗談言うなよと苦笑いしていたら、ナナが突っかかってくる。


「歳の差カップルみたいでいいじゃん! 大丈夫、今のおじさんなら私の隣を歩いてても見劣りしないから」


「気を遣ってくれてありがとよ」


「もう、おじさんは本当に後ろ向きなんだから。まあいいか、後で周りの反応を見れば自信もつくでしょ」


「何か言ったか? 聞き取れなかったわ」


「ううん、こっちの話。さっ! コーデもバッチリ決まったし、デートに行くよ」


「ちょっと待てよ、この格好のまま行くのか?」


「何言ってるの、その為に来たんだから当たり前じゃん」


 そうなのね。

 恐らくこの服代もツケなんだろうが、流石にこれを買ってもらうのは気が引けるわ。だってよぉ、このお店全部の服に値札がついてないんだぜ?


 いくらするか怖くて聞けたもんじゃねぇよ。

 俺は値札がついてない服は買わないと心に決めているんだ。


「気にしないで、私の方から無理矢理頼んでるんだから」


「そうは言ってもよぉ」


「ほら、ぐだぐだ言ってないで行くよ! デートデート!」


「わぁったよ」


 そこまで言うならしゃあねぇな。

 確かに俺が買いたいって言ってる訳じゃなくて、ナナの我儘なんだしそこまで気にすることもないか。


 ガキんちょの女の子に高い服を買ってもらうのって大人の男としてどうなの? って罪悪感や申し訳なさはあるが、これも全て本人の為なんだ。


 ここは甘んじて好意を受け入れておこう。




 あっ、でも一応俺の服取ってといてくれます?





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