第7話 通勤ラッシュはこの世の地獄
「へ~、電車ってこんな感じなんだね」
「なにお前、まさか電車も乗ったことないの?」
「うん、いつもは車で送ってもらえるから」
なぁ聞いたか!? いつも車で送ってくれるってよ!
くぅ! これだから金持ちのお嬢様はよぉ!
「もっと混んでるかと思ってた。ほら、満員電車とかってよく言うじゃない?」
「そりゃ朝と夜はな。平日の昼はこんなもんよ」
「そうなんだ」
「何でガッカリ気味なんだよ……満員電車なんてしんどいだけだからな。あんなの体験しなくていいんだよ」
懐かしいな~通勤ラッシュ。俺も就活している時は何度も満員電車に乗ったっけ。もう入らねぇってくらいパンパンなのに、それでも強引に乗り込んできやがるんだ。
身体が密着して暑いし、足は踏まれるし、肘は顔面に当たるしで散々だったぜ。極めつけは、電車に乗ってる奴等の顔が全員死んでんだよな。特に朝とか、これから仕事だってのに生気の欠片もねぇ。
ありゃこの世の地獄だね。
毎日これを繰り返しているのには尊敬したが、俺もいずれこいつ等と同じになるのかと絶望したもんだ。
まぁ結局一社も受からず無職だけどな。
がっはっは! 無職万歳!
「そんで、何で六本木なんだ? あそこってお前みたいなガキんちょがデートするような場所あったっけ?」
「本命はその後だよ。デートの前に、まずは身なりを整えなくっちゃね。初めてのデートの相手がそんな格好してるのヤダもん」
「悪かったな、そんな格好でよ」
これでもユニ〇ロで買ったもんだぞ。ユニ〇ロ馬鹿にすんじゃねえよ。
んん? でも待てよ?
身なりを整えるために六本木って、俺そんな金持ってないぞ? なけなしの諭吉三枚を財布に突っ込んだだけだ。
六本木みたいなところで何かを買う金なんてないからな。
◇◆◇
「んで、なして床屋?」
「床屋って言わないで、美容院って言って。まずはおじさんのもじゃもじゃで野暮ったい頭をどうにかしなくちゃ」
「悪かったな、もじゃもじゃで野暮ったくてよ」
髪なんて就活やめてからろくに切ってねぇ。
うざったくなったら自分で鏡見て百均のハサミで切ってたぐらいだ。ボサボサな上に、長さだって揃ってねぇよ。
「どのようにいたしますか?」
「バッサリいっていいよ。できるだけ清潔感を出してほしいな」
「承知いたしました」
「えっ、そんなバッサリいくの?」
「安心して、ここは私がいつも切ってもらっているお気に入りの美容院だし、店長はカリスマ美容師なんだから」
「ナナ様にはいつもお世話になっております」
「私もヘアーセットお願いしようかな」
「承知いたしました」
へぇ~、
「それでは切らせていただきます」
「は、はい……お願いします」
ジョキジョキと髪を切る音が鳴り響く。髪をバッサリ切られるのって独特の恐怖を感じるよな。
えっ、こんなに切っちゃって大丈夫なの? って。だが、初めちまったからにはもう引き返せない。ビクビクしながら終わるのを待つしかないんだ。
でもまぁ、シャンプーだけは気持ちいよなぁ。
人に頭を洗ってもらうのって何でこんなに気持ち良いんだろうか。しかも相手はプロだし、丁寧に揉みながらやってくれるからこの一瞬だけでも寝ちまいそうになる。
〆に眉毛を整えて、髭も剃ってもらった。
そういうのは美容院ではしないのだが、サービスでしてもらえたようだ。
「はい、終わりましたよ。セットもさせていただきました」
「おお~」
鏡に映る自分の頭を見て感嘆の息を漏らす。
野暮ったかった髪はバッサリ切られて、清潔感が溢れるスッキリとした頭になっていた。あれだ、ツーブロックっていうんだっけ。横と後ろが刈り上げになっている。
眉毛も髭もバッチリだ。
元がアレだっただけに、一気に十歳は若返った気がするぜ。髪を整えるだけでこんなに印象が変わるんだな。まるで魔法みたいだ。
「いかがですか?」
「は、はい。大丈夫です」
「いいじゃんおじさん! その方が絶対良いよ! イケてるイケてる!」
「そうか?」
女の子にそう褒められるとちょっと照れちゃうな。
「そういうお前はあんま変わってないように見えるがな」
「嘘でしょ、信じられない! 毛先だって二ミリ切ったし、カールも少ししたんだからね!メイクだってしたし! これぐらいの変化に気付けないとモテないよ、おじさん」
「それは悪うござんしたね」
そんな微妙な変化誰が気付けるんだっての……。
えっ? 世の彼氏どもはマジで彼女の髪型に気付けるのか? もしそうなら尊敬するんだが。
「よし、髪を整えたことだし次に行くよおじさん」
「あっおい、まだ代金払ってねぇだろうがよ」
「大丈夫でございますよ。ナナ様には年単位でお支払をしてもらっていますから」
それってツケってこと?
あれか、行く頻度が多いから一々支払うのも面倒ってことか。けっ、これだから金持ちはよ! やることが庶民とは違うぜ!
「ありがとう店長、行ってきます! ほらおじさん、早く早く!」
「おい待てよ! ありがとうございました、美容師って凄いっすね!」
「喜んでもらえてなによりです。あっ、少しお待ちを」
「はい?」
お礼を言ってナナを追いかけようとしたら、店長に引き留められてしまう。なんだ、やっぱり俺だけ代金支払ってか?
「どなたかはご存知ありませんが、ナナ様があんなに楽しそうにしていられるのは初めて見ました。振り回されるかもしれませんが、どうかナナ様のお気が済むまでお付き合いしてあげてください」
「……店長、良い人っすね。まぁ俺なんかで楽しんでもらえるか分かりませんが、やれることだけはやりますよ」
「それで構いません。どうぞよろしくお願いいたします」
「おじさん何やってるの、早く行くよ」
「あ~! 今行くよ! じゃあ、急かされてるんで行きますね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
店長に挨拶をして、外で待っていたナナと合流する。
「店長と何話してたの?」
「ん~? 教えな~い」
「え~! そう言われると気になるじゃん!」
我儘に付き合ってやってくれ……か。
例え御贔屓でも、赤の他人にあんな風に頼めねぇよな。それぐらい、ナナと店長の関係が良いってことだ。
それはつまり、ナナも良い奴なんだろう。
あのいけ好かないとっつあん坊やのお兄ちゃんとは大違いだぜ。
「お得意様になって欲しいだとよ」
「ん~それは無理なんじゃないかな~。だってあの美容院すっごく高いよ、無職のおじさんじゃ通えないんじゃない」
「あっ……そうなのね」
カット代を聞いて唖然とする。流石カリスマ美容師がいるお店、値段もそれなりにするのね。
気に入ったからまた行こうと思ったのに……。
これだから貧乏はやだよ(〇子風)!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます