第6話 後で後悔しても知らねぇぞ

 



「ふぁ~あ、よく寝たぁ。あっ、おじさんおはよう」


「マジで爆睡してやがったな。その神経の図太さは素直にすげぇよ」


「ね、私もビックリだよ。他人の家で眠るのだって初めてなのに、こんなに気持ち良く眠れたの初めてかも。普段家で寝る時よりも全然眠れたんだから」


 そりゃそうだろうな。

 夜な夜なあんな“ゲテモノ”に近寄られちゃ眠れるもんも眠れねーよ。


「ほら、これ食ったら大人しく帰れよ」


 そう言って、俺は小さい丸テーブルに二人分の朝飯を出す。

 朝飯といってもパン一枚に、ハムと卵を焼いたものだけどな。サラダなんかオシャレなもんは用意できません。


「私、朝はフルーツしか食べない派なんだけど」


「嫌なら食わなくてもいいんだぜ。俺が食うから」


「あーウソウソ! 食べます、お腹空いてるから食べるよ」


 ナナの分の皿を取り上げようとしたら、慌てて止められる。フルーツしか食べられないとか言っておきながらバクバク食ってるじゃねえか。


「このパン中々いけるかも。ねぇこれどこのパン屋さんで買ったの? 結構高いやつじゃない? また食べたいから教えてよ」


「スーパーで買った一番安い食パンだっての。こんなもんどこでだって買えるぞ」


「そうなの? おっかしい~な~、日々高級料理で舌が肥えている筈の私の口が間違えるなんて……」


「ナチュラルに煽るやん君。まぁ安いものでも美味く感じられるのは色々理由があんだろ」


「理由って?」


「親の愛情が詰まった手作り料理とか、誰かと一緒に食べるご飯とか、理由なんてそんなもんだ」


 異世界に召喚されたばかりの頃は、慣れない料理に苦戦した。お袋が作ってくれたご飯がすげえ恋しくて、もう一度食べたいとどれだけ涙を流したことか。


 例えそれが冷凍食品を詰め合わせた弁当だろうが、愛情がこもっているだけで美味いんだ。こっちに帰ってきて、一人暮らしをするようになってから改めて実感したぜ。親のありがたみってやつをな。


 まぁ異世界でも、仲間と一緒に焚火を囲いながら食う飯は美味かった。ただの固いパンにしょっぱいだけの干し肉、具も入ってねぇスープってだけなのに、戦ったあとに食う飯は妙に美味かったんだよな。


 確かに高級料理は値段に比例して美味くはあるが、料理の美味さってのは素材の良し悪しで決まる訳じゃねぇ。人との繋がりとか、その場の状況で美味さが変わるんだよ。


 まあ俺、生まれてこのかた高級料理なんて食ったことねえけどな!


「ふ~ん。そっか、そうだよね。普通はそういうものなんだよね」


「あっ」


 悲しそうに俯いてしまうナナを見て、失言だったと気付く。


 金持ちのお嬢様が家出しているんだ、それなりの事情があるんだろう。例えば家庭環境とかな。

 それぐらい少し考えればわかることなのに、つい無神経なことを言っちまった。


「悪い、くだらねぇこと言っちまったな」


「ううん、くだらなくなんかないよ。私もそう思うもん」


「そうか。んじゃあ飯も食ったことだしそろそろ帰ってくれ」


「ねぇおじさん、私とデートしない?」


「ねぇ君、俺の話聞いてた?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは。

 頼むからもう帰ってくれよ。


「やだよ面倒臭ぇ」


「ねぇお願い、一生のお願いだから! 私、男の子とデートするのが夢だったの!」


「だったら他に相応しい奴がいるだろ。こんな三十でダサい中年よりも、もっと若くてイケメンの男の子とデートしておけって。夢だってんなら尚更な、後で後悔しても知らねえぞ」


「う~ん、私もそうしたいのは山々なんだけど、この際だからおじさんで妥協してあげる」


「妥協って……」


 頼んでるわりにキツい言葉選ぶよね君。

 もう少しオブラートに包んでもいいんだよ?


「お願い! 今日だけ、今日一日だけデートに付き合ってくれれば帰るから!」


「本当に今日一日付き合ったら帰るか? 嘘じゃねえだろうな」


「うん! 本当本当!」


 その本当は余り信用ならんのが、このままだとマジで帰ってくれさそうだな。ずるずると居座られるのも迷惑だし、ここは言うことを聞いておいた方が無難だろう。


 強い押しに根負けした俺は、頭をガシガシ掻くと深いため息を吐いた。


「しょうがねぇなぁもう。わかったよ、付き合ってやるよ。ただし、マジで今日一日だけだからな」


「そうこなくっちゃ! 流石おじさん、頼りになるぅ!」


「調子の良い奴だな……。んで、どこに行くんだ? 悪いが現役女子高生様が満足するようなデートなんて俺にはできねぇぞ」


「う~ん、そうだなぁ。まずはあそこがいいかな」


「あそこってどこだよ?」


「六本木!」


 ろ、ろ、ろ、六本木いい!?



 ◇◆◇



「ナナはまだ戻らんのか、ハジメ」


「……はい」


 都内にある西園寺家の豪邸。

 西園寺ナナの兄であるハジメは父親である十蔵じゅうぞうに呼び出されていた。呼び出された理由は勿論、家出したナナの所在についてだった。


「何故ナナを見つけたのに連れ帰ってこなかった」


「それが、関係のない人間に邪魔をされてしまって……」


「それでノコノコと引き下がってきたのか。全く、お前は本当にダラしのない奴だな。与えられたことさえ満足にできんのか」


「申し訳……ございません」


 はぁ……と呆れるようにため息を吐く十蔵。

 父親のため息ほど、息子にとってはキツいものはない。


 特にハジメは、幼少の頃から毎日のように聞かされ続けている。ため息を聞くだけで蕁麻疹が浮かびあがるほどトラウマになっていた。


 逆に褒められたことは一度もない。

 勉強で一番を取ろうが、運動で一番を取ろうが、西園寺家の人間にとっては一番を取って当たり前なんだと相手にされなかった。


 なのに一番を取れなかった時は、どうしてできないんだと厳しく叱責され、大きなため息を吐かれてしまう。

 ハジメがひん曲がった性格になるのも無理はなかった。


 彼の根っこは劣等感しかない。その劣等感を覆い隠すために、ハイブランドの物で自分を固めて、周囲から舐められないように強い言葉を吠えて見下しているのだろう。


 自分はこいつらより優れている存在だと思いたいから。


「そう怒ってやるな、十蔵。ハジメが脅えておるではないか」


「おお、これはこれはヌシ様! 下界に下りられるのは珍しいですな。おいハジメ、何をボサっとしている! 早く頭を下げんか!」


「も、申し訳ございません!」


 父親に注意され、ハジメは慌てて頭を垂れる。

 絶対的権力者である十蔵が下手に出ている相手は、中学生ぐらいの白髪の男の子だった。普通に考えれば十蔵が子供に対して下手に出ることは有り得ない。


 言い換えれば、不思議な雰囲気を纏い老人のような喋り方をするこの男の子は普通ではないのだ。


(出たな、“バケモノ”め)


「して、儂のナナはどこにおるんかのぉ?」


「それは……残念ながらまだ見つかっておりません。今探している真っ最中でございます」


「ほう、まだ見つかっておらんのか。それはそれは心配だのぉ、もう儂とナナの“結婚”の準備はとっくに済んでおるんじゃが。あれかのぉ、これが俗世で言う “まりっじぶる~”というやつかの? かっかっか」


「「……」」


 愉しそうに嗤っている男の子とは反対に、十蔵とハジメはピクリとも表情を変えなかった。そんな彼等の気持ちを察した男の子は、打って変わって殺気を迸らせた。


「じゃが、儂も気の長い方ではないからのぉ、そんなには待てんぞ。それともしナナが傷物にでもなっていたら……西園寺家がどうなるか分かっておるだろうな?」


「も、勿論でございます! 早急にナナを連れて参ります!」


「うむ、任せたぞ。ハジメもよろしくな」


「は……はい」


 じろりと舐められるような視線を寄越してくる男の子に、ハジメは身体を震わせながらか細い声で返事をした。


 すると男の子の姿が忽然と消えてしまう。本当はそこに居なかったのではないかと疑うほど、一瞬でその場から消えてしまったのだ。


 恐ろしい緊張感から解かれた親子は、心を落ち着かせるように息を整える。姿勢を正した十蔵が、鬼のような剣幕でハジメに命令した。


「いいかハジメ、何としても今日中にナナを連れてくるんだ。でないと我々に明日あすはないぞ」


「わかりました、父上」


 父親にそう言って、ハジメは踵を返す。

 家の前に用意していた高級車に乗り込むと、「出せ」と運転手に命令した。


「西園寺家はどこまでいってもバケモノの奴隷か……」


「何かおっしゃいましたか?」


「いや、何でもない。ナナには心底同情するよ、あんなバケモノの介護を一生しなくちゃならないんだからな」


 男に生まれて良かった。

 久しぶりに男の子バケモノと出会って、改めてそう感じたハジメだった。

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