第5話 一人暮らしの男の部屋は大体散らかっている

 



「ねえ嘘でしょ? 部屋狭くない? 凄く汚いし、なんか変な臭いもするしさ、こんな汚い部屋によく住めるね」


「うるさいなぁ、俺はこの部屋が落ち着くの」


 確かに足の踏み場もないほどゴミが散乱してるし、全然換気してないから生活臭が部屋に充満してるけど、俺はこれが落ち着くんだよ。


「大体なぁ、お前がどうしてもついて来るって言うから仕方なく連れてきたんだぞ。文句言うならホテルにでも泊まれば良かったじゃねえか」


「だってホテルだと足が着くんだもん。それに、一度は男の人の部屋に入ってみたかったんだよね。こんなに酷いとは思わなかったけど」


「純情な少女の想像をブチ壊して悪かったな。言っておくが、男の一人暮らしなんて大体こんなもんだぞ」


「そうなんだ?」


「そうなんだよ」


 恐らく七割は散らかっているだろ。まぁ、この部屋みたいに足の踏み場もないほどってのは余りないだろうがな。


「ちょっと片付けるから玄関で待っとけ」


「は~い」


 まずは窓を全開にして、床に落ちてるお菓子の袋だとかジュースのペットボトルだとかをゴミ袋にブチ込んで、服とかは全部纏めて隅に放り投げて、あとはファブ〇ーズをこれでもかというぐらいぶっかけて、はいお終い!


 よし、綺麗になった!


「おじさんまだ~?」


「もういいぜ」


「って、全然片付いてないじゃん」


「何言ってんだよ、めっちゃ綺麗じゃねえか」


「ねぇシャワー借りていい? 結構走ったから汗かいちゃって気持ち悪いんだよね」


「構わねえけど、借す服なんかねーぞ」


「仕方ないから同じの着るよ、おじさんの着たくないし」


 さいですか。

 尤もなんだけど汚いって言われてるみたいで少し傷つくな。


「きゃー!? なにこれ~!」


「どうしたどうした」


「信じらんないんだけど! お風呂とトイレが同じ場所ってどういうこと!?」


「ユニットバスも知らんのかい」


「なにそれ」


「風呂とトイレが一緒になってんだよ」


 なんせ格安アパートだからな。

 風呂とトイレが同じになっていても仕方がない。俺も最初は嫌だったけど、慣れちまえばそうでもない。


「うっそ~」


「嫌なら使わなくてもいいんだぜ」


「はぁ……しょうがないか。タオルは? どこにもないんだけど」


「ほれ、これ使え」


「なんか湿ってない? くんくん、ちょっと臭うし」


「失礼だな、一応それは洗いたてだぞ」


「う~ん、これで我慢するか~。あっ……念のため言っておくけど、絶対覗かないでよね。あと襲ったりもしちゃダメだから。エロ同人誌みたいなの求められても困るから、勘違いしないでよね」


「アホか、覗かねーし襲わねーよ」


 確かに君は凄い美少女だよ?

 ツヤツヤの黒髪に、お目めぱっちりで、若手女優並みに可愛くてスタイルも良い今時の女の子だ。こんな可愛い子が学校の同じクラスにいたら惚れる自信がある。


 だけどこいつは間違いなく未成年で、俺は三十歳の大人だ。


 例えエロ同人誌みたいに「お礼だから……してあげる」みたいな感じであっちから求められても拒否するわ。だって捕まっちゃうもん!

 警察官の胸倉掴んで捕まるどころの話じゃなくなっちゃうよ。


 まぁ、もしここが異世界で向こうから求められたら普通にイってたけどな。だって異世界には法律なんかないし!


 しかしこっちの世界では手に触れたとしても捕まっちまう恐れがある。ぶっちゃけ家出中の未成年を一泊させるのだって普通にアウトなんだぞ。そんなリスク負えるかっての、人生詰んじゃうよ。


 まぁ、ちょっとくらいラッキースケベがあるかもって下心はありましたけどね。ぐへへ。


「そんなに心配ならコンビニでも行ってくるわ」


「あっ、それならご飯買ってきて欲しいかも! 逃げ回ってお腹空いちゃった!」


「へいへい」


 はぁ……家出娘のくせに色々と図々しいんだよなぁ~こいつ。



 ◇◆◇



「なにこれ?」


「なにって言われても、どっからどう見てもカップラーメンだろうが」


「へぇ~、これがカップラーメンなんだ」


「おい嘘だろ、今まで生きてきてカップラーメンも食ったことがねぇのかよ」


「うん、いつもは一流シェフが作ってくれるから」


「しぇふ~?」


 どんな金持ちお嬢様だよ。

 普段の食事が一流シェフの作った料理とか、アニメやドラマの中だけの話だと思ってました。本当にいるんだな、こういうお嬢様。


「うん! 結構美味しいかも! 案外いけるじゃん!」


「だろ? 毎日食っても飽きないぐらい美味いべ」


「う~ん、毎日は普通に無理かも。カロリーも高そうだし」


 なんだと? こちとら毎日カップラーメン食ってるんだが?

 全然飽きないし、こんなに安くて上手いカップラーメンを開発してくれた日本に感謝したいぐらいだ。異世界にいた時、どれだけカップラーメンが恋しかったことか。


「ぷはー! ご馳走様、美味しかったよ!」


「お気に召したようでよかったよ」


「うん、ちょっと味は濃いけど美味しかったよ。ところでおじさん、そろそろお互い自己紹介しない?」


「はっ、唐突だな。別に今更しなくてもいいんじゃないか?」


「え~、だって名前ぐらいは知っておきたいじゃん?」


津積比呂つつみひろだ」


「へぇ、おじさんの名前ヒロっていうんだ。かっこいいじゃん」


 だからおじさん言うなし。

 でも名前を褒めてくれるのは素直に嬉しいじゃない。そういえば小学生の頃までは、“ヒーローみたいでかっこいいね”ってよく友達に言われたっけ。


 懐かしいな~あん時の俺は輝いていたな~。まあ小学生までが俺のピークだったけど。


「仕事とか何やってんの?」


「ふん、俺が働いているように見えるか?」


「えっ、無職ってこと? それ自慢気に言うことじゃなくない?」


 目線がすんごい冷たい。


「おじさん今何歳?」


「今年で三十だな」


「おじさ~ん、流石に三十で無職なのはヤバいよ~。ほらスーツだってかけもしないで雑に置いちゃってさ、皺だらけになってるんじゃん。ちゃんとクリーニングしないと」


 隅に放り投げた服の束から、しわくちゃのスーツを引っ張り出して説教してくる。


 はっ、ガキんちょにダメ出しされるとは思わなかったぜ。


 このままだと駄目なことぐらい自分でもよく分かってんだよ。でもしょうがねぇだろ、働きたくたって働き口がなかったんだからさ。

 それにニート根性が染みついて、今更働く気も起きね~しな。


 って心の中で言い訳を並べてるのがすげぇダサぇけど。


「余計なお世話だ、俺にも色々あんだよ。あとスーツそれはもう必要ねぇから、クリーニングに出さなくてもいいんだよ」


 突き放すように言うと、女の子は「あっそ」とスーツを服の山に戻した。

 俺が就活する気もないダメ人間ってことがわかって、興味も失せたって感じだな。


「俺のことはもういいだろ、そっちのこと話せよ」


「私は西園寺さいおんじナナ。十六歳、高校二年生。ナナって呼んで」


「西園寺ってお前……」


 To LA〇Eるでしか聞いたことね~ぞ。

 そんな名字現実にあるんだな。ってかやっぱりJKだったのね。


「私も色々あって家出中。暫くの間家に帰るつもりはないから、おじさんには私のボディーガードになってもらいたいんだけど」


「だからボディーガードはやらねえって言ってんだろ」


「え~いいじゃ~ん! ねぇお願い、少しの間だけだから!」


 何回言えばいいんだ。

 こっちはガキの家出に付き合っているほど暇じゃねえんだよ。無職だけど……。


「駄目ったら駄目だ。今日は成り行きで仕方なく泊まらせるけど、明日の朝にはちゃんと帰れよ」


「そんな冷たいこと言わずにさ、お願い!」


「可愛く頼んでも駄目だ。もう寝るぞ、俺も今日は疲れたわ」


 そう言って、ごろりとベッドに寝転がりながら毛布をかける。するとナナは信じられないと言わんばかりの驚いた顔を浮かべて聞いてきた。


「えっ、おじさんがベッド使うの? 私は床で寝れってこと?」


「逆に聞くがお前、人のベッドで寝れんの? 嫌じゃないのか?」


 俺がJKだったらこんな中年が使ってる汚いベッドに寝るなんて死んでもゴメンなんだが。自分で言ってて悲しくなってくるな……。


「それはまぁ嫌だけどさ~、床で寝るよりはマシかな~」


「あ~もうしょうがねぇお嬢様だな。使いたきゃ使えよ」


「ありがと! やっぱりおじさん優しいね!」


「一応忠告しておくがな、他のおっさんにこういう事頼んだりするんじゃねーぞ。最初は優しくされても後で何されるかわかったもんじゃねーからな。恐い目に遭っても文句言えねえぞ」


「わかってるって。これでも私見る目はあるんだよ。おじさんを信用してるんだからね」


「さいですか」


 今日会ったばかりの俺の何をもってして信用するのかは理解できないが、そう言われるのは悪い気分じゃねえな。


 ベッドはナナに譲って、冷たい床に寝転がる。

 代わりにベッドに横になった彼女は案の定「なんか男臭い」とボソッと呟いた。だからやめておけって言ったのによ。


 寝るぞと言って、電気を消す。

 暫く経ってもう少しで寝れそうってタイミングで、ふとナナが尋ねてきた。


「ねえおじさん、もう寝た?」


「なんだよ」


「何で全然聞いてこないの?」


「何をだよ」


「いやほら、どうして私が家出してるのかとかさ。普通気にならない? 全然聞いてこないから逆に私が気になっちゃった」


「興味ねえな。誰だって詮索されたくないことは一つや二つあるだろ。お前だってズケズケと聞かれたくないだろ?」


「それはそうだけど……」


 俺もそうだが、人には言えない悩みや秘密がある。

 それを他人から根掘り葉掘り聞かれるのはうざってえし、あ~しろこ~しろって上から目線で物を言われるのもうんざりだ。


 その気持ちが分かるから俺も聞かない。向こうから勝手に話す分には構わねえけどな。


「ならいいじゃね~か」


「そっか、そうだね。ありがとうおじさん、おやすみ」


「おう」


 ナナは少しだけ明るい声でそう言うと、すぐに寝息が聞こえてくる。

 よくこの状況で安心して眠れるよな。俺だったら絶対眠れねえよ。


『ウマそうだ』


『食わせろ、喰いたい』


『ヨコセ』


「失せろ」


『『ヒイイイ……』』


「はぁ……なんだかなぁ」


 ナナこいつ、思っていたより厄介なこと抱えてんだな。


 まぁいいや、俺には関係ねえし寝よ。

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