第4話 ラブコメではないほうだった

 



「ほらよ」


「あざっす」


 野暮ったいおっさんもとい田中刑事にブタ箱から出してもらった俺は、近くの公園で少し話をすることになった。

 ベンチに座って待っていると、刑事さんから缶コーヒーを渡される。


 嬉しいけどブラック苦手なんだよな……。

 刑事さんも一人分空けてベンチに座ると、胸ポケットからタバコを取り出して吸おうとする。だから注意した。


「ここ禁煙っすよ」


「ああ、そうだったな。ここは禁煙だ」


「外で気軽にタバコも吸えないし、酒を飲んでいたら通報される。せまっ苦しい世の中になったもんですね」


「全くだな」


 俺の意見に同意する刑事さんは、タバコを胸ポケットに仕舞いながら微笑を浮かべる。タバコの代わりに缶コーヒーを煽っていた。


 まぁぶっちゃけ、今の時代の方がクリーンで良いと思うぜ。

 よくよく考えたら外でタバコを吸っている方がおかしいんだ。周りに迷惑だしな。


「ところでお前さん、今何やってんだ?」


「話の振り方雑じゃないっすか? 見ての通りプー太郎っすよ。家に引きこもって、時々公園で酒を飲んでるクズ野郎っす」


「そうか……お前さんの境遇には同情するがな、いつまでもそんなんじゃいけねーよ。お前さんがそんなんじゃ、死んじまったご両親も浮かばれねーってもんだ」


「……」


 刑事さんは行方不明になっていた俺の事件を担当していたそうだ。両親とも付き合いが長いらしく、いつまでも経っても見つからない俺に焦燥していく両親をずっと見てきたらしい。


 そして両親が死んだ交通事故の件も担当している。俺がこっちの世界に帰ってきてからも刑事さんには色々と世話になった。


 就活でもそうだが、刑事さんには行方不明になっていた間の記憶はないと言っている。簡単にいえば記憶喪失だ。


 異世界に召喚されていたことなんて話せないし、かといって十年間分のストーリーを作れもしない。なんせ俺の痕跡は何一つないんだからな。


 調べられてボロが出てしまうぐらいなら、記憶喪失にしておくのが一番手っ取り早くて無難だったんだ。


 口を開くこともできず無言を貫く俺に、刑事さんはため息を吐いてこう言ってきた。


「まぁ、すぐにとはいかねぇよ。だがな、男ならシャキッとするもんだ」


「男ならとか女ならとか、今の時代はそういうのもセクハラっすよ」


「へっ、うるせーよ。そんなん一々気にしていられっか」


「奇遇ですね、俺もそっち派です」


 時代は確かに変わってきているが、何でもかんでも雁字搦めなこの世の中は窮屈で仕方がねーよ。やってられっかって話だ。


「はっ、それだけ軽口叩ければまだ大丈夫そうだな。俺はもう行くが、なんかあったら連絡してこいよ。あと、警察官の胸倉を掴むのはもうやめておけ」


「うっす」


 刑事さんはベンチから立ち上がると、踵を返して去って行った。俺は飲みかけのコーヒーを呷り、空き缶入れに放り投げる。


 空き缶は放物線を描き、空き缶入れの淵にカンッと当たって弾かれた。


「はぁ……ままならねぇよなぁ」



 ◇◆◇



「あ~あ、なんか面白いこと起きねぇかな~」


 例えばそう、異世界人が俺を頼ってこっちの世界に来るとかさ。

 お願いです勇者様、やっぱり貴方様のお力が必要なんです助けてください!! ってな感じでな。


 そしたら俺はこう言ってやるんだ。



「えっ!? 追放しておいて助けてくれとか何様なんですか!? こっちは気軽なニートライフを満喫しているんだから、今更助けて欲しいと言ってきてももう遅いんだけど!」



 みたいなことをドヤ顔で言いたい。

 今は追放系がブームだからな。それにあやかって俺も言ってみたいわ。きっとすんごいキモチイイんだろうなぁ。


 それかあれだ、今からでもいいから異世界転生したい。

 勇者召喚なんて今時時代遅れよ。やっぱ時代は転生よ転生。異世界のお貴族様に転生して、権力+チートを持っていて可愛い婚約者とキャッキャウフフしたいわ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「はっ、過去の栄光に縋って妄想するとか酷いもんだよな。うわっ!」


「きゃっ!」


 妄想に浸っていたら、道路の角で人とぶつかっちまった。

 目をつぶって妄想していた俺も悪いが、勢いよく走ってきた相手も悪いだろう。だからこう言ってやるんだ。


「おい、どこ見て走ってやが……」


「いったぁ……」


 注意しようと思ったができなかった。

 だって、尻餅ついているのがめっちゃ可愛い女の子だったなんだもん。そりゃ可愛い女の子には怒れないよな。あともうちょいでパンツ見えそう。


 ん、待てよ?

 道路の角で女の子とぶつかるってのはアレじゃないか?


 古臭くはあるが、主人公とヒロインが出会う時のド定番じゃないか! 残念ながらパンは咥えてないみたいだけどな。


 ひゃっほう!

 ついにヒロイン不在だった俺にもヒロインが現れたのか!? 十年間首を長くして待っていた甲斐があったってもんだぜ!


 さぁて、ラブコメ開始しちゃおっかな!


「おい、大丈夫か」


「ごめんなさい、ちょっと急いでて」


「おい、居たぞ!」


「早く捕まえろ!」


「助けておじさん、あの人達に追われてるの!!」


「お……おじさん……」


 突如美少女から助けを求められてしまった。

 そして気付いたのだが、女の子におじさんって面と向かって言われると結構傷つくのね。三十歳ってどうなんだろう。おじさんって言われるような歳なのか?


「もう逃げられませんよ」


「大人しく帰りましょう」


「嫌よ! 絶対帰ってやるもんですか!」


 黒服にサングラスをかけた如何にも怪し気な野郎が走ってくるし、反対側からも来ていて挟みこまれちまった。


 あれれ~おっかしいぞ~。

 どうやらラブコメじゃないほうだった。どっちかといえばラピ〇タだなこれ。


「おいおっさん、その子を渡せ」


「大人しく言うことを聞いておいた方が痛い目に遭わなくて済むぞ」


「あっ? おっさんだと? おい、言葉には気を付けろよ三下。今の俺はすこぶる機嫌が悪いんだからよぉ」


「な、なんだこいつ!?」


「やけに自信満々だな……」


 指ポキして軽く脅すと、黒服どもがあからさまにビビる。

 ふん、テメエ等如きパンピーが勇者様に勝てると思ってんのかぁ? ストレス発散には丁度いいぜ、まとめてぶっ飛ばしてやるよ!


「ふん!」


「ぐはぁ!?」


 い、痛いぃぃぃ!!

 頬が痛いぃぃぃ!!

 おい、いきなり殴ってくるなんて卑怯じゃないか!


「ぶ、ぶったな!? オヤジにもぶたれたことないのに!」


「ええ……あれだけ強そうな雰囲気出しておいてそれはないよおじさん。こういうのって颯爽と助けてくれるのがお決まりなんじゃないの?」


「うん、俺もそうしたかったんだけど無理でした」


「なんだこいつ、ただの見かけ倒しか」


「いや、見掛けも酷いけどな」


 ちっ、散々言いたい放題いいやがって。もう謝ったって許さねぇからな。殴られたお蔭で、ちったぁ酔いも醒めてきたところだぜ。


「ぺっ……かかってこいよ」


「口と態度だけは偉そうだな――がは!?」


「誰が口と態度だけだって?」


「おい、何をして――ぐは!?」


 瞬 殺!! 

 満足気にパンパンと手を叩く。ふん、口ほどにもねぇな。勇者様を舐めるんじゃないよ。


「やるじゃん! おじさん実は強かったんだね! ありがとう、助かった!」


「おう」


 うん、素直にお礼が言えるのは俺的にポイント高いよ。

 でもお願いだからおじさんはやめようか。このままだとメンタルブレイク起こしそう。


 心が傷ついていると、今度は勢いよく車が突っ込んでくる。


 べべべ、ベンツやぁぁあああ!! と高級車に驚いていると、車内からとっつあん坊やみたいな奴が出てきた。


 高そうなスーツに高そうな腕時計とか、頭の天辺から足の爪先までいけ好かねえ野郎だな。


「おい、僕を煩わせるなよナナ。馬鹿な真似してないで帰ってこい」


「嫌よ、お兄ちゃん一人で帰ってよ」


「お、お、お、お兄ちゃん!?」


 なんだよそれ、ただの家出じゃねえか。

 てっきり悪の組織から逃げているものだとばかり思っていたが違ったようだ。う~ん、なんか一気に白けたな。


「どこへ逃げたって無駄なんだ。いい加減諦めろ」


「やだ!」


「ちっ、面倒をかけさせるなよ。お前を連れてこいと言われているんだ、さっさと来い」


「ちょっと待てよ」


 女の子に伸ばしかけた手を咄嗟に掴む。

 するとお兄ちゃんが鋭い眼差しで俺を睨んできた。おい、誰に向かってメンチ切ってんだよ、ぶっ飛ばすぞ。


「誰だお前は。汚い手で僕に触るな、離せ」


「嫌だと言ったら?」


「お前、ナナの関係者か?」


「いや、全然知らね~な」


「ならさっさと消えろ。関係ない奴が出しゃばってくるな」


「そいつはできない相談だ。関係はないけどこの子に助けてって頼まれたんでね」


 ふふ、この台詞人生で一度は言ってみたかったんだよな。

 引き下がらない俺に苛立つお兄ちゃんは、ガサガサと懐から札束を取り出した。


「ちっ、どいつもこいつも面倒な奴だな。ほら、これをやるからさっさと消えろ」


「なにこれ」


「百万だ」


「ひゃ、百万!?」


 ひょえ~~~~! 百万だってよ!

 百万の札束なんか初めて見たぜ! どんだけお坊ちゃまなんだよお兄ちゃん!


 あと怖いよ! 常時懐に札束入れてるのってどういう日常送ってんだよ!


「お前は運がいい、関係のない人間を渡すだけで百万が手に入るんだ。だからさっさと受け取ってそいつを渡せ」


「ありがとう、是非いただきます」


「えっ嘘でしょ!? 普通受け取らないよね!? 見損なったよおじさん!」


 いやだって、百万欲しいし……。

 このお金でゲームの課金も出来るし、お気に入りの配信者にも赤スパも送れちゃうじゃん。


「ふっ、見掛け通りのクズだな。ほら拾えよ、金が欲しいんだろ? 見るからに貧乏そうだしな。底辺に相応しい負け犬の如くさっさと拾ってこの場から消え失せろ」


「……」


 俺の格好を見て鼻で笑うお兄ちゃんは、その場にボトっと札束を落とす。

 腹が立った俺は、札束を取る――フリをしてお兄ちゃんの顎にアッパーを食らわした。


「ぐほ!?」


「人を馬鹿にするのも大概にしておけよとっつあん坊や。どいつもこいつもクズだ何だと言いやがって。

 確かに俺はクズだし、百万だって喉から手が出るほど欲しいけどよ、そこまでのクズに成り下がるつもりはねぇぞ。クズにだってプライドがあんだよ」


「な、殴ったな!? 父上にも殴られたことないのに!」


 ええ……俺はジョークで言ったんだが、お兄ちゃんの場合はガチっぽいな。


 ああそうか、納得いったぜ。父親にもろくに殴られたことがないからお前みたいないけ好かない人間になるんだな。


 落ちている札束を拾うと、涙目で尻餅ついているお兄ちゃんの顔面に放り投げた。


「それ持ってさっさと消えろ、俺の気が変わらないうちにな」


「ぼ、僕にこんなことしてタダで済むと思うなよ。後で後悔しても遅いからな」


「うっせんだよ、おとといきやがれってんだ。あとそこでノびてる奴等もちゃんと連れて帰れよ。ここに居ても迷惑だ」


「ちっ、おい運べ」


 ベンツに乗り込むお兄ちゃんが運転手に命令すると、のびている二人に肩を貸して運ばせる。


「いいかナナ、少し時間が伸びただけだ。いつまでも逃げられると思うなよ。お前も覚えておけよ、絶対に許さないからな」


 最後に捨て台詞を言い残して、お兄ちゃんたちは逃げるように去って行った。


 あ~あ、惜しいことをしちまったなぁ。欲しかったな~百万円。


「やるじゃんおじさん、かっこよかったよ」


「そう?」


 まぁ、百万は惜しいけど美少女の笑顔を守れたしそれでいいか。お兄ちゃんをはっ倒してちったぁ俯いた気分もスカッとしたしな。


「うん、決めた。ねぇおじさん、お願いがあるんだけど」


「俺からもお願い、おじさんはもうやめて」


「私のボディーガードになって」


「なんやて?」

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