第3話 魔王を倒しても、履歴書には何の意味もない
「帰ってきちまった……」
目が覚めたら見慣れない公園に立っていた。
公園にある遊具、自動販売機、空高く聳え立つビルなど、目に映るもの全てが懐かしい。
約十年ぶりにもとの世界に帰ってきた俺は、やはりここがマイベストプレイスなのだと魂レベルで感じた。
世界を救った勇者に褒美をやるどころか、即刻送り返すなんてクソったれな仕打ちをしやがった王様には心底腹が立つが、帰ってこれたのだからそれはそれでいいかと開き直った。
異世界にいた十年で、俺のメンタルも鍛えられたからな。
まず俺がやったことは両親に会いに行くことだった。行方不明になっていた一人息子が十年ぶりに帰ってくるんだ。きっと感動の再会が待っているはずだろう。
「はっ? 事故で死んだ?」
感動の再会どころか、不幸な別れでしかなかった。
どうやら一年前ほど前、俺の両親は交通事故で二人共亡くなっていたらしい。そのことを親戚から伝えられた俺は、ショックを受けたがそれほど悲しんでいなかった。
多分、異世界で多くの死を目の当たりにして感覚が麻痺しているのだろう。
ただ申し訳なかった。親孝行するどころか、行方不明になった息子のせいで十年間ずっと苦しませてしまったんだからな。
「今までどこにいたんだ」
「それは……」
「お前の両親がどれほど心配したのか分からないだろ!」
親戚連中には、よく帰ってきたと喜ばれるどころか滅茶苦茶怒られた。異世界に勇者召喚されて魔王を倒してましたなんて説明できないし、したとしても頭がイカれたんじゃないかと火に油を注ぐだけ。
だから俺は口を噤んで消えた理由を説明しなかった。
親戚連中がブチ切れるのも無理はない。俺が消えたせいで両親はずっと苦しみながら生きてきて、さらに交通事故で亡くなってしまった。
なのに行方不明になっていた俺がノコノコ帰ってきて、今まで何をやっていたか話せないとなればいい加減にしろと怒鳴りたくもなるだろう。親不孝にもほどがあるってな。
泣きながら怒鳴られたよ。泣きたいのはこっちだってのによ。
「いいか、もう二度と顔を見せるんじゃない」
親戚からは絶拒を言い渡され、死んだ両親の生命保険が入っている口座を渡された。お金をくれただけでもありがたい。なんせこちとら無一文だったからな。
こうして俺は、十年ぶりにもとの世界に帰ってきたと思ったら天涯孤独になっちまったんだ。
「さて、これからどうするか」
くよくよしていても仕方がない。
今日を生きるには行動しなければならないんだ。そのことは異世界で嫌というほど教えられた。教えられたというより身体に叩き込まれたんだけどな。
とりあえず漫画喫茶で寝泊まりしながら諸々の手続きを行う。
十年行方不明になっていた俺は死亡扱いになっていたから、まずは生存してましたよって手続きを行う。
それから住民登録や生命保険に加入して身分証明書を手に入れてから、格安アパートを借りて住むことにした。
やはり家があるのはいい。そういえば勇者召喚される前の俺は、いつかは一人暮らしをしてみたいと思っていたんだ。
衣食住を整えた俺は、仕事を探すことにした。
当分の間は両親の生命保険のお金があるから平気だが、金はいずれ尽きるからな。余裕がある内に仕事を決めないと非常にマズい。
どんな仕事をしようか悩んだが、俺には変な自信があった。
なんせこちとら異世界を救った勇者様だ。どんな仕事だろうとお茶の子さいさいだってな。
だが就活するにあたって、思わぬ問題が立ちはだかった。
「履歴書に書くことが……何もない!」
まず初めに、俺が異世界に召喚されたのは高三の春だ。
つまり高校を卒業しておらず、俺の最終学歴は中卒となる。
さらに十年間異世界にいたので、会社に勤めていたどころかバイトの経験すらなく、履歴書に書くことが何もない。
職業欄に勇者(笑)とか書けるわけがないしな。
死に物狂いで身体を鍛えたことも、仲間の死を横目に魔族や魔物をぶっ殺したことも、魔王を倒したなど壮絶な体験も経験蘭には書けない。
ワードやエクセルもできないし、英語だって喋れない。TOEICってなに、食べれんの? レベルで就活に使えるスキルが何一つ身についてないんだ。
異世界では剣か格闘か魔法が使えれば優秀だったが、平和な日本ではそんな物騒なスキルは必要ないしな。
名前以外真っ白な自分の履歴書を見て絶望したが、それでも俺は楽観していた。よくよく考えたらいけるはずがないのに、なんの根拠もなく「いけるいける!」と自信満々だったんだ。
魔王を倒した俺に不可能はないってな。
「そんな馬鹿な……」
結論から言うと、全て落ちた。
大中小合わせて二百社ぐらい受けたが、もれなく全部落ちた。毎日届くお祈りメールを見ては、「ふっ、俺を落とすなんて馬鹿な会社だな」とか負け惜しみを言い、奇跡的に面接までいっても落とされる。
というより、面接で俺の心はぽっきり折れた。
「津積比呂です! よろしくお願いします!」
「はい、津積さんね。一分あげますので軽く自己紹介をしてくれませんか?」
「自己紹介? 一分で、ですか?」
「何か問題でも?」
「あ、いえ、平気です。えっと~、俺、いや私はですね~」
いきなり自己紹介しろとか言われてテンパったな。一分で何を喋ればいいのかわからねえし、適当に喋っていたら「はい、もう結構です」と呆れられてすぐに退室させられたんだ。
まぁそんなのは序の口よ。
面接ってのは、俺が思っていた以上にえげつないものだった。
「中卒って(笑)……よくこれでウチに応募しようと思いましたね(笑)」
「高校生の春から行方不明になっていたそうですが、今まで何をされていたんですか」
「記憶喪失? それって診断書とか証明できるものありますか?」
「どうせグレたんでしょ?」
「本当は世間様に後ろ暗いことしてたんじゃないの? ウチは犯罪者なんかを取るつもりありませんよ」
「君はクズなんだからさ~、高望みしないでそういう仕事をしていればいいんだよ。まぁ、君みたいな人間を雇ってくれるところなんて底辺だってないだろうけどね」
「この真っ白な履歴書が貴方自身を表しているのわかります? 要するに、貴方には何もないんですよ!」
こっちが何も言い返せないことをいいことに、面接官どもは上から目線で好き放題言いやがる。
いわゆる圧迫面接ってやつだ。
クズだとかアホだとか社会不適合者だとかあらゆる罵倒に、人格否定までされる始末。あれはもうメンハラだよメンハラ。面接ハラスメントと書いてメンハラだよ。
「もう無理、就活したくない……」
毎日届くお祈りメールと酷いメンハラを繰り返しているうちに精神は擦り減っていき、ついにメンタルブレイクを起こしてしまった。
異世界での出来事があってどんなことでもめげないメンタルを持っていると自負していたが、あれとはまた別のベクトルでキツかったんだ。
正直舐めてたぜ。
就活がこんなにキツいものとは思いもしなかった。
「はぁ……ちい〇わ面白いな」
度重なるメンハラによってメンタルブレイクした俺は、極力外に出ず狭いアパートの部屋にこもってひたすらアニメや動画配信を見て癒される日々に突入した。少しでも辛い現実から目を逸らしたかったんだ。
そんで引きこもりニートが誕生したって訳よ。
まさか魔王を倒した勇者の俺が三十歳で
まぁでも、クズニートもそんなに悪くないぜ。
アニメや動画配信のお蔭でメンタルが回復し、外に出られるようになってから真っ昼間から公園のベンチで酒を飲んでみたが、とんでもなく美味ぇしな。
なりたくてなった訳じゃないが、クズニートも慣れれば悪くない。
サラリーマンが汗水垂らして働いている時に自分は何にもせず酒を飲むのも、背徳感があって乙なもんだぜ。
まぁ、そのせいで今は
「お~い、出してくれよ~。悪かったって謝ってるじゃないですか~」
「うるさい! 静かにしていろ!」
ちっ、ケチくせ~な。ちょっと胸倉掴んだぐらいですぐに逮捕しやがって。もっと他に取り締まる奴等いっぱいいるだろ~がよ。ちゃんと仕事しろや。
「はぁ……やってらんね~よな~」
「よぉ、ご苦労さん」
「田中刑事、お疲れ様です! どうかなさいましたか?」
これは当分帰してくれそうにないと諦めて冷たい床に寝っ転がっていると、野暮ったいおっさんが入ってきて看守と何かを話している。
そのおっさんに見覚えがあり様子を窺っていると、俺の方を指してこう言った。
「悪いけどそいつ出してくれねぇか。俺の顔見知りなんだよ」
「えっ、この酔っ払いとですか?」
「ああ、俺が担当していた事件絡みでな。それに話を聞いてみりゃ、職質した
「それは……」
「俺からもキツく言っておくからよ、よろしく頼むぜ」
「わ、わかりました」
「ありがとよ。おい、寝っ転がってねぇでさっさと出ろ」
よくわからんが、意外とすぐにブタ箱から出られることになったみたいだ。
ラッキー。
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