第2話 異世界を救った勇者
「ようこそおいでくださいました、選ばれし勇者様」
「はっ?」
「魔王を討ち倒し、どうかこの世界を救ってください」
高三の春、トラックに轢かれそうになっている子供を助けた。
そしたら何故か王宮みたいな場所にいて、王女様っぽい人にそう言われたんだ。
どうやら俺は、魔王を倒すために異世界に召喚されたらしい。
まぁあれだ、勇者召喚系って言えば話が早いだろう。
正直に言えば、胸中ではその場で小躍りしたいぐらい盛り上がっていた。異世界キターーーーーー!! ってな。
だってそうだろ?
小さい頃からアニメや漫画が大好きだったオタクの俺が、夢に描いていた異世界ファンタジーに来られたんだからよ。しかも自分が勇者として呼ばれるなんて最高じゃねえか。
「いいだろう、俺が勇者になってこの世界を救ってやるよ」
キメ顔でそんな台詞を吐いたのは今でも俺の黒歴史だ。
それからとんとん拍子に話が進む。「ステータス測定だろ? 早くやろうか」とかやけに察しが良過ぎる俺に、王女様たちが逆にドン引きしていたくらいだ。
そんな風に浮かれまくっていた俺が、話が違うと感じ始めたのはチートがないと気付いた時だった。普通はさ、勇者に選ばれるような人間は超ヤバいチートが一つや二つあるようなもんだろ?
神の力が宿っているとか、全属性魔法が使えるとか、超強いスキルがあるとかさ。
それで周りの人間に「おお~! 流石は勇者様!!」と驚かれてもてはやされるのが鉄板ってもんだろ?
ところがどっこい。
俺にはそんなチートなんて何一つなかった。至って平凡の男子高校生スペックのままだったのだ。一般兵にだって勝てないのに、魔王を倒すなんかちゃんちゃら笑える話だろう。
「えっと、何か特別なお力はないのでしょうか?」
そう尋ねる王女様に「あ~、残念ですが何もないようですね」と鑑定士は首を振った。
「本当にこれが世界を救う勇者なのか?」
「はぁ……やはり勇者召喚は失敗だったのではないか」
これには俺を召喚した王女様もガッカリで、それ以外の連中には幻滅され、馬鹿にされ、鼻で笑われた。それからの俺への態度は言うまでもないだろう。
ぶっちゃけると、この時点で勇者なんかすぐにほっぽり出して冒険者とか現代知識チートで成り上がる系に路線変更してもよかったかもしれない。
だけどその時の俺は、若さゆえの過ちというか、折角勇者として呼ばれたのだからその役目を果たしたいって意固地になっていたんだ。
とは言っても何の力もない俺はどうしたかというと、一先ず変な教官のもとで鍛えられることになった。
先に言っておくが、クール系女騎士でもおっとり巨乳魔法使いでもないからな。二次元だとそこでヒロインを出して少しでも絵面を明るくするのだが、俺の場合はもっと酷い。
なんと出てきたのは、ハゲたおっさんだったのだ。
可愛い女の子でも、愛くるしいサポート系マスコットキャラでも、いずれ相棒になる熱血戦士でもない。
本当に、ただのハゲたおっさんだった。
だから俺はこう言ってやったのだ。
「チェンジで」
「よし、まずはその軽い口を叩けないようにしてやろう」
ハゲ教官のもと、俺は死に物狂いで訓練をした。
泥水に塗れ、身体は腫れあがり、痛くて夜も眠れない。何度夜逃げしようとしたか覚えていないし、もう死んだ方が楽になれるんじゃないか? と鬱になったのも数え切れない。
それぐらい過酷だったのだ。
慣れない土地での生活が合わなかったのもあるかもしれない。創作では中々描写されないトイレ事情とか衛生的なやつだ。ウォシュレットどころか、トイレットペーパーすらないのは本当にキツかったぜ。
「おうちに帰りたい……」
重度のホームシックになるのも仕方ないだろう。
異世界ファンタジーなんかもうどうでもいいから、早くおうちに帰らせて欲しかった。ポテトチップス食べてコーラを飲める平和なあの頃に戻りたかった。
そんな過酷な環境で二年が経過した。
そう――二年である。アニメや漫画の主人公だったらとっくに魔王を倒して世界を救っている頃だろう。けれどチートがない俺は、修行パートだけに二年も費やしてしまった。
残酷なのは、その二年間で俺以外の勇者が用意されたり、他国でも俺のように異世界から勇者を召喚したのだが、そいつら全員もれなく魔王もしくは魔王軍に殺されたことか。
優れた力が備わっていても、チートがあっても無理だったのだ。
何の力もない俺が――覚醒シーンとかも特になかった――魔王を倒すなんて土台無理な話ってわけよ。
なのに、ハゲ教官から無慈悲な言葉を告げられたのだ。
「ヒロに教えることはもう何もない。今こそ勇者になって魔王を倒す時だ」
「本気で言ってんのかハゲ」
そして俺は、丁度二十歳になったぐらいに魔王討伐の旅に出た。いや、ハゲ教官に放り出されたの方があっているかもしれない。
予め言っておくと、魔王討伐の旅でヒロインは一人もいなかった。
だからボーイミーツガール的な展開は何一つなかった。マジでクソったれだと思ったね。
まぁ、男だけなのも気が楽で楽しかったといえば楽しかったけどな。最後にはそいつら全員死んじまったけど。
「貴様が異世界の勇者か」
「ああそうだ。お前のせいで俺がどれだけ辛い目に遭ったか、たっぷりと思い知らせてやるよ」
八年……異世界に召喚されてから八年かかって、ついに俺は魔王まで辿り着いた。
えっ八年!? と驚くかもしれないが、本人が一番驚いている。アニメや漫画だったら八年もかかんね~つうの。
八年の旅路は余りにも長いので端折らせてもらうが、ここまで来るのに本当に長かったし、辛いことも沢山あった。その全部を乗っけて、いやぶつけるつもりで魔王と戦い……。
「はぁ……はぁ……勝ったぞぉぉおおおおおおお!!」
ついに魔王を倒した。
チートもなかった俺が、愛と友情の代わりに、血と汗と涙の力で魔王をぶっ殺してやったんだ。
これで俺は、名実共に異世界を救った勇者になった。
これまでの苦難がやっと報われ、これからハーレムを囲って異世界モテモテスローライフを満喫できると思ったのだ。
――が、そんな明るい未来は一切なかった。
異世界を救った筈の勇者の俺に、王様が信じられないことを言ってきたからだ。
「魔王を倒した勇者の力は脅威である。よって、勇者には元の世界に帰ってもらうことにした」
「はぁ?」
魔王を倒して異世界を救った筈の俺に、本来なら未来永劫讃えられていい筈の俺に、クソったれな王様は訳わかんねぇ話をしてきやがったのだ。
俺がお前達に剣を向けると思ってんの? とか
いつでも元の世界に帰れたの? とか。
色んな疑問が生まれたけどよ、とにかく戸惑った。
聞き間違いかと思ってつい「パードゥン?」とふざけた感じの英語で尋ねたが、聞き間違いじゃなかった。冗談でもなく、マジで言ってやがんだ。
これまで苦労してきたのが全部パーになっちまった。俺の八年間は何だったんだと後悔すると同時に、怒りと悲しさが溢れかえる。
「魔王を倒した勇者なら元の世界でも英雄になれるだろう。達者でな」
「何が達者だアホんだらぁぁああ!! ふざけんじゃねぇぞ! 世界を救った俺がどうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけ――」
そして俺はもとの世界に返された。
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