第10話


「なっ、こんな構文で?!」


「しかもこんなゴミみたいなマシンで此処までの作業が出来るっていうのか?」


「本物の魔術師だ......!!」


「嘘だろ.......?」


「誰だ今私の愛機をゴミって言った奴」


 私は前も言った通り、ソースをシンプルにするということを惜しまない。


 仕様が増えればソースコードが増えるというのは当たり前のことなのだが、その中にも重複した処理が無いかを探し出しては削り、簡略化出来る場所は極限まで簡略化する。まああまりにも削りすぎるとバグの原因となってしまったりする場合もあるのだが、そこら辺の見極めは長年の勘でどうにかしていくことにする。

 

 そして問題はそれ以上の軽量化を目指す時である。

 実はプログラミング、禁術と呼ばれるものがあるのだ。例えば不安定になる確率が上がる代わりに処理速度が上がったり、必要な処理さえもスキップする為に不具合の原因となったりするものである。


 しかしそれは長時間の配信における安定性を重視する配信用ソフトの開発には向かない。


 そこで私は様々な機能をmodという扱いで追加し、追加される負荷を減らしていたのだ。まあこれはごちゃごちゃした話になるので細かい説明は省くが、取り敢えずコアとなるソフトが行った計算をそのまま流用することが出来るので上手く作ればかなりの恩恵を得ることが出来るということだ。


 まあ下手にやるとバグることもあるのだが、今回は私なりに培ってきた技術を見せて差し上げるということだったので普通の人なら削らないであろうレベルまでガリッガリに削り落としてやった次第である。この魔改造済みの旧式ThinkPadゴミみたいなマシンで。


「......ねえ、今私のパソコンをゴミって言った奴誰です??」


「マヤさん、落ち着いて」


「マヤさん、それは謝るからさっきのやり方を教えてくれないか?!」


「ほう、貴方でしたか。覚悟のほどは宜しくて?」


「育成中の人材を潰さないでください!!」





「ねえフーカさん」


 事務椅子の上で体育座りをしながらその小さな自分の手を見つめていた少女は、近くに居た一人の大人に話しかける。


「んー?」


「マスターもスタッフの方々もずっと部屋に籠ってるけど、何やってるの?」


「調整よ。貴女が使うモデルのね」


「いや、それは分かってる。だけどその詳細は全く分からない。だから私のことなのに話についていけてなくて少しだけ寂しい、かもしれない」


「ふふ、可愛い。お姉さんが撫でてあげるわ」


 そしてフロンはその少し高めの身長に対して程よく収まる少女の身体を抱き寄せ、そのさらさらとした感触の髪を撫でる。

 そんな彼女の母性という名の暴力と、頭に感じるその胸の感触に抗うように、少女は続ける。


「今日だけでマヤさんやフーカさん、うたねさんはこの現場を一気に変えた。でも私は此処に居るだけで何もできてない。ただマスターや他の人たちに構ってもらってるだけ」


「そう?」


「そう。これでも十六歳なのに未だに子供扱いだし」


「そうねえ、こんなに可愛い子だもの。甘やかしてあげたくなっちゃうのは当然だと思うけど?」


「甘やかされてても自分から動けるようにはならない。現に私にはフーカさんみたいに人を落ち着かせることは出来ないし、うたねさんやマヤさんのように知識があるわけでもないから」


 様々な知識や技術を持ち合わせた大人たちが熱中して仕事を......それも自分のモデル作り上げているにもかかわらず、そのモデルを操る本人である自分がその輪の中に入ることが出来ない。そして自分がすべきこともわからず、助けを乞おうとしても誰にどう聞けばいいのかもわからない。

 それは多感な時期にこの会社にやってきてしまった彼女なりの悩みであった。

 

「......私は皆と同じようにいたい」


「同じように、ねえ」


 そして少しだけフーカは溜息をつき、再び同じ表情に戻る。


「私達がライバーである限り、それは叶わないかもしれないわね」


「......」


 彼女は腕にすっぽりと収まった少女の頭を撫で続ける。抱えた穢れを落とし、不安を和らげるように。


「私達ライバーは唯一無二の存在。対してスタッフは幾らでも代わりが居る。それは芸能人にしても何にしても、コンテンツの中心に立つ者達とそれを支える者達の定めなの」


「.......なんか嫌」


 かつてマヤが言ったように、あくまでもスタッフは幾らでも代わりが存在する無名の社員。対してライバーは表舞台、つまりコンテンツとして看板を背負う選び抜かれた人間なのである。

 つまり互いに尊重していたとて、ライバーの持つ能力を引き出すことを専門とするスタッフと自らが配信をライバーの立場を釣り合わせることは難しいのだ。


「でもね、互いに尊重し合いながら自分のすべき仕事を全うすることが出来るのならそれでもいいと私は思うわ。何より貴女はうちの面接を抜けて此処までやってきたんだから」


「......」


「とは言ってもこれはあくまでも私の意見。いつか貴女なりの答えが出るはずだから、今は沢山悩みなさい?」


「......ん」

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