第11話


「で、取り敢えず言われた通りに来てはみたけど......なんだここ」


 マヤはエンジニア、フロンはロリっ娘さんのお相手をしている最中、暇になったうたねはマヤに指示された通りの場所まで車を取りに来ていた。

 実はレンタカーを借りるという手もあったのだが、車が現地調達できるのであればその方が保険を加味しても安く済むために今回終業時間外で使用する車両は伝手で借りることになったのだ。


 しかし、その車を貸してくれるというマヤの知人の家が中々の豪邸だったのだ。お城とかそういうのじゃなくて、現代的な建築ながらもかなり広くてデカいやつ。

 

 郊外にそびえたつその豪邸の持ち主は彼女が『先輩』と呼ぶ人間であると彼女は聞いているものの、特にその『先輩』と面識があるわけでも何でもないので少しだけ戸惑っていたり。


「.......一旦ピンポンすっかあ」


 そしてそのテンションのまま覚悟を固め、インターフォンのボタンを押し込む。


『はーい』


「早っ」


 よく考えたらこの豪邸の広さでどうやってインターフォンに応答するのだろうかと思っていた彼女は、その応答速度の速さに困惑が加速しながらも声の主に向かって言葉を並べる。


「望月さんの指示で車を借りに来た者です」


 正しい反応なのかは知らないが、今までまともな社会経験をしたことがないピュアな心(自称)を誇る彼女は取り敢えず包み隠さずに身分を明かす。


『お、マヤの友人さんか。取り敢えず今門開けるから入っちゃって~』


「うおぉ......」


 そして開くデカい門。最早そこからどう動いていいのかはわからないが、うたねなりに整えられた道を闊歩......出来るはずもなく多少の場違い感と申し訳なさで少し早歩きになりかけながら道を進む。


 取り敢えずまっすぐ進めばたどり着けるとマヤから聞いていた彼女は素直に進んでいたのだが、不意に後ろから腕を伸ばされる。


「————?!」


「こんにちは♡」





「驚いた?」


 腕に妙な感覚を覚えた瞬間、出来る限りの応答速度で振り返ったものの既にそこには誰もおらず。再び振り返り、先程見ていた景色に視点が戻ったと同時にさっきまでは居なかった一人の姿が目に入る。


「......滅茶苦茶驚きました」


「ごめんねえ。こんな可愛くて若い子が来ることなんて滅多にないからつい悪戯したくなっちゃって」


 後ろから腕を触った後にうたねが振り返った方向とは逆側に回り込むことで視界に入らなかったという単純な仕掛けだったことに気づいた彼女は若干の疲れを表情に浮かべる。


「そんなお顔しないでよ。可愛いのに」


「えぇ......」


 初対面ながらにして此処までの距離間で接してくるマヤの知人に少しだけ引きつつも、マヤから頼まれた役割を果たす為に負けじと要求を投げかける。


「と......とりあえずマヤからは『構わなくていいから車を回収してこい』と言われているんですが」


「あちゃ、対策されちゃってたか」


 そんなマヤに通ずる軽いテンションを感じながらもそれならば、とうたねは続ける。


「まあそういうことなのでお車だけ借ります。鍵を頂きたいのですが」


「君も中々グイグイ来るねえ。うん、そういうのは嫌いじゃない」


「なら早く渡してください。私も仕事があるので早く帰らないといけないんですよ」


「ちぇ、もうちょっと遊んでたかったのに。まあ面倒な人だと思われたくないし」


「既に面倒な人だと思ってますよ」


「ねえ君、もしかしてマヤに何か仕込まれてない?」


「バレちゃってましたか」


 そう、実はうたねは既に面倒な人と会うことになるから極力私が社長に会った時のような返答をするようにとマヤから言われていたのだ。


「どうせ『面倒な奴と対峙することになるから私が山本にするような反応をしろ』とかそんな感じのことを言われたんでしょ?」


「凄い洞察力」


「さらに言えば君が他人の様子を見てそれをコピーしたり自分の言動の判断に落とし込むことが出来るっていうのを見抜いてたんだろうね。『そいつ、もっと面倒なことに心が読めるので駆け引きには気を付けてください』とか言ってたでしょ?」


「言ってました。え、どうやってそういうの見抜くんですか?」


「それは秘密だよ。さてお嬢さん、君のお望みはこの車のキーでしょ?」


「話逸らしたよこの人」


「取り敢えず仕事もあるんだろう?ほら、あっちに車があるから持ってきなー」


 うたねは差し出されたキーを受け取る。そして指をさされた方向を見ると一台の車が大きなガレージの前に置いてあり、既に巨大な敷地とその先にある公道を隔てる電動ゲートの門は開きかかっていた。


「いや門でっか.......ってえ?!」


 再び振り返ったうたねではあるが、その後ろにはもう誰も居なかった。

 

「......えぇ」


 『お仕事頑張ってね~』と書かれたメモとドロップス缶を残して。





――――――――――






さて、一体この『先輩』は何者なのでしょうか..........。



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