第9話


 Anchor_production En Project。それは弊社がVTuber事業を海外進出させる為に立ち上げた試験的ながらもそれを起点にグローバル化に踏み込むという野望も兼ね備えた新事業である。

 

 とはいえ別プロダクションを作るというよりかは何期生という並びにEn群を放り込むという話なのだ。なんでも全員を同じ事務所に属させることでコラボ配信などの壁を少しでも減らそうという魂胆らしい。

 まあ時間差はあれど弊社ライバーは基本的に24時間体制で誰かしらが配信しているような状態なので問題はないだろうという話だ。


 ちなみに3D配信に関しては各拠点に併設されたスタジオを使用して本社のサーバーに情報を送り、補正情報をかけてリアルタイムとは若干のラグを持たせて配信するという手法もあるのだが、ライバーが寂しがるのであれば航空機なりを使って本社に向かわせるということになっているらしい。ライバーが楽しいと思えるかは結構重要なのだ。


 重要なのだ、が。


「ここの機能、追加してもらった......!!」


「マヤさん、見てください!!このパーツに変形ギミック搭載しましたよ!!」


「この内部の歯車が動いているの良くないですか?!」


「此処もうっすらとしか見えないですが、良いでしょ!!」


「貴方たちが楽しんでどうするんですか」


 殆ど変わらない表情ながらもちゃんとご満悦で液晶に表示されるモデルを見つめるロリっ娘とそれを囲むエンジニア達。話を聞いているとどうやら現地でかき集めたエンジニア達も仕事を楽しみすぎていたのだ。

 

 いや、楽しむこと自体は結構だし、それによって良い物が出来上がるのなら万々歳。だがしかし、それの為にどこまでも惜しみなくパソコンの容量とリソースを食っていいわけではない。


「.......ひたすらにギミックを積めばいいという訳ではありません」


 ふいに私がそういうと、周りに居た人たちは少し驚いたような反応を見せる。


 恐らくそういわれるとは思っていなかったのだろう、それを聞いた彼らは少し眉を下げる。この辺の感情表現が多いのは文化的なものだろうが、基本的に感情を見せない国から来た身なのでハッキリ落ち込まれるとちょっと言いづらいものがある......けどこれから一緒に働く身として、いつかは言わねばならない事だろう。


「これらの機能はとても素晴らしいです。しかしそれを使用するためにリソースをたっぷり喰わせればいいというのは間違いです」


 そう、私はこれまで如何にリソース、つまりパソコンの負荷を減らしながら機能を増やせるかに重きを置いて開発作業を行ってきたのだ。


「ゲーム配信を行うライバーにとって常駐タスクである配信用ソフトとフェイストラッキングは邪魔者以外の何物でもない。ですから我々はそれを限界まで減らしながら機能を増やすということも目標としなければならないんです」


 配信者の顔を読み取り数値化したものをモデルに落とし込み、それに物理演算を含めてモデルを稼働させる為のトラッキングソフト。配信者が実際に行っているゲームの処理。リアルタイムでそれらを纏めて配信する為の配信用ソフト。

 それらはどれもかなりの処理を要し、それなりにパソコンに負荷をかける要因となる者たちなのだ。


「ここまでの機能とソースをこの短期間に書き上げた皆様の技術は計り知れない水準を持っていると私は思っています。ですからもう一度ソースコードを限界までシンプルに、そして今のクオリティを落とさないように作り上げていただけませんか?」


 そんな私の要求に戸惑ったような反応を見せた社員たちの中、一人のエンジニアが進み出て私の目を見る。


「申し訳ないですが、これ以上リソースを削るのは無理だと思います」


 私よりも随分大きな身体だが、不思議と威圧感は感じない。恐らく相手も本当に良いものを作ろうとしているのだろう。自分が良いと思う物以外を取り入れようと出来る人間はこの先きっと伸びる......って先輩が言ってた気がする。


 だからこそこういう人材は伸ばさなければならない。


「......いや、パッと出の人間が言えたことじゃないかもしれませんがこのソースを書いたのが皆様なのであれば出来ない事はないと思いますよ」


「此処まで削り落としたのに?」


「ええ」


 先程何も言わずにソースをチラ見したのだが、そこにはしっかりと処理を最低限に削り、極力CPUやメモリの負担を無くせるようにしたという跡があった。しかしまだ削れることを、シンプルでスマートなソースコードに出来ることを開発者である私は知っている。


「........もし出来るというのなら、是非ともやり方を教えてほしい」


「ふふ、勿論」


 そして私はすぐ傍に――――私が手繰り寄せるのを待っていたかのようにそこに眠っていた、ちょっとだけ非力な相棒へと手を伸ばした。

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