第8話
「んで、此処で働けと」
「そうです」
通されたのは事務所。日本に鎮座する本社よりははるかに小さな建物ではあるが、3D配信が出来る程度のスタジオやサーバールーム等は重い負荷がかかる配信に堪え切れられるようにしっかりとした物を投入してあるという話は聞いている。
そこそこ綺麗に作られたオフィスには何十名ものスタッフが並んでパソコンに向かっており、アメリカ市場向けのサービスの開発作業に従事しているという話である。
しかし、どうも様子がおかしいのだ。
「なんか......凄いことになってますね」
「そうなんですよ」
おびただしい量のソースコードを前にエンジニア達が楽しそうにお話......それも漏れなく技術系のお話をしながらキーボードを叩いているのだ。それもほんわかとした楽しさではなく、そう。弊社特有の何かがズレた奴らの雰囲気である。
「学生から某IT企業のリストラに遭った人まで、取り敢えず人事部が引き抜きまくった結果がこれらしいです」
どうやらご丁寧にちゃんと人を選んでいたらしい。
「ちなみにちゃんとセキュリティや感覚のズレも叩き直したので信用して大丈夫ですよ」
「怖。何したんですか」
「社内外含めて配信漬けにして沼に落とし込みました。それで最初の方はひたすらに日本の文化とか作法を学んでもらいまして、それで日本語まで身に着けた方もいるんですよねえ」
弊社の仕掛けは簡単で、簡単に言えばブラック企業と同じである。
社会をよく知らない、つまり歯車としての見込みがある人間を最低限嘘にならない程度の文句で雇い、そして洗脳を施して社畜に仕立て上げる。
弊社では一歩間違えればブラック企業として認定されそうな弊社に適応できるであろう人間を同じく甘い文章で誘い、そして職場がブラックにならない程度の安全圏内で染め上げることで各所のスペシャリストとして育て上げる。そんな本人から見れば幸か不幸かわからないような事を海外でも繰り広げているという話だ。
「強要はしてないですよね?」
「此処では察するということが通じなかったようでしたのでちゃんと具体的に書きましたよ。"求む
「まあそんな怪しい求人広告にやってきた人なら大丈夫か......」
もっといい広告はなかったのかとは思っているのだが、まあ上がこれでいいというのなら恐らくこれで良いのだろう。
「ライバーの時はちゃんとSNSで募集するのになあ......」
「ライバーは別枠ですからねえ......っと、どした?」
そんなことを話しているとふいに山崎さんが私の後ろの方に視線を向ける。
「......マスター、その人は?」
ふと、そんな少し低めのロリボイスが後ろから聞こえる。
「あー、この方は日本から応援に来てくれた俺の部署の先輩だよ」
振り返ると、ダボっとした黒いパーカーに身を包んだおさげの少女が立っていた。
その少しあどけなさの残る顔で私にジト目を向けていた彼女は、ササっと私の脇を通り過ぎて山崎さんの後ろにまわる。どうやら少し警戒されているようだ。
「ふふ、警戒されちゃってますね。それで山崎さん、こんなロリっ娘にマスターって呼ばせてるんですか?」
「ち、違いますよ!!俺別にそういう趣味はないですって!!」
そう言ってあたふたしだす山崎さん。
「まあ山崎さんはロリよりもえちえちなお姉さんの方が好きでしたね」
「マヤさん?!」
「マスター、私のこと嫌い?」
「ちょっ、違うから!!」
焦る山崎さん、そして彼のTシャツの裾をつまんで少し弱ったような表情になるロリっ娘さん。可愛い。
「んで、何故にその娘さんは山崎さんに懐いておられるので?」
「マスター、私のパソコン直してくれた」
「......NumLockのせいでパスワード弾かれてたので解除しました」
「美味しいジュースくれた」
「......俺が飲もうと思ってた粉末ポカリです」
「迷子になった時に探してくれた」
「......結構大事な会議なのに居なかったので」
「一緒にいてくれる」
「.......仕事なんで」
「マスター♡」
あまり変わらない表情だが、確かにその口は弧を描いていた。
「いいじゃないですか山崎さん。こんな海外のロリっ娘さんが懐いてくれるなんて」
まあ入ったばかりの環境が不安で誰かに甘えたくなるという気持ちもわからなくはない。
「嬉しいには嬉しいですけど......此処まで懐かれるとちょっとまずい気もするんですよね」
「マネージャーさんはなんと?」
「一応マネージャーさんが研修中なので取り敢えず技術面は俺、配信活動関連はマネジメント部の方で分担してやってるんですよ。なんですけどマジで何も言われないどころかお世話係に任命されてます」
「なるほど、つまりは合法ということですか」
「......そういうこと」
「そういうことじゃないんだけどな」
マネージャー、つまりマネジメント部の人間が何も言わないということは即ち無問題。これが弊社の理なのだ。
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