第2話 いざダンジョンへ
現れたのは、ゴーレムだった。
いや違う。れっきとした人間である。
百九十センチを超える身長、鋼のように全身を覆う筋肉。
恵まれた体格のおかげで人間というより、巨大な岩がたたずんでいるかのような圧迫感がある。
無造作に切り揃えた剛毛の前髪の隙間から、彼は獣じみた眼光が光らせた。生まれながらの三白眼のせいで、目つきは猛禽類のように鋭い。
突然の大男の出現に、若者たちもビビったらしい。なにやらもぞもぞ言った後、「これくらいで勘弁してやる」と捨て台詞を吐いて、足早に去っていった。
私は思わぬ救世主に礼を言う。
「助かったよ、野郷くん」
「いったいどうしたんすか?」
ゴーレム改め、後輩の
「実はリーダーっぽい人の守護霊が『マサル、おまえパンツ裏表逆だよ!』って必死に叫んでてね。それを伝えてあげたらなんか怒っちゃって……ってあれ?」
野郷くんが消えた。
と思ったら、街路樹の後ろにしゃがみこみ、耳を塞いでいた。
そうだった。彼は昔から心霊の類が大の苦手なのだ。
「それにしても野郷くんさあ……もう少し服装なんとかならなかったわけ? ここダンジョンだよ? モンスターとか出るのにそんな、休日近所のコンビニ行くみたいな格好じゃあ気分でないじゃん」
私は今日の野郷くんの全身コーディネートに眉をしかめる。
三ヶ月ぶりに再会した我が後輩は、高円寺の飲み屋で会う時と変わらぬ、ユニクロで揃えたと思しき上下黒色の黒子のような格好である。
「センパイだけには言われたくないっすよ。年中作務衣のセンパイにだけは」
負けじと、野郷くんが言い返す。
「だってこれ私のトレードマークだもん」
私は同じ作務衣を何着も持ち、着回している。丈夫だし寝巻きにもできるし、一周回ってオシャレに見える。こんなに生活が捗る服もそうそうないと思うのだが。
「今日は冒険目的じゃないっすから。動きやすい格好の方がいいすよ」
そんなものなのか。
ガチガチの鎧装備で来られたらそれはそれで怖いので、まあいいか。
「改めてだけど、今日はありがとう」
野郷くんは私の大学時代の後輩だ。学年は三つ違うが気が合い、卒業してからもちょくちょく会っていた。
「いえ。それより驚きましたよ。センパイがダンジョンに行きたいだなんて」
「行きたいっていうか、のっぴきならない事情が出来て」
事情を話すと、野郷くんは神妙な顔をした。
「お師匠さんって……祓い屋のっすか?」
「そう。といっても、私があの人の元から逃げて以来会っていなかったし、連絡もとってなかったけど」
そういや師匠、どうやって私の所在を知っただろう。狭い業界だし、あの人はおおよそ人道的とは呼べない手段も平気で使う。いくらでも方法はあるのだろう。
「もう縁は切れたと思っていたのに。この国にいる限り、私はあの人から逃れられないらしい」
「そんなに嫌なら無視すればよかったんじゃないすか?」
「そうもいかないんだよ……常識が通用する人じゃないんだ。それに本人が乗り込んでくるほうが困るし」
「センパイがそう言うなんてよっぽどっすね……」
気を取り直し、私は周囲を見渡した。
「でも安心したよ。勝手なイメージだけどダンジョンって地下だしもっと暗くて薄気味悪いところだと思ってた。モンスターも全然いないし、まるでディ●ニーのパーク入り口じゃん!」
「ここは入口っすから。観光客を迎えるために金掛けてモンスター避けのバリアが張られてます。ゲートの先にはモンスターがわんさかいますよ」
観光客をかき分け、我々はゲートへと向かう。
ゲート前は長蛇の列だ。
「目的地とか決まってます?」
手紙には師匠の住所は記されていなかった。放浪癖のある人だったから、決まった拠点がないのかもしれない。
特にないと答えると、
「んじゃとりあえず、地下五層を目指しましょう」
地下五層に、ダンジョン人口の八割が住む街があるらしい。
ダンジョンは多層構造になっており、二十層まで確認されている。
現在地は地下一層。五層へ行くには、地下二層から四層までを進まなければならない。
とりあえず五層まで行って、そこで師匠の行方を捜すことになりそうだ。
「不便だなあ。エレベーターとかはないの?」
「あるにはあるんすけど、今は使えません」
残念。まあせっかくだし、観光気分で歩くのもいいかもしれない。
ゲートを潜るとすぐに階段が現れた。宝塚の大階段みたいな立派なやつだ。ご丁寧に赤いカーペットまで敷かれている。
軽快に下ると、ここはもう地下二層。モンスター出現エリアである。
景色は一変した。
豪華な造りの地下一層とは違い、細長い地下道が延々と続いている。ここから先は、迷路のような入り組んだ構造になっているらしい。地下迷宮と呼ばれる由縁だ。
視界を照らすのは壁にいくつも吊るされた古びたランタンのみ。そのせいか妙な雰囲気があった。
「もしモンスターを見かけたら俺に教えて下さい。センパイの手は煩わせません」
そう言って、野郷くんは握った刀の切っ先を光らせる。
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