第3話 さっそくピンチ


 地上で刃物を振り回していたら一発アウトだが、地下では刃物の携帯が認められている。ダンジョン内に現れるモンスターに対抗するためである。


 ダンジョンは地上とはかなり異なる文化を持つ。知識のない者が一人で潜るのは命を捨てに行くようなものだ。


 そんなわけで、後輩の野郷くんにダンジョンの案内を頼んだのである。


「やっぱり持つべきものはダンジョン育ちの後輩だよ」

「お役に立てて何よりっす。この辺はガキの頃から出入りしてますんで任せてください」


 野郷くんは高校を卒業するまでダンジョンで暮らしていた。今回のガイド役に彼以上の適任はいまい。


 しばらく歩いていると、前方でうずくまる二人の人影が見えた。


「どうしました?」

 野郷くんが二人組に声を掛ける。

 彼らはハッとした様子でこちらに顔を向けた。


 どちらも大学生くらい若い男性。街で見かけるようなラフな服装だ。


 しかし二人の顔をよく見ると、口からはあぶくのようなものが溢れ、目の周りは不健康に黒ずんでいる。

 なんだこの二人、危ない薬でもやっているのだろうか。

 警戒していると、若者のうちの一人が搾り出すように言った。


「実はうっかり毒草を摘んでしまったみたいで……解毒薬を持ってたら分けてもらえませんか?」

「毒か。ああ、待ってろ」


 野郷くんは背負ったザックから青い液体の入った瓶を二つ取り出した。


「っ! ありがとうございます!!」

 二人組の冒険者は、争うように瓶を掴むと、ひと息で飲み干した。


「……助かりましたあ! あー死ぬかと思った」

 青年たちは見る間に生気を取り戻していった。

「そうだお礼……」

 青年の一人がポーチに手を掛けるが、野郷くんは首を横に振った。


「礼はいい。それより、今度同じような人を見かけたら積極的に助けてやってくれ」

「はい!」

「クエストか?」

 野郷くんの質問に、青年たちは我先にと頷く。


「はい。僕たち地上からきて、冒険者になりたくて……大学休学して始めてみたんですけど……」


「そうか。この辺りは薬草に似た毒草が多いからやめたほうがいい。四層の方が薬草が群生してるスポットがいくつかあるから、そっちの方が効率がいいぞ」


「ありがとうございます!」


 若者たちはこちらを振り返り、何度も頭を下げながら去って行った。


「今の若者たち、君のことヒーローを見るかのようなキラキラした目で見てたよ」


「ダンジョンは相互扶助が基本っすから」

 心なしか、野郷くんの横顔がいつもの十倍増しでかっこよく見える。


 なるほど、これがダンジョンでの立ち振る舞いなのか。参考にせねば。


 歩き続けしばらく経った頃、再び前方に二つの人影を見つけた。

 ふらふら酔っ払いのような千鳥足だ。


 先手を打って、私はその二人組に声をかけた。


「あ〜もしもし、どうかされました?」


 人影がゆっくりと振り返る。

 血の気の失せた青白い肌。ところどころ皮膚が削げ落ち、紫色に変色した肉から黄ばんだ骨が見えている。そして漂う異臭。

 これはマズイ。さっきの二人よりも重症だ!


 背後で慌てたような野郷くんの声が響いた。


「センパイそれ人じゃないです、アンデットです!」


 アンデット?

 慌ててポケットに潜ませていたモンスター図鑑をめくる。ダンジョン内に生息するモンスターについて記された、冒険者必携の図鑑だ。


 それによると、アンデットとは人の死体を模したモンスターらしい。腐肉の臭いを撒き散らし、牙には毒があるそうだ。どうりで臭いと思った。


 納得していると、アンデットのうちの一体が突然私の腕を取り、牙を突き立てた。


「ぎゃわー!」

「っ、センパイ!」


 私が噛まれたことにより動揺したのか、野郷くんも接近してきたもう一体の牙の餌食となってしまった。

 なんとかアンデットを刀で切り伏せた野郷くんだったが、ぜいぜいと荒い息をついている。


「しまった……さっきので解毒薬使っちまった」


 野郷くんは傷口を抑え、「ぐっ」と苦しげな息を吐く。

 私も視界がふらつき始める。筋肉が痙攣を起こしているのか、意思に反してぷるぷると脚が動く。そのため、ゾンビのようにゆっくりとしか歩けない。

 毒の影響か、顔が青紫に染まりつつある。


 いかん、このままでは毒が全身に回ってしまう。


 来た道を戻れば良いのだが、毒のせいで意識が朦朧としたためか、どこかの分かれ道を間違えたらしい。先ほどから見慣れない道が続いている。

 助けを求めようにも、人っ子一人いない。


「どうしてこんなの人がいないの!?」

「多分みんな二層を避けてるんでしょう……今アンデッドが大量発生してるみたいっすから」


 壁に埋め込まれた電光掲示板に『警戒警報・アンデッド大量発生中!』という文字が並んでいた。どうやら私たちが二層に潜った後、警報が発令されたらしい。

 

 歩き始めて十数分、ようやく人の姿を見かけた。

 しかし、それは明らかな不審人物であった。カメラを手にし一人で大声で喋っているのだ。

「あれは配信者っすね」

 どうやら、ダンジョン内の探索の様子を配信するというのが今の流行りらしい。

 

「えーみなさんグッドモーニングアンドナイト! 今日は急遽、アンデッドトラップと化したダンジョン地下二層に来てみました〜。うわっ、ほんと人いねえ……とりまいってみましょー」


「あのー……」

「ん? 今なんか聞こえた?」


 青年は振り返り、私たちの姿を認めると、


「うわっマジで出たああああ!!!」

「ぎゃああああぁ!!」


 ついでに私の隣からも野太い悲鳴が上がった。

 青年の悲鳴に驚いたらしい。

 腹の底からの良い声、である。


 巨大なアンデット(にしか見えない今の野郷くん)が雄たけびを上げ、襲い掛かって来た(助けを求めようとした)ことで、青年は生命の危機を感じたらしい。

 「あ、待って!」と追いすがる私に目もくれず、走り出した。


 青年の背中が猛烈な速度で遠ざかって行く。

 私はため息を零した。


「野郷くん、相手をビビらせちゃダメだろう」


 彼こそが私たちの希望であったと言うのに。


「すいませんセンパイ、俺が不甲斐ないばかりに……」

「やめてくれよ。そういう台詞言うといかにも最期っぽくなるから」


 こうしている間にも、野郷くんの顔が青紫に染まっていく。おそらく私にも同様の変化が現れていることだろう。


 このままだと死ぬ。かと言って地上に戻っている時間も体力的余裕もない。

 ダンジョンがこんなに危険な場所だとは……。安易に足を踏み入れたことを後悔していた。


 あと一時間もすれば、活きの良いアンデッドが二体、完成だ。



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