第4話 少女

 朦朧とする意識の中、ちょんちょん、と肩を突かれた。


「もしかして困ってますー?」


 振り返るとおぼろげな視界の中、シルバーの胸当てが見えた。

 いつの間に背後に見知らぬ女性が立っていたのだ。

 彼女は驚く私を見て、栗色の髪を揺らして微笑んだ。くりくりした瞳は小動物を思わせる。 


 少女といっても差し支えない年齢だろう。花飾りのついた髪留めが可愛らしい。

「こっちこっち」と、少女は手招きする。


 私はいざなわれるがまま後を追った。

 得体の知れぬ相手だが、今はこの少女に縋るしかない。

「センパイ? どこ行くんすか……」


 ふらふらした足取りで野郷くんがついてくる。


 少女の後姿を追いながら、迷路のような通路を進む。

 彼女を追ってたどり着いたのは、袋小路だった。


 絶望する私に、少女は壁に手を触れるよう指示する。捨て鉢になってその通りにすると、なんと目の前の壁が回転し、見知らぬ小部屋が現れた。


 隠しギミックというやつだろう。

 言われるがまま中へ入る。


 そこは三畳にも満たない小部屋だった。宝箱があるわけでもない。隠されていた割には拍子抜けである。

 内部に設置されたランタンの明かりが、小部屋に横たわっているものを照らしていた。


 骸だ。

 血の通わぬ青白い肌も、微かに開かれた瞳も、が既に亡くなっていることを示していた。パサついた栗色の髪を地面に散らし、天井を見上げている。


 亡くなってからそう時間は経っていないようで、ほとんど原型を保っていた。

 ただ痛ましいことに、遺体はひどく痩せていた。袖から覗く腕は骨と皮だけ。


 おそらく、死因は餓死だろう。


 うわあぁあぁあ! と、背後から野郷くんの野太い悲鳴が聞こえる。いつ聞いても腹の底から良い声、である。


「気を付けてねー。ドア閉まったらもう中から開けられないから」


 ここまで案内してくれた少女が言い、私は慌てて野郷くんに扉を押さえるよう指示をする。

 少女は続けて「中に解毒薬が一個だけ入ってるよー」と、遺体が身に付けたポーチを示す。

 私は合掌し、ポーチの中を探る。


 心が痛むが、今は非常事態だ。私はともかく、可愛い後輩の命を危険に晒すわけにはいかない。


「センパイ、なな、何してるんすかあ?」


 背後で野郷くんの悲鳴に近い声がした。


「いくら何でも、死体の荷物を漁るなんてっ」


「こんな状況だ。仕方がない」


 それに、


 ポーチの中には瓶に入った青い液体が入っていた。解毒薬だ。

 事前の申告通り、一本しかない。


「半分ずつ飲もう」


 瓶を開け、先に野郷くんに差し出したが、彼は薄気味悪そうな視線を送るだけだ。

 仕方なく私が先に半分を口に含むと、残りを野郷くんに差し出した。


「ほい」

「……」 


 野郷くんは私の飲みかけの瓶を怪訝な表情で見下ろしている。

 やがて覚悟を決めたのか、瓶に口をつけ、一息に液体を飲み干した。


「……っぷはあ! これ、半分で効くんすかね?」


「飲まないよりはマシだろう」


 というか、効いてくれないと困る。

 私の祈りが通じたのか、次第に全身の倦怠感はひき、膿んだ出血の傷口も塞がってきた。まだ幾分か顔色が悪いが、喫緊の峠は越えたようだ。


「ありがとう。お陰で助かりました」

「ううんー、あたしには必要ないものだから」


 恩人の少女と言葉を交わす私を見て、野郷君はいよいよ目をぎょろつかせた。


「…………センパイ、さっきから何と話してるんすか?」


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