寺生まれのTさんとダンジョン育ちのNくん

十坂真黑

第1話 師の手紙

 その蔵には五体の霊がいた。

 一階の入り口付近に一体。階段の途中に母と子で二体、二階の座敷牢に壁にめり込むように一体。


 私は息を吸い込み、左手で刀印を結ぶ。


ぁぁぁああぁ!」


 すると、澱んでいた空気がみるみるうちに浄化されていくのが分かる。

 滅失成功。


 元々は精神病を患い、家族から見放されるような形で死んだ男の霊が一体だけだった。それが同じような境遇の者たちを呼び寄せ、五体の大所帯になったのだ。

 

「助かりましたよ。これでようやく蔵の解体ができます」


 除霊が終わったことを告げると、依頼人はほくほくの笑顔を浮かべる。


「そうだ、領収書いただけますか」

「あーすいません、そういうのやってないんです」


 断ると、依頼人の男性は目を吊り上げた。


「えー、困ったなあ。嶽田たけださん、だっけ? 今時領収書くらい出せなきゃ」


 怪奇現象が起きるため手つかずだった古い蔵をつぶして、賃貸用アパートを建てる予定とのこと。

 領収書は帰宅後郵送することを告げて、その場を後にした。『除霊費』という名目の領収書をはたして税務署は認めてくれるのだろうか。



 その日の仕事が終わり、私は阿佐ヶ谷のアパートへと帰る。

 築三十年、2LDKの広さで家賃はなんと四万円。破格の安さだ。何を隠そうここは元々事故物件。募集図面には告知事項ありの文面が躍っていた。


 当時不動産屋に尋ねたところ、「これまで住んだ人が原因不明の病気になって、みんな半年経つ前に死んじゃってるみたいですね」とあっさりと教えてくれた。


 安さに惹かれ、大学卒業を控えた六年前の私は新居にその部屋を選んだ。

 実際住み始めると、確かに質の悪いのが数体棲み着いていたのだが、初日に全て祓った。結果、浄化された部屋に四万で住めている。これは祓い屋あるあるだろう。

 

 帰宅した私は、ちゃぶ台の上に見慣れない封筒が置いてあることに気付く。


 なんだこれ?


 差出人も宛先人の名も書いていない。それどころか切符すら貼っていない。こんなもの、郵便局が届けてくれるはずがない。

 今朝、家を出る時にはなかったはず。

 嫌な予感がする。しかし開けないわけにもいくまい。


 ごくりとつばを飲み込み、ゆっくりと封を解く。


 便箋には墨で書かれたであろう文字がのたくっていた。

 達筆すぎて解読に一時間くらいかかったが、要約するとこういう内容だった。


『拝啓 嶽田静二たけだせいじ殿

 貴殿が私の元を離れて早十年。月日が経つのは早い。さぞやいい男になっているであろう。(尚、これは皮肉である)


 本題に入るが、至急貴殿に会って伝えたいことがある。

 私は現在、拠点をダンジョンに移している。諸事情によりそちらへ向かうことができないので、こちらまで来られたし。


 これは命令である。従わないと、貴殿に不幸が訪れる。


 P.S.この手紙は読了後、自動的に破れてゴミ箱に行くからそのつもりで』


 締めくくりに、「荒木」と署名らしきものがあった。

「師匠……」

 無意識に声が震える。

 

 文面通り、読み終えた後の手紙はびりびりに破け紙屑に変わり、ゴミ箱に吸い込まれていった。どうやら手紙にを施してあったらしい。陰陽師の系譜であったあの人ならこの程度、朝飯前だろう。


 荒木粗女あらきざらめ

 私の師に当たる人物だ。



 翌日、私はダンジョンへと旅立った。

 

 東京直下に存在する地下空間、ダンジョン。その入り組んだ構造から地下迷宮とも評される。


 意外にも都心からアクセスは良く、なんと新宿駅含め各大江戸線路線の各駅に直結している。


 中央線のオレンジラインの車体に揺られ、私は新宿駅に着いた。魔境じみた新宿駅構内をひたすらに歩き、地下七階にある大江戸線ホームを更に下ると、ダンジョン出口が見えてくる。


 東京に住んでもう十年余りだが、ダンジョンを訪れるのは初めてだ。 


 ダンジョンは近年、観光地化が進んでいると訊く。平日の昼間だというのに、ダンジョン出口へ通路は人の波が出来ている。



 

「え、何ここ、広っ! 本当に地下!?」


 すれ違った観光ツアーの集団客が、一人で大はしゃぎする私を見てくすくす笑う。お上りさんだと思われたのだろう。

 だってほんとにすごいんだもん。

 まず、ものすごく天井が高い。ドーム型の天井には青空を模した映像が映し出され、解放感がある。


 足元には人工芝が植えられており、植栽もセンスがいい。某RPGのスライムから着想を得たであろうぽちゃっとした雫型に剪定された常緑樹があちこちに立っている。

 広場には食べ物の屋台に土産物屋、観光ツアーの幟……さながら人気観光地だ。 


 物売りの威勢の良い声があちこちから飛びかい、訪れる者達を温かく出迎えてくれる。


 ダンジョンなんて、薄暗くて危険で野蛮な場所だと思っていたが、なんだ、楽しそうな場所じゃないか。   


 新たな世界への期待を胸に、私は一歩踏み出した。



「ああ? 何ふざけたこと抜かしてんだおっさん?」


 それから五分後、私は不良の集団に因縁を付けられていた。

 相手は三人。リーゼント、モヒカン、パンチパーマ、手にはメリケンサック……まるで昭和ヤンキーのバーゲンセールだ。地下では時が止まっているのか?

 

 これは困った。私は平和主義者なのだ。相手が霊なら実力行使も厭わないが、人間相手となればそうもいかない。というか、このひょろっちい腕ではチワワにも勝てる気がしない。

 とりあえずお布施だと思って財布渡して逃げようかな。こんなこともあろうかと小銭とお札の財布を分けてきたし……。


「嶽田センパイ?」

 名を呼ばれ、私は反射的にそちらを見やる。


「ああ?」と濁った声で私を取り囲んだ若者たちが喉を鳴らしたが、近付いてきた人影を見るや顔色を変えた。


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2024年12月12日 19:00

寺生まれのTさんとダンジョン育ちのNくん 十坂真黑 @marakon

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