第40話 へべれけ

 『誕生の迷宮』を攻略した初日。俺達は少し早めの晩飯を食べに、酒屋に訪れていた。賑わいを見せる酒屋で、俺達のグループだけ少し浮かない様子で酒を飲み干していく。


「結局、階層主も倒してみたけど、見つからなかったなぁ」

「しょうがない。『探知』魔法で見つかるようなら皆見つけてる」


 俺の『探知』魔法では何の手掛かりも見つからなかった。それを予想していたネムは、まぁ仕方ないといった顔で食事を口に運んでいく。俺も初めての迷宮ということもあり、あまり落ち込んではいなかった。


 その一方、頼りにしていた『探知』魔法による調査が思ったようにいかなかったからか、カイは肩を落として項垂れていた。


「元気出せよ。まだ始まったばっかりだぜ?気長に探そうじゃねか!」

「ああ……二人共、明日からもよろしく頼むよ」


 俺の言葉にカイは少し元気を取り戻す。そう、調査はまだ始まったばかり。時間はたっぷりあるのだ。気長に探せばいい。


 この時の俺達は、そんな風に考えていた。


 それから三週間後────


 俺達は全員、疲労困憊した様子で酒屋のテーブルに突っ伏していた。


「どうせみつからないんだあぁ!!私はずっと、女のままなんだぁ!!」


 頬を真っ赤に染めたカイが、人目を気にせず大声で叫ぶ。俺とネムは注意する気力もなく、天を仰いだまま呟くようにカイへ問いかけた。


「隠し部屋なんて本当にあるのかねぇ。カイが会った人……なんて人だっけか?」

「ゴモスさんのことぉ?」

「そうそうゴモスさん。その人、本当に女性だったか?青髭はえたりとか、股間にバナナぶら下げたりしてなかったか?」


 俺の問いかけに、カイは酔い潰れそうになりながらも、思いだそうと頭を抱えだす。そんなカイの事など気にも留めず、ネムは無言で飯を平らげ追加の注文をしていた。


 正直、俺もネムも精神的に限界が来ている。三週間同じ場所をグルグル回っているのだから、そうなっても仕方が無いだろう。カイには目的がある為、モチベーションの維持は出来るだろうが、俺達にはそれが無い。


 報酬を貰っているとはいえ、予想をはるかに超えるしんどさに、カイの得た情報自体が嘘ではないかと思い始めてしまった。だがそれを否定するかのように、カイがうつろな目で語り始める。


「女の人だったよぉ。下着越しだったけど、おまたの所もみせてくれたしぃ。ゴモスさん凄く泣いてたなぁ……」

「すげぇなその人……よっぽど女になれたのが嬉しかったんだな」


 カイが女性だったとはいえ、他人に股間を見せたくなるほどの喜びだったのだろう。その人から得た情報が嘘だとは思えない。となると、やはり俺達の探し方が間違っているのだろうな。


 俺達は今まで各階層で怪しそうな壁などに、色々とアクションを起こしてきた。魔法を放ったり、力で破壊したり。だがそれも全て無意味だった。


 それ以外に何かあるとすれば、何か特定の条件を発生させるくらいだろう。経験豊富なネムであれば何か知ってるかもしれない。


「なぁ、ネム。他の『迷宮』で隠し部屋に行く条件とかって公表されてたりしないか?」

「んーー……ネムの知る限りだと、人数が条件になってた。一人で迷宮に入るとか」

「なるほどなぁ。でもカイは今まで一人で潜ってたから、それが条件って訳じゃなさそうだし……ダメだ、さっぱり分からねぇ!」


 ネムの知っている条件はカイが以前に満たしているはず。それ以外に何か特殊な条件があるのだろうか?性別か?それとも使用している武器?


 というか、カイはなぜゴモスさんに直接話を聞かなかったんだ?男になりたいんだったら本人に直接聞けば早かっただろうに。


 俺は酔いつぶれてテーブルに突っ伏しているカイを揺り起こし、疑問を問いかける。


「なぁ、カイ。ゴモスさんは何か言ってなかったか?迷宮に入る時、何かしてたとか」

「んんー……別に何も言ってなかったぁ。ただいつも酔っぱらてたかなぁ?酒瓶持って村の中歩いてたしぃ」


 ヘロヘロの階から帰ってきた言葉に、俺は盛大なため息をこぼす。唯一手に入った情報がゴモスさんが常に酒瓶を持ち歩いていたこと。正直考えたくはなかったが、藁にも縋る思いでこう口にした。


「……じゃあ今から全員酒瓶片手に『迷宮』へ行こうぜ?もしかしたらそれが条件かもしれねぇしさ」

「おおぉ、いいねぇ!それで見つからなかったら、ゴブリンの頭かち割ってやりょぉ!!」


 酔いのテンションで興奮気味に返事をするカイ。その隣でネムがはぁとため息を付きながら、酒瓶をもって立ち上がった。


 こうして俺達は、深夜のテンションで酒瓶をもって『迷宮』へと向かったのだ。


 ◇


「ねぇ、ユウキ……流石にネムも、これは無いと思う」


 右手に持った酒瓶を持ち上げながら、ネムが気だるげに口にする。その隣で俺は申し訳なさそうにネムに謝罪の言葉を述べた。


「いや、なんかごめん。あの場の雰囲気で行けるかと思っちまった」


 『迷宮』に入るまでは意外といけるかもしれないと思っていたのだが、魔物とやり合うにつれ、やっぱこれは無いなと実感していた。酒瓶を片手に魔物とやり合うなんて、初心者がやれるような所業ではない。


 そんな俺達を尻目に、ハイテンションのカイがドンドン突き進んでいた。


「なにやってるの二人ともぉ!早く行かないと、置いてっちゃうぞぉ!」


 俺達の前で嬉しそうに酒瓶を振るうカイ。今の彼女では魔物とやり合う事など不可能なため、襲われそうになる前に俺が魔法で対処している。カイはそれに気づかないまま、2階層の階段を下り始めてしまった。


「三階層探し終えたら今日は帰ろうぜ。あの状況のカイをボス部屋に連れてくのはマズい」

「ん。ネムがおぶって帰るから、魔物はユウキがお願いね」


 そんな会話をしつつ、俺とネムは小走りでカイの後を追う。階段を降りると、カイは既にあの柱の所へ到着しており、その場でへ垂れ込んでいた。


「ほらほら見てみて!ここにねぇ水を入れたんだよぉ!でもなぁんにも起きなくてさ!なんか起きろよぉばかぁ……」


 カイはそう呟くと、スースーと寝息を立て始めた。彼女の両目から僅かに涙がこぼれ出る。それを見て、胸のあたりがチクリと痛んだ。


「もうルウエンに来て三週間だもんな。ここまで探して見つからないってなると……嘘だったんだと思うぜ」

「たぶん、そう。そう言う事する嫌な奴ら、結構居る。ちょっと可哀想」


 ネムですらカイの同情の言葉をかける。ゴモスさんの言葉が嘘ではないと思いたい。カイに自分の股間を見せてまで、その話をしたのだから。ただその行動すらも、ゴモスさんがハイレベルな変態だったとすれば、全て合点がいく。


 カイには可哀想だが、そういう変態が世の中に居るということを教えてやらなければならないのかもしれない。


「とりあえず今日はここまでにして帰るか!俺が先行して戻るから、カイのこと連れてきてくれ!」

「ん、わかった」


 俺はカイの涙を拭き終えると、二階層へと続く階段に向かって歩き始めた。二階にはもう魔物が湧き出ている筈だろう。カイを担いだネムに負担をかけないためにも、俺がしっかり間引いてやらねば。


 そんなことを考えながら階段をのぼり始めようとした時──




 ガガガガガ、ガコン




 背後から聞こえた異音に、俺は慌てて振り返る。すると二人のいる場所に、先程までなかった筈の隙間が出現していた。


 俺は急いで二人の場所へ戻り、隙間を確認する。そこには下へ続く階段があり、その先からうっすらと光がこぼれだしていた。

 

「はぁぁぁ!?え、なにどういう事!?なんで急に階段出てきたんだ!?おい、ネム!本当に隠し部屋あったぞ!」


 三週間探していた隠し部屋へと続く階段を目にし、俺は興奮を抑えきれずネムの方に向いて抱き着こうとする。だが彼女の取っていた行動を目にし、俺は両手を広げたまま固まってしまった。


「ネム……お前何やってんだ、それ」


 ネムの手には酒場から持ってきた酒瓶が一本。その瓶の口は開け放たれ、あの柱の受け口に酒を注いでいた。


「……重かったから、減らそうかなって」


 ネムはそう呟きながらペロッと舌を出して見せる。まさかノリで持ってきた酒瓶が、本当に役に立つとは思いもしなかった。正直、こんな条件満たせる奴いないだろうとぶちぎれたくなった。


 だが今はその怒りよりも、この調査から抜け出せる喜びの方が何倍も大きかった。


「ま、まぁ結果オーライだな!これでようやく、隠し部屋に行けるってわけだ!でも今日はとりあえず帰って、明日探索に来ようぜ!」


 俺はそう言ってネムの酒瓶を受け取り、帰路についたのだった。

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