第38話 初体験は突然に

 翌日。旅の疲れをしっかり癒した俺達はカイの願いを叶えるべく、『誕生の迷宮』にやってきた。俺は『迷宮』初挑戦ということもあって、色々と手続きが必要だったため、中に入れたのは昼を過ぎてからだった。


「さて、無事に迷宮に入れたのは良いとして……どうやって探すかなぁ」


 『迷宮』に入った俺は、ギルドで購入した迷宮の地図を眺めながら歩き始める。ネムとカイは何度かこの迷宮に来たことがあるとのことで、地図は持たずに歩いていた。


「ユウキの『探知』魔法で、隠し場所の入口を探せばいいんじゃないのか?」


 俺のつぶやきに対し、カイがそう提案する。カイとしては俺に大金を払って着いて来てもらっているのだから、俺に結果を出して欲しいと期待するのは当然のことだろう。


 しかし、その期待に応えるのは正直難しいと言わざるを得なかった。俺が言い辛そうにしているとそれを察してくれたのか、ネムが代わりに答え始めた。


「それ、意味ないと思う。今までも『探知』魔法を使える人間はいた筈。それなのに情報が無いって事は、それじゃあ見つからないってこと」

「あ……そう、だよな」


 ネムの言葉にしょんぼりと肩を落としてしまうカイ。だがネムの言ったように、普通の調査方法では見つけられないだろう。何か特別な方法が必要なはず。


 それを考えるためにも、まずはこの迷宮を攻略しなくてはならない。

 

「ネムの言う通りだとは思うけど、とりあえず五階層まで行ってみようぜ!もしかしたらってこともあるかもしれないしさ!」

「……そうだよな!ありがとう、ユウキ!」


 俺の励ましの言葉にカイは少しだけ元気を取り戻して笑顔を浮かべた。こうして俺達は一階層の攻略を始めたのだが、直ぐに違和感に気付いた俺は興奮気味に声を上げた。


「それにしても、すげぇな!折角ギルドで買ったのに、道が一つも合ってないんだが!?どうなってんだよこれ!」


『初心者用地図』と銘打って販売されていた地図。俺はそれを購入してきたのだが、今歩いてきた道とこの紙に描かれている道が全然合っていなかった。


 そんな俺の様子を見て、二人は呆れたように笑う。


「だから言っただろ?買うだけ無駄だって」

「ここは初心者用迷宮。自力で地図を書けるように、ギルド側がわざとダメな地図を渡してる」


 ネムの言葉に衝撃を受け、俺は思わずその場で固まった。確かに二人は俺が地図を購入しようとした時、止めたほうが良いと言っていた。でもそこまで強く止めてこなかったため、俺は自分の勘を信じて購入したのだ。


 だってギルドの職員も初心者には必須の地図ですって言ってたから。それなのに、これが嘘の地図だと?


「何だよそれ……こんなんでも銀貨五枚はしたんだが!?ボッタくりも良いところじゃねぇか!これ、後で金返してくれんのか!?」


 キレ気味にネムに問いかけると、彼女は憐みの目で俺を見つめながら静かに首を横に振った。


「返ってこない。そういうこともあるって、勉強になるでしょ?」

「なぁぁぁ!クソじゃねぇか!!もうぜってぇあのギルドには行かねぇからな!!」


 淡々と告げられたネムの言葉に、俺は地図を地面に投げ捨てグシャグシャに踏みつぶす。何が勉強だ、悪徳業者と変わらないじゃないか。


 俺がギルドに対する怒りを地図の残骸にぶつけていると、ネムの耳がピクリと動いた。その数秒後、進行方向から醜い獣のような鳴き声が聞こえ始める。


「キレるのはそれくらいにしておけ。そろそろゴブリン達がやってくるぞ」


 そう言ってカイが剣を構えた。俺もなんとか怒りを鎮め、カイと共に戦闘態勢を取る。それからすぐに五匹のゴブリンが俺達の前に姿を現し、迷宮での初戦闘が始まった。


「ギャギャギャ!」

「ギャッギャ!」


 右手に錆びた短剣を持ち、此方の様子をうかがっているゴブリン達。それに対し、カイが剣を構え牽制をかけながら俺達に問いかけてきた。


「どうする?五階層まで潜ることを考えたら、なるべく体力温存していった方が良いと思うんだが。いくら初心者用迷宮とはいえ、調べ回ったりしながら戦うのは疲れるだろ?」


 カイの言う事は一理ある。この迷宮に関して、俺の知識は殆どゼロだ。その状況で適当に戦うのは良くない。体力を温存しつつ戦うのがベストなのだろう。


 そう判断した俺だったが、その一瞬のうちに背後から黒猫が飛び出した。


「──『瞬光またたき』」


 ネムがそう口にした時には既に、五つのゴブリンの首が地面に落下し始めていた。体力を温存しようといった矢先にスキルを行使したネムを見て、カイはパニックになりながら詰め寄っていった。


「ネ、ネムさん、私の話聞いてた!?ゴブリン相手にスキルなんか使ったら、体力持たないよ!?」

「この程度で疲れるネムじゃない。サクッと倒して調べた方が楽」


 動揺から思わず女口調になってしまうカイ。だがネムはそんなこと気も止めず、淡々と返事をしていた。


 一方俺のはというと、先程までイラついていた事などきれいさっぱり忘れて、ゴブリン達の死に逝く様を興奮気味に眺めていた。


「おーすげぇー!死体が灰になって魔石と装備だけ残ったぞ!これが『迷宮』かぁ!回収作業楽でいいな!」

「ん。でも人間も死んだらそうなるから、気を付けて」

「おいおい、物騒なこと言うんじゃねぇよ!」


 ネムに首を切られたゴブリン達は、体が灰のように崩れ落ちていった。そこに残ったのは魔石と手に持っていた武器。あとは身に着けていた腰布だけだ。


 普段外で狩りを行う俺にとって、解体作業の必要がないことはとても魅力的に見えた。


 それから何度かゴブリン達と遭遇したが、全てネムが一瞬のうちに倒してしまった。その度にカイが止めるよう注意していたが、ネムは聞く耳を持たず、首を落とし続けていった。


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