第36話 着いた?付いてない?

「着いたぞ。ここがルウエンだ」


 検問を無事に通ったところで、御者席に座っていたカイが俺達に向かってそう告げた。ネムはうっすらと目を開けた後、直ぐに目を閉じて寝息を立て始まる。普段なら起きろと突っついている所なのだが、今の俺はネムに構っている暇は無かった。


「何か……思ったよりも賑わってないか?クアベーゼ程ではないにしろ、冒険者もちらほら居るし。ルウエンて何もない場所じゃなかったのか!?」


 噂で聞いていた雰囲気とは全く違うルウエンの姿に俺が驚愕の声を上げていると、カイが不思議そうに首をかしげながら話し始めた。


「何言ってるんだ、ユウキ。ルウエンはローデスト王国で初めて『迷宮』が発見された都市だぞ?ここの迷宮を攻略して初めて、他の迷宮に挑戦できるようになるんだ。『探求者』のランク昇格試験も、ここの迷宮で行われる。賑わってない筈が無いだろ」

「ああー!そう言えばなんか聞いたことあったな!確か『誕生の迷宮』だったか?金にならないって聞いてたからすっかり忘れてたぜ!」


 そう言えば随分前にそんな話を聞いたことがある。


 この世界には魔物と呼ばれる生物が存在するが、それは基本的に動物と同じような生態をしている。繁殖をして子を作ったり、卵を産んだり。『無』から誕生することは無い。


 だがその『無』から魔物が誕生するのが、『迷宮』と呼ばれる場所だ。突如としてこの世界に現れた『迷宮』は、共鳴するかのように次々に世界各地で出現していった。


 なぜ俺がその存在を忘れていたのか。つまるところ、金にならないからである。


 出現する魔物を倒したところで、魔石と一部の素材しか手に入らない。人間を誘い込むように設置されている宝箱も、入っているのは精々金貨数枚の宝石や武器。最高難度の『迷宮』ともなれば得られる対価も違うだろうが、そこまで行くと名声がついて回る。


 要するに俺が望むような場所では無いということだ。


「で、これからどこへ向かうんだ?砂漠に行くなら買い出しも必要だし、馬車も乗り換えた方が良いだろ?二手に分かれて準備進めようぜ!」

「いや……それより先に宿を取らないか?長旅で疲れてるだろうし、今日はゆっくり休んで準備は明日すればいいさ」


 『迷宮』の話なんてどうでもいいだろうという、そんな俺の態度になぜかカイは気まずそうに言葉を詰まらせる。最もらしい理由を述べているが、カイの背中が少し縮こまって見えた。


「そうか?カイがそう言うなら良いけど。それじゃあお勧めの宿に案内してくれ!できれば安めの宿で頼むぜ!」


 何かあるのだろうと察しはつくが、あくまでも俺達は他人。依頼者と受注者の関係でしかない。だから俺は深入りすることもせず、カイの話に乗るのだった。


 ◇


「安めの宿にしてくれって頼んだのに……一泊銀貨四十枚は高すぎだろ!これなら俺一人だけ別の宿にして貰っとけば良かった!」


 カイの紹介で案内された宿についた俺は、ベッドに横たわりながら毒を吐いていた。カイが手続してくれたし、ネムも何も言わず部屋に入っていたから、俺だけ何か言うことも出来なかった。


 でも流石に高すぎる。一ヶ月ここに泊まることになれば、四十×三十日で銀貨千二百枚分、金貨十二枚分も取られてしまう。しかも食事は別料金と来たものだ。


 しかし手続きしてしまったモノは仕方ない。渋々だが受け入れることにした俺がふて寝を決めようとした時、部屋の扉がノックされた。


「ユウキ、いる?」

「ネム!?ど、どうしたんだ急に!」


 俺が返事をするとネムが扉を開けて入ってきた。そのまま俺が寝ころんでいたベットの淵に座ると、不機嫌そうな顔をしながら話し始めた。


「アイツ、ネム達に何か隠してる」

「アイツってカイのことか?まぁ……なんとなくそんな気はしてるが。何か言い辛いことでもあるんじゃないか?」


 正直ネムの言いたいことは分からないでもない。ルウエンに来る目的も濁すし、ここへ来る道中も様子がおかしいと思う時があった。だがそれは仕方のないことだと、俺は割り切っている。


 しかし俺と違って用心深いネムは、眉間にシワを寄せながら話を続けていく。


「ネムもルウエンには何度か来たことがある。でも、砂漠に何かあるなんて話聞いたこと無い」

「なるほどなぁ。砂漠に出る特殊な魔物が居るとか、そういう話も無いのか?希少な素材が採取出来るとか」


 俺の問いかけに、ネムは首を横に振ってこたえた。どうやらネムは根本的にカイのことを信用していないらしい。確かに、出来ることなら俺もハッキリすべきだと考えていた。


「しょうがねぇ!今からカイの所へ行って話聞いてみようぜ!腹割って話せば、カイもちゃんと話してくれるだろうよ!」

「ネムは正直気が進まない……本当のこと言わないかもしれないよ?」

「そこは男の勘ってやつを信じるしかねぇな!まぁとにかく行ってみようぜ!」


 俺が強引に手を引っ張ると、ネムは渋々立ち上がって俺の後をついてきた。


 カイが居る部屋の前に行き、意を決してドアをノックする。


「おーい、カイ!ちょっと話があってきたんだが、居るか!?」

「ユウキ!?い、いるけど、どうかしたか?」


 扉の奥からカイの上ずった声が聞こえてきた。どうやら俺と同じように、誰も来ないと思って油断していたらしい。その様子から、ネムの言葉が脳裏に過る。何か俺達に隠していて、今それを出していたのではないか、と。


 好奇心からか、それとも不安を払拭したかったのか、俺は自分の欲望を抑えることが出来ず、気づけばドアノブに手をかけていた。


「おー居たか!それじゃあ入らせてもらうぞー!」

「え!?いや、ちょっちょ、ちょっと待っ──」


 カイの返事を待たず、ドアを開く。するとそこには、生まれたままの姿でこちらに向かって来ようとしているカイが居た。多分きっと、ドアを開けさせないようにしたかったのかもしれない。


 そのせいで、カイは自分の全てを俺達に曝け出していた。


 そして俺はカイが隠していたものを見てしまった。いや、敢えて言うのであれば、というべきなのかもしれない。


「カイ……おまえ、つ、ついてねぇ──」

「きゃぁぁぁぁぁ!!!」


 カイが上げた叫び声をよそに、俺の視線は一点に集中していた。そこにあるべきモノが、俺には見えなかったのだ。



 

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