第35話 ネムの意外性
ネムがクアベーゼにやってきた翌日。俺達は大海蛇討伐に向かう冒険者を尻目に、ルウエンへ向けて旅立った。
徒歩だととんでもない時間が掛かってしまうため、稼いだ資金を使って馬を一頭と中古の馬車を購入し、それで向かうことになったのだが、そこで意外な事実が発覚した。
「まさかネムが御者を出来るとはな……出会ってから今までの中で最大級の驚きだぜ」
「むふぅ。凄いでしょ」
俺に褒められ御者席に座るネムが誇らしげに尻尾を揺らす。人は見かけによらないというが、ネムが馬を御せるなんて想像すらできなかった。
「いや、マジですげぇよ!馬を買おうってネムが提案した時はどうなるかと思ったが、これならのんびり行けそうだな!」
「んーー。任せといて」
ネムは自慢げに手綱を握って馬を走らせる。俺はその後ろでネムを眺めながら、彼女の手さばきを目に焼き付けていた。いずれはネムも俺の元を離れていく。そうなった時苦労しないように、自分で馬車をひけるようになっておきたいからな。
しかしそんな俺の思いも空しく、ネムを参考にしても俺の御者力は全く持って上がらなかったのだった。
◇
俺が自分の御者力の無さに打ちひしがれている頃、ネムはルンルン気分で馬を走らせていた。なぜこんなにもネムの気分が良いのか。それは今日の朝食がネムお望みのハンバーグだったからである。
「久しぶりのユウキが作ったハンバーグ……最高だった。お腹いっぱい」
「そりゃあそうだろうよ!俺とカイの分まで食ったんだからな!」
満足げに腹をさするネムに、俺は後ろから怒号を浴びせる。折角作った三人前のハンバーグをネムが一人で食べてしまったのだ。怒らないわけがない。
しかしネムに怒ってはいたものの、そこまで強く言えない理由があった。それはネムが腰から吊るしている布袋が原因である。ネムもそれのお陰で俺が強く出れないと分かっていたので、フンと鼻を鳴らしながら布袋をさすって見せた。
「そんなに怒っていいの?……ネムのコレ、使わせてあげないよ?」
そう言ってネムが見せつけてくる布袋。それは『時間経過の無いマジックバック』だった。
どうやら以前作ったハンバーグと親子丼が相当気に入ったらしく、それを弁当として持っていくためにこんな高価なものを買ったらしい。正直目的が馬鹿らしいが、ネムのマジックバックのお陰で今回の移動は固い干し肉を食べずに済んでいる。
俺は『異空間収納』があるため、ソロで活動していた時はその中に保存していた食材を使って料理をしていたのだが、今は二人と一緒に行動しているため、『異空間収納』は使えない。こんなスキル持っているなんてバレたら、どんな噂を広められるか分かったもんじゃないからな。
ただ、だからと言ってこれ以上ネムを調子に乗らせるわけにはいかない。
「お前こそそんなこと言っていいのか?料理するのは俺なんだぞ?お前のマジックバックにあるのは調理前の食材……俺が料理しなきゃ、お前は生野菜を食う羽目になるんだからな!」
「ハッ!!……ごめん。もうユウキの分は食べないから、許して?」
したり顔だったネムの顔が、一瞬で真っ青になっていく。正直、ネムに料理しろとさんざん言ってきた俺だったが、今回だけはコイツが料理できなくて本当に良かったと思った。
そんなこんなで食事についてはネムのお陰で解決したのだったが、それ以外に一つの問題が発生した。それはクアベーゼを発った日から、一週間以上経過した今日まで続いている。
その問題とは、ネムがカイに対して露骨に嫌な態度を取ることだ。
「あの、ネムさん。疲れただろうし、そろそろ御者替わろうか?」
「……」
俺が御者を務められないため、ネムとカイの二人で交互に対応してくれているのだが、交代のタイミングでカイが声をかけても、ネムが無視をするのである。
「ガキじゃあるまいし、無視してんじゃねぇよ!カイがちょっとショック受けてるじゃねぇか!」
「い、いいんだユウキ!俺が悪いんだ、気にしないでくれ!」
カイはそう言って気にしていない素振りを見せるが、ネムの見ていない所でため息を付いたりしている。カイにとってネムは尊敬する冒険者の一人だったのだろう。そのネムに邪険にされて、ショックを受けない筈が無い。
しかし当のネムはというと、俺に怒られてもプイっとそっぽを向いていた。
「別に無視してない。さっきは丁度耳の中に虫が飛んできて、聞こえなかっただけ」
「ほぉー!じゃあ今ならちゃんと会話できそうだな!カイが御者替わるって言ってるぞ!」
子供みたいな言い訳を口にするネムに、俺は負けじと応戦する。ただそれでもネムはカイと話すのが嫌らしく、御者席から飛び降りると馬車の後方へ隠れてしまった。
「……ネム、疲れたから後ろで寝る。ご飯の時間になったら起こしてね」
「おい、ネム!ったくよぉ……悪いな、カイ。普段はあんな態度じゃないんだがな」
ネムの代わりに御者席へ座ったカイに謝罪する。カイは少し苦笑いを浮かべた後、手綱を叩いて馬を走らせ始めた。
「俺は全然気にしてないさ。ユウキ一人分の依頼料で着いて来てもらってるんだからな。ネムさんが居るだけで、道中の魔物討伐も全然安心だよ」
「まぁ一応Aランク冒険者だしなぁ。雇うとなると相当な額になるだろうぜ」
実際にどの位の額が必要になるかは知らないが、無一文のネムが謹慎明け一ケ月そこらで超高級マジックバックを買えるようになるくらいには必要になるだろう。
改めてネムの凄さを実感した俺とカイは、談笑しながら道を進んでいく。クアベーゼを出て一週間とそこら経つが、ルウエンはおろかその周辺にあるという砂漠地帯すら見えてこない。
「なんか全然進んでる気がしないよなー!ルウエンて砂漠地帯なんだろ?あと四日で着くってのに、そんな雰囲気全くしてこないぜ?」
「そうか、ユウキは知らないのか。ルウエンの砂漠地帯は、連合諸国側に広がってる。だからローデスト王国側から行く場合、砂漠は通らないんだ。道は楽な分、魔物の量はこっちの方が多いんだよ」
カイの口ぶりからして、ルウエンには何度か足を運んでいるようだった。観光名所もなければ、出稼ぎに行くような場所でもないのに。
「良く知ってるなぁ!じゃあ本番はルウエンに入ってからって感じか!?砂漠地帯歩く前に、水分も確保しといたほうが良さそうだな!」
俺がそう言うと、カイはなぜか言葉を濁して苦笑いを浮かべるのだった。
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