第3章 金と友と癖

第29話 いらぬ名声

 神様のお陰で窮地から脱した俺とネムは、オルテリアへ戻って穏やかな日常を取り戻していた。金策に走る俺と、魔物を狩りに出かけるネム。


 そんな不思議な関係の二人だったが、俺は最近おかしな現象に巻き込まれていた。


「なぁユウキ!頼むから俺達とパーティー組んでくれよー!一緒にAランク目指そうぜー!」

「ちょっとこっちが先だから!ねぇユウキさん!良かったら私達とパーティー組んでくれない!?この子も貴方とパーティー組みたいって言ってるの!どうかしら!?」

「いや……悪いけど、俺はソロで活動したいから。それと、俺は別に小さい子が好きなわけじゃないからな?」


 今日五回目のパーティー勧誘を断り、俺は掲示板の方へ移動していく。何か良い依頼は無いかと探そうとするが、連日の疲れからか中々気分が乗らずにいた。


 その間も俺を見てはコソコソと内緒話をする冒険者達。


 結局俺は依頼を探すことを諦めてテーブルに戻り酒を注文する。今日はもう飲んで終わりにしよう。そう思っていると、フルラがジョッキをもって俺の元へやってきた。


「よぉ、ユウキ!なんだかヤケに疲れた顔してんなぁ!嫌なことでもあったのかぁ!?」


 そう言いながら俺の背中をバンバン叩くフルラ。彼なりに元気づけよとしてくれるのが伝わってくる。しかし、それでも今の俺にはこの状況はかなり辛いものがあった。


「フルラも見てたなら分かんだろ……最近パーティーの勧誘が多くてな。入るつもりは無いって言ってるのに、皆してしつこいんだよ」

「ガハハハ!そりゃ仕方ねぇだろ!あの『無傷の英雄』がパーティー組まずにうろついてんだ!誘わない方が馬鹿って話だぜ!」


 フルラはそう言って笑うが、この二つ名のせいでどれだけ被害を受けているか知らないからそんな態度が取れるのだ。


 神様のお陰で大犯罪者から無罪になれたのは良かったが、なぜか俺が伯爵の屋敷へ侵入しネムを助けたことを皆が知っていたのだ。しかも、色々と噂に尾ひれがついた状態で。


 俺が無傷でネムを救出したのまでは事実だが、伯爵を懲らしめて改心させたとか、三十人の警備隊を一撃で倒したとか。実は俺の好みは身長が低い女の子とか。


 そのせいでさっきも変な勧誘のされ方するし、本当にうんざりしている。


「なんで俺なんかに『二つ名』つけるかなぁ……もっと他の奴につけてくれよぉ」

「おいおい贅沢言ってんじゃねぇぞ!どんな名前であろうと『二つ名』をつけて貰えるって事は、それだけ有名になったって事なんだからよぉ!」


 二つ名とは有名な冒険者に対してギルドがつける呼び名だ。その特徴や使用している武器などから名前を取ってつけるのだが、俺は無傷でネムを助けたことから『無傷の英雄』なんて名前をつけられてしまった。


 これじゃあ今まで植え付けてきた俺のイメージが崩れ去ってしまう。戦力はないが隠密系は得意だぜ!みたいな感じで生きてきたのに。


 このまま強者扱いされてパーティーに勧誘され続けるのだけはごめんだ。どうにかして止めさせたいのだが、その方法が思いつかない。


「はぁぁぁぁぁ……なんか良い方法ねぇかなぁ。なぁフルラも一緒に考えてくれよー」

「そんなもん簡単だ!さっさとパーティー組んじまえば良い!誰かとパーティー組んだって聞きゃぁもう勧誘してこなくなんだろ!」

「だからそれが嫌だって言ってるんだよ!パーティー組めば儲けは減るし、ストレスも倍に増える!俺にとっちゃデメリットしかねぇんだよ!」


 稼ぎが減るということは、奴隷購入が遠のくということ。そんな馬鹿な選択を俺がする訳ないだろう。しかも他人にバレないように力を抑えて行動しなきゃいけないなんて、面倒なことこの上ない。


 そんな俺の苛立ちめいた様子を見て、フルラは面倒くさそうに舌打ちをした。


「面倒くせぇやつだな!だったら他の街にでも行ったらどうだ!?別にこの街でずっと活動してなきゃいけねぇ理由なんてねぇだろ?」


 フルラはきっと何の気なしに言ったつもりだっただろう。だが俺にとってその言葉は天からの福音だったのだ。


「そうだな……確かにそうだ!ほとぼりが冷めるまでは別の街で活動したっていいよな!名案じゃねぇか、フルラ!」

「お、おお、そうだろ!これからの時期ならクアベーゼなんて良いんじゃねぇか?漁も繁忙期になるだろうし、依頼も増えるだろうよ!他の奴らもお前に構う暇なんかねぇはずさ!」


 クアベーゼ──確かBランクへの昇格依頼で一度だけ行った事がある街だ。海沿いにある街で、これからの時期は観光客も増えるし、稼ぐには丁度いいだろう。フルラの言う通り冒険者の数も増えれば、俺なんか気にするやつ居なくなるはずだ。


「クアベーゼか……まぁ確かに良い街だよな」


 十八歳の体で転生した時からずっとオルテリアで活動してきたから想像もつかなかった。この街が住みやすかったというのもあるかもしれない。だがよくよく考えてみれば、一つの街に定住する冒険者の方が珍しいよな。


 ──いや、でも俺の周りの冒険者は皆この街で暮らしてるな。ジークもレインもアパート借りてるし、ネムもずっとこの街で活動してたっぽいし。まぁ別に気にしなくていいか。


「よし、決めた!とりあえずクアベーゼに行ってみる事にするわ!ありがとうな、フルラ!」

「おう!帰ってくるときは土産も頼んだぜぇ!」


 俺はフルラに礼を言うと目の前のジョッキに注がれたビールを一気に飲み干してギルドを後にした。


 そして家に戻り、リビングのテーブルへと置手紙を残す。念の為ネムに居場所を伝えておこうと、『クアベーゼに行ってきます』と書き記して俺は家を出たのだった。

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