第30話 クアベーゼ

 オルテリアを出発してから一週間。俺は海の街『クアベーゼ』へとやってきていた。夏真っ盛りということもあり、街の中は観光客で賑わいを見せている。


 目的地であるクアベーゼ支部の冒険者ギルドへ行くと、そこは出稼ぎに来た冒険者によって溢れかえっていた。


 その波をかき分け、依頼が貼られた掲示板へと向かう。どんな依頼があるのかと見ていくが、稼げそうな依頼が少ない。というか、依頼数自体がそこまで多くなかった。


 フルラから依頼も増えると聞いてたので少しがっかりしたが、俺は掲示板に貼られていた依頼の中で一番稼げそうな『シーフロッグの討伐依頼』を受けることにした。


 依頼書を掲示板から剥がして受付へ持っていく。俺の順番がやってくると、受付のお姉さんが煙草を口にくわえながら手を俺の方に向けてきた。


「はい次、そこのお兄さんなんの用!急いでるんだからさっさとしてよ!」

「あ、ああ悪い。シーフロッグの討伐依頼を受けたいんだが──」


 イライラした様子のお姉さんに、俺は慌てて掲示板から剥いできた依頼書を渡す。依頼書を見たお姉さんは、大きく舌打ちをして俺を睨みつけてきた。


「ちょっとお兄さん!!この依頼書は勝手に剥がしちゃだめでしょ!この時期、シーフロッグの討伐依頼は『恒常依頼』なんだから!!」

「そ、そうだったのか。すまん、今戻してくる」

「頼むよ、お兄さん!それじゃあ次の方!」


 これ以上お姉さんの怒りを買わぬよう、俺は急いで掲示板に依頼書を戻しに行く。その後人波から逃げるようにギルドの隅に移動して一息つくことにした。


「まさかあの討伐依頼が『恒常依頼』だったはな……」


 『恒常依頼』とは、期限や回数などの条件が無く常に貼りだされている依頼のこと。基本的には下位の冒険者のためにあるようなもので、薬草採取やゴブリン討伐などがそれにあたる。


 他の依頼と違い、わざわざギルドで依頼を受ける必要が無く、対象の魔物を討伐したり素材を採取したら、その後に報告するだけで依頼完了となるのだ。


 そんな『恒常依頼』に設定されるためには、対象となる魔物や素材の数が重要となる。つまり、今回設定されたシーフロッグという魔物も、ゴブリンと同様の数が居ることになるのだ。ただゴブリンと違うのは、シーフロッグがCランク相当の魔物だということ。


「Cランクの魔物がゴブリン並みの数いるとか相当ヤバいだろ……どうなってんだこの街は」


 現在のクアベーゼの状況を察した俺は、ギルドの中を見渡し始めた。依頼を受けるために騒ぎを起こしてる冒険者達を無視し、ギルドの一角へと視線を向ける。そこにはこの状況下でも呑気に酒を飲んでる冒険者グループが居た。


 俺は彼らの元へと赴き声をかけた。


「なぁアンタ達、ちょっと話を聞かせて貰ってもいいか?」

「あぁん?なんだ兄ちゃん。おれぁ今気分よく飲んでんだ!邪魔すんだったらあっち行きなぁ!」

「ちょっとぐらいいいだろ?実は俺この街は初めてでさ!アンタこの街は長いんだろ?一杯奢るから話聞かせてくれよ!」


 そう言って金貨を一枚テーブルの上に置く。それを見た彼らは渋々と言った様子で俺に向かって椅子を押し付けてきた。


「チッ……しょうがねぇな!何が聞きてぇんだ!」

「おお、助かるよ!さっき掲示板見てきたんだが、あの恒常依頼になってるシーフロッグってなんなんだ?Cランク相当の魔物が恒常依頼なんて、聞いたこと無くてさ!」


 俺の質問に、酒を飲んでいた髭男がゲラゲラと笑いながら話し始める。


「何だそんなことかよ!シーフロッグってのは海に居る魔物のことだ!水がねぇ場所じゃ生きれねぇから、陸には上がってこれねぇショボい魔物よ!」

「そうなのか?だったら海上で戦う事になるのか。かなり厳しいんじゃないか?」


 海上で戦うとなると、船の上から攻撃することになる為、遠距離武器か魔法で戦うしか無い。手段が限られるし、依頼を受けられる人も制限されるだろう。何か特殊な方法が無ければ処理しきれないはずだ。


 だがそんな俺の言葉に、髭男はニヤリと笑みを浮かべて見せた。


「ところがどっこい!この時期はほぼ毎日雨が降るからな!いつもだったら海辺でくたばるくせに、雨のお陰で陸の上でも元気に飛び回りやがる!その所為でアイツらめちゃくちゃ数が増えんだよ!」

「なるほど!だから『恒常依頼』になってるってわけか!」

「へ!まぁそういうわけだ!まぁ俺達は普段沢山狩ってるからな!この時期は大人しくさせて貰ってんのよ!」


 そう言いながら酒を口にする冒険者達を見て、俺は懐からもう一枚金貨を取り出した。


 確かに今の話は筋が通ってる。海辺でくたばる魔物が、陸まで上がってきて元気に飛び回るようになるなら、確かに『恒常依頼』として設定されるだろう。出稼ぎの連中も大はしゃぎで狩りに行くはずだ。


 だがそれで地元の冒険者達が大人しくするのはおかしい。寧ろかき入れ時だと言って、狩りまくるはず。そうしていないということは──それなりの理由があるのだ。


「……どこの狩場がおすすめか教えてくれないか?」


 彼等だけに聞こえるような声で囁きながら、こっそりと金貨を机の上に置く。すると、今まで静かに酒を飲んでいた出っ歯の男が、俺に向かって指をこすってきた。どうやらこれでは情報料として足りないらしい。


 仕方なく俺はもう一枚金貨を置く。二枚に重ねられた金貨を見て、ようやく出っ歯の男も納得したのか、それを懐に忍ばせた後ニヤリと笑みを浮かべながら話し始めた。


「ヘッ、仕方ねぇ……出稼ぎに来る奴らは数に目がくらんでこの先にある浜辺に行くが、地元の奴らはそこには行かねぇ。ここから南に行った先に、穴場の入り江があんだ。行くならそこにしときなぁ」

「ほぉ……悪いな、色々教えてもらって。また何かあったら頼むぜ」


 俺は感謝のしるしとしてもう一枚金貨を置き、ギルドを後にした。


 ◇


 地元の冒険者に聞いてやってきた入り江。確かにそこは穴場というべきスポットだった。チラッと見てきた浜辺には、出稼ぎの冒険者達がごった返しており、魔物を奪い合うようにして狩りをしていた。


 だがこの入り江には俺を除いて数人の冒険者しかいない。まさしく穴場というべきスポットだった。だったのだが──


「あいつらぁぁ!何がおすすめの狩場だこの野郎!!騙しやがったなぁぁあ!!」


 戦闘を開始して三十分。俺は今数十匹のシーフロッグに囲まれていた。


 一匹狩った所までは良かった。その一匹目をヤッた時、死に際にソイツが鳴いたのだ。それを皮切りに、海から湯水のようにシーフロッグが飛び出してきた。


「殺しても殺しても出てきやがる!なんなんだコイツら!無限に湧いて出てくんのか!」


 俺の周囲には既に十匹以上、シーフロッグの死体が並んでいる。なのに奴らの数が減る気配はしない。しかも、シーフロッグの皮膚がぬめぬめしていて気持ち悪いのだ。ある程度力を込めないと、刃が通らないのも結構しんどい。


 周りに居る冒険者の視線を気にして剣で戦っていたが、これ以上はもう無理だ。


「だぁもう埒が明かん!とりあえず全員死んどけぇぇ!──『雷撃破』!」


 風魔法の『雷撃破』──手のひらから指向性のある雷を放出する風の上位魔法を放ち、シーフロッグの死体をドンドンと作り上げていく。魔力が半分以上なくなるまで魔法を放ち続け、ようやく俺の視界がすっきりした。


「はぁぁしんど!!これ全部マジッバックに詰めるのか……結構面倒くさいな」


 そう言いつつも、シーフロッグの死体をマジックバックに詰め込んでいく。その間にも海の中から這い出てくる奴らの姿が見えた。その姿に戦々恐々としながらも、急いで死体を回収していく。


 すると、少し離れた場所から戦闘音が聞こえてきた。音のした方に目を向けると、シーフロッグに囲まれながら、必死に戦っている冒険者の姿見えた。


「あーあっちにも騙された人がいたのか。可哀想に……」


 恐らく俺と同じように騙されたのだろう。結構頑張っているみたいだが、このままいけば数に押されてやられるかもしれない。


「しょうがねぇな!!騙されたよしみだ!助けてやるよ!」


 死体の回収を止め、俺は再び剣を握りしめた。そして同胞の元へと向かって突き進んでいく。


 冒険者達に絡まれるのが煩わしくてオルテリアを出たというのに、結局俺は人を助けることをやめられないのだった。

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