第27話 優しさの暴走

「よし!逃げよう!」


 オルフェさんから詰められて意気消沈していた俺だったが、約一日牢屋の中で過ごし、ぐっすりと睡眠を取れたことで冷静さを取り戻していた。


「とりあえず、ローデスト王国で生活するのは諦めよう!別の国に行ってもう一度冒険者としてやり直す!身分証も作り直して、そこで運命の奴隷ちゃんと出会うんだ!」


 誰も居ない牢屋で一人呟きながら、覚悟を決めた俺は拳を強く握りしめた。


 正直言って二年かけて築き上げたこの生活基盤を捨てるのはかなり勿体ない。だがこの状況から無罪になる方法を見つけるのは難しいと思う。


 全て洗いざらい吐けば無罪になる可能性はあるだろう。しかしそれは俺の力を公にするということ。そうなればオルフェさんやこの国が俺の魔法の力を見逃すとは思えない。


 間違いなく国の監視下におかれ、自由な生活は出来なくなる。奴隷とのイチャイチャ生活を送れなくなるくらいなら、苦渋の決断ではあるが逃亡して一からリスタートする方がマシだ。


「ただ一つ心残りがあるとすれば……ネムにお別れを言いたかったな。ネムと関わったせいでこんな目になったとは言え、アイツとの同居生活は意外と楽しかったからな」


 冷たい一室でネムとの生活を思いだす。出会いは最悪だったが、今となっては笑い話に出来るほどだ。奴隷以外の女なんて皆カボチャだと思っていた俺にとって、ネムは唯一家族みたいに思える女性だった。


「まぁだから助けに行ったんだけどな……」


 あの日、ネムを助けに行ったことで俺は今ここにいる。後悔しているか?と誰かに問われたなら、俺はきっと首を横に振るだろう。二年間築き上げた生活を生贄に、仲間の身を守ることが出来たのだから。


「さてと……そろそろ行くとするかー」


 覚悟を決め、俺は冷たい独房から去るためにその場に立ち上がった。ここには脱獄防止のため、魔力阻害の魔道具が設置されている。だからお得意の魔法を発動することは出来ないとオルフェさんから言われていた。


 だが魔法なんぞ使わなくとも、腕力で鉄格子を引きちぎって脱獄すればいいだけ。魔道具の範囲外に出られたらすぐさま『転移』の魔法でおさらばしてやる。


 腕を鳴らしながら鉄格子に近づく。両手で鉄格子を握り左右に向かって力いっぱい引きちぎろうとしたその瞬間──


「あ、いた」


 目の前に突然現れたネムの姿に、俺は思わず腰を抜かした。


「ぬぉぉぉ!!びっくりしたぁ!ネムじゃねぇか!なんでこんなところに居るんだよ!」

「ん……これ」


 床に尻をつく俺を見つめながら、俺の方に右手を突き出すネム。その手の中には黒く光る鍵が握られていた。


「それ、牢屋の鍵か!?なんでお前が持ってんだ!?」

「ん……そこで貰ってきた」


 ネムはそう言って歩いてきた方向を指さす。俺は鉄格子の間から覗き込んでそちらを見ると、少し向こうで看守が椅子に座っている姿が見えた。


「貰って来たって……まさかあの看守の人に貰って来たのか!?もしかして俺、釈放ってこと!?マジかよ!!」


 まさかの大逆転無罪釈放に興奮を抑えきれずに俺はその場で飛び跳ねる。ネムはその間にガチャガチャと鍵をいじくり、牢屋の扉を開けてくれた。


「開いた……早く行こう」

「おお!!いやーそれにしてもネムが来てくれて良かったぜ!調査団の人達に色々話してくれたのか!?流石Aランク冒険者の発言力は違うなぁ!ネム様様だぜ!」

「ん……」


 俺の言葉にネムはただ一言だけ返事をすると、来た道を戻り始めた。


 多分きっとネムは俺が捕まったと聞いて急いでここに向かってくれたのだろう。そして自分が誘拐されたこと、それを俺が助けてくれたことまでちゃんと話してくれたのだ。


 オルフェさんも俺の発言では納得できなかっただろうが、Aランク冒険者であるネムの発言は信じざるを得なかったのかもしれない。帰ったらネムに最高級の飯をおごってやらないとな。


 軽やかなステップでネムの後ろを歩いていくと、先程見えた看守の前までやってきた。ネムは何も言わず鍵を持ったまま看守の前を素通りしていく。それに対して看守は一言も発さず、ずっと下を向いていた。


「なぁ、ネム。お前あの人から鍵貰ったんだよな?返さなくていいのか?」


 流石にマズいだろうと、先を歩いていたネムに声をかける。


「ん、そうだった。返さなきゃ」


 俺の言葉にネムはハッとした表情を浮かべると、看守の机の上に向かって鍵を放り投げた。カチャンと音が鳴ったものの、看守は微動だにせず固まっている。


 なんとなく違和感を覚えた俺だったが、そのまま外に向かって通路を歩き始めた。しかし、黙々と歩いていくネムの後ろ姿にその違和感が段々と大きくなっていく。


 その違和感の正体に気付いた俺は、ネムに問いかけた。


「そういえば、なんでネムが迎えに来たんだ?普通こういうのって調査団の人達が来るもんだろ?釈放の手続きとか色々あるだろうし」

「……知らない」


 ネムはそう言いながら歩く速度を少し遅くした。出口に近づくとより一層慎重に歩き始め、外を警戒して身を屈ませながら歩き始めた。俺もネムを真似て身を屈ませながら進んでいくが、なぜこんな真似をするのか理解できなかった。


 いや、本当はこの時すでに嫌な予感はしていたのだ。


「なぁネム。なんでそんなにコソコソしてるんだ?ちょっと様子がおかしい気がするんだが?俺の気のせいだよな?」

「……」


 俺の問いかけを無視し、そのまま突き進むネム。そのまま居住区らしき場所を抜けて林の中へと駆けこもうとした時、後ろから大きな叫び声が聞こえてきた。振り向くとそこには調査団の面々を率いるオルフェさんの姿があった。


「あのさぁネム。俺の見間違いかもしれないんだけど、後ろから物凄い形相のオルフェさん達が迫ってきているんだが。何か知ってるかい?」

「……」


 ネムは俺の問いかけに返事をする代わりに、足を止めて振り返った。そして後ろに迫りくる調査団の連中を睨みつけ、俺を守るように手を広げる。


「いたぞぉぉ!総員戦闘態勢をとれぇ!『脱獄者』とネム・シローニアを包囲せよ!!」


 まさかとは思っていたが、オルフェさんの口からハッキリと言葉にされたことで、俺はネムが何をしたのか理解した。


「……ネムさん?俺のこと釈放しに来てくれたんじゃないの?あの人達、俺のこと『脱獄者』って呼んでるけど、なんでかな?」


 この状況を巻き起こした張本人であるネムの肩を叩きながら、俺は笑顔で問いかける。ネムは俺の手を優しく払いのけ、静かに頷いた。もう何が何だか意味が分からん。


「ネム・シローニア……まさか貴方が脱獄の手引きをするとは!その反逆者を連れて逃げようとでも思っているのですか!」

「ユウキは反逆者じゃない。ネムを助けてくれただけ。間違っているのは貴方達」


 オルフェさんと対峙したネムは、腰に携えていた双剣を静かに引き抜いた。月明かりに照らされた双剣が怪しく光る。それと同時にネムの体から黒い気のようなモノが溢れ出していく。


 これがネムの戦闘態勢……中々のオーラがあるじゃないか。流石Aランク冒険者と言ったところか。調査団の連中も、ネムの殺気に当てられて足が震えている。


 最悪だ。ネムは俺を思って行動してくれたのに、これじゃ完全に悪者じゃないか。どうにかして誤解を解かないと。


「あ、あの!皆落ち着いてください!これはきっと誤解──」

「くっ……Aランク冒険者の中で最もSランクに近いと言われている者……『双剣の黒猫』すらも操ろうとは!何が目的だ、ユウキ・イシグロ!」

「はいぃぃぃ!??何言ってんるんですか!コイツが勝手に鍵持ってきたんですよ!!俺はてっきり釈放されるもんだと思ってついてきたのに!何やってんだ馬鹿野郎!ちゃんと説明しなさい!!」


 オルフェさんの発言に、俺は空気も読まずにネムの後頭部を思いっきりぶっ叩いた。なんで俺がネムを操っていることになってるんだ。


 伯爵の記憶改竄についてはもう認めてやってもいいが、やってもないことまでやったことにされるのは癪に障る。ここはきっちりネムの口から否定して貰わないと。


「何でこんな馬鹿なことしたんだ!お前まで誤解されるようなことするなよ!」

「だって……あいつ等ユウキのこと『貴族を操って国家転覆しようとしている大犯罪者』って言ってたから。ネムの事も利用しようとしてたって。だから近づいたって」

「……国家転覆??俺が??え、奴隷とイチャイチャするためだけに生活し続けている俺が?」


 ネムの口から飛び出た言葉に、理解が追い付かず、俺はネムに何度も問いかけた。だがネムはその度に「ん」といって肯定することしかしない。何かの間違いであって欲しいと、調査団の方へ顔を向けるが、彼女達の表情はネムの言葉を裏付けるかのように真剣なものだった。


「この悪の権化が!デナード伯爵を操るだけでは飽き足らず、ネム・シローニアを操り国家転覆を企むとは!!このオルフェ・ギルデロイが裁きを下してやる!」

「しつこい……ユウキは殺させない。その前にネムが全員殺してやる」


 互いに武器を取り殺気立つネムと調査団の面々。これは本当にヤバい。


 この状況で誰か一人でも死んでみろ。国家転覆を目論んだ大犯罪者として認定され、俺はローデスト王国だけじゃなく、他の国からも指名手配されることになるだろう。奴隷とのイチャラブ生活なんて、考えることすらできなくなる。そんなことさせてたまるか。


 俺は一瞬のすきにネムの背後から飛び出して彼女達の間に割って入ると、両手を上に掲げて叫んだ。


「ちょ、ちょっと待てー!なにも殺し合うことはないだろ!どうか落ち着いてください!俺はネムを操ってなんかいません!ネムも俺の事が心配で、ちょっと暴走しちゃっただけなんです!な、そうだよな、ネム!」


 必死の思いで両サイドに訴えかけるも、どちらも聞く気が無いようだ。彼女達の瞳にはもう既に俺の姿は映っていなかった。


「ユウキは下がってて……大丈夫。ネムがアイツら全員殺すから」

「犯罪者の妄言に耳を傾けるな!!奴は言葉で巧みに操ろうとしてくるぞ!気を付けろ!!」


 オルフェさんが叫び、調査団の連中が駆け出した瞬間、ネムも一歩前へ踏み込んだ。目にもとまらぬ速さでネムがオルフェさんに向かって双剣を振り下ろした。オルフェさんの首にネムの刃が触れる。


 終わった。完全に俺の人生が終わった。


 そう思った時──


 “助けてあげましょうか?”


 救いの声が響き渡った。

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