第26話 冷酷な尋問
牢屋にぶち込まれた俺は、必死に冷静になろうとしながらも、これからどうなるか分からない状況に焦燥していた。
「はぁぁぁぁ……マジでどうなっちゃうんだ。頼むから、冤罪だって信じてくれよぉ!!」
調査団の連中に捕まえられた俺は、ここに連れてこられるまでの道中、護送の馬車の中で必死に弁明し続けていた。貴族の家に侵入した罪で裁かれるのが怖くて、嘘をついてしまったこと。本当は誘拐されたネムを助けに、デナード伯爵の屋敷へ忍び込み、彼女を助けたこと。
記憶改竄の魔法を使った事だけは伏せて、それ以外の事については全て事実を話した。それなのに、オルフェさんはたった一言「話は後でじっくり聞きますから!」と答えるだけだった。
しかしこの冷たい一室に放り込まれてから数時間が経つというのに、未だに事情聴取が始まる様子はない。そろそろお腹も減ってきたが食事が運ばれてきそうにもなかった。
「マジックバックも装備も全部押収されちゃったしなぁ……普通の人間なら辛くなって叫んでるだろうに」
俺はブツブツと呟きながら牢屋の隅っこへと移動し、『異空間収納』から熱々の野菜炒めを取り出した。食器も各種収納してあるから好きなように食べられる。これが無ければ飢え死にするとこだったぜ。
「ふぅ、ふぅ……んー美味いな!やっぱ食事は温かいうちに食べるのに限る!」
音を立てないように静かに咀嚼しながら、野菜炒めを食べていく。熱々の肉と野菜で腹が満たされていく感覚が何とも言えない幸福感をもたらせてくれる。
そんな小さな幸せを噛み締めて居た時、遠くからコツコツと足音が近づいてきた。俺は慌てて飯をかきこみ、食器を『異空間収納』へとしまい込む。丁度そのタイミングで足音が俺の後ろで止まった。
「ふふふ、ユウキさん。隅にうずくまってどうしたんですか?そこから脱獄しようとお思いなら、諦めた方が良いと思いますよ?」
聞き覚えのある優しい声。俺は直ぐに振り返り彼女の顔に目を向けた。
「オ、オルフェ様!私は無実なんです!本当にネムを助けようとしていただけなんです!」
「ユウキさん。犯人はみんな揃ってそう言うんですよ。私は何もやってない!誰かに貶められたんだーって!」
俺の必死の訴えをバカにするように笑って聞き流すオルフェさん。彼女の隣に立つメガネの男も、俺を見下すような視線で睨みつけてきている。
オルフェさんは鉄格子にしがみ付く俺と視線を合わせるようにしゃがみ込むと、以前と変わらぬ微笑みを浮かべながら話し始めた。
「どうして何も知らないって嘘をついたんですか?光月の七日に、貴方はジードと共に屋敷へ向かっている。それが本当にネムさんを助けに行くのが目的だったのであれば、嘘をつく必要なんてないでしょう?本当は伯爵と一緒に何か企んでいたんでは?」
「違います!!……貴族の屋敷へ侵入したってバレたら、殺されると思ったからです。ネムを助けにいく理由があったとしても、許されない行為だと思ってたんです!」
彼女の質問に、俺は馬車の中で話した内容をもう一度説明し始めた。彼女が後でじっくり聞くと言っていたのが、今この瞬間のことだと信じて。
「確かに一理ありますね!まぁ実は正直に言うと、貴方がネムさんを助けに屋敷へ侵入したというのは、嘘じゃないと思っているんですよ!ギルドの方達からも、二人は仲が良いと聞いていましたし!」
その願いが通じたのか、オルフェさんは何度も頷きながら俺の話を信じてくれた。隣にいる眼鏡の男は、手に持ったノートに何かを書いている。きっと俺の話をまとめているのだろう。
男が何かを書き終えると、オルフェさんに一冊の本を手渡した。オルフェさんはその本をペラペラとめくり、あるページを開いて俺に見せてきた。そこにはネムを誘拐し調教しようとしていたという内容が書かれている。
胸糞悪い内容だ。この本のせいで俺が今ここにいると思うと今すぐにでも燃やしてやりたい。だがこの本のお陰で俺の発言が真実だと証明できると思うと、本当に良かった。
「これはデナード伯爵の日記なんですが、ネムさんを誘拐して奴隷にしようとしていた、などという内容が書かれています!だから貴方の話は本当のことなのでしょう!」
「オルフェ様……私を信じてくださるのですね!」
俺がそう言うとオルフェさんはコクリと頷いてくれた。
「大切な仲間であるネムさんを助けるために、勇敢にも貴族の屋敷へ侵入するなんて……さぞかし大変な思いをしたことでしょう!」
「うううう…ありがとうございます、オルフェ様!私の話を信じて下さって!」
「気にしないでください!真実を明るみにするのが、我々調査官の役目ですから!」
そう言って誇らしげに胸に手を当てるオルフェさん。どうやら本当に俺の話を信じてくれたらしい。これで上手く行けば無罪になれるかもしれない。絶望の中に見えた光。俺は堪えきれず涙を流してしまう。
零れ落ちそうになる涙を拭っていると、ガチャリと音が鳴った。顔を上げると牢屋の扉が開いており、オルフェさんが中へ入ってきていた。
ああ、やっとここから解放される。そう思った瞬間、彼女の右手が俺の顎を掴んだ。
グイっと顔を上に持ち上げられ、眼前にオルフェさんの顔が近づく。その表情は数秒前の優しいものと違い、冷酷な瞳を浮かべていた。
「それで……どうやって伯爵達の記憶を消したんですか?」
「……はへぇ?」
彼女に問われた言葉が一瞬理解できず、変な声を出してしまう。ここを出られると思っていたのに、その希望が一瞬にして朽ち果てた。
オルフェさんはそのまま俺を絶望に落とすように話を続けていく。
「おかしいのよ……伯爵も警備隊もジードも、ネム・シローニアを誘拐したことはおろか、ネム・シローニアのこと自体覚えていない。誘拐事件に関与した人間の記憶から、人為的に彼女の記憶が消されている」
少し前までの穏やかな口調とは程遠い、冷酷な言葉で淡々と語られる内容に、俺の体はカタカタと震え始めた。
この人達は全部気付いている。気付いているうえで、俺の口から話すように尋問しているのだ。
「貴方はジードと共に屋敷へ向かったのよね?ならどうして酒場の方々は『貴方と冒険者二人が深夜一時まで酒を飲んでいた』と証言するの?まるで……その日の記憶がそうであったかのように」
オルフェさんは話し終えるとニコリと笑みを浮かべた。その笑みは俺の知る彼女とはかけ離れたものだった。
「ユウキ・イシグロ。どうやって伯爵の記憶を改竄したのか話なさい。言い逃れ出来るとは思わないことね」
彼女の口からそう告げられた時、冷たい牢獄で俺は一人覚悟を決めるのだった。
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