第25話 証人?

「……あの。これが証人ですか?」


 女性調査官が得意気に言うもんだから、一体どんな人間が出てくるかと思ってドキドキしていたのだが──


 扉を開けたのは同じ調査官の服を着た男性。その男性が引き連れてきたのが、白い毛の可愛らしい犬だった。


「そうだ!この子が貴様の嘘を見抜き、真実を暴いてくれる証人!成犬のウォンちゃんだ!」

「ウォウゥ!!」


 ウォンちゃんと呼ばれた犬は女性調査官に撫でられて嬉しそうに吠える。調査官も犬と触れ合うのが楽しいのか、ワシャワシャと豪快に可愛がっていた。


「いや……どう見ても犬なんですけど。こんなこと言うのは失礼だと思うのですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫に決まっているだろうが!私はローデスト王国特務調査団の中でも随一の調査能力を持つ者!ドーチェ・ミルヘイだぞ!」


 俺の発言に少し怒りを露わにするドーチェさん。俺はどうにも理解が出来ず、横で立ちすくんでいる同僚と思しき男性に視線を向ける。本当にこの人は大丈夫なのか、ちょっと心配になってしまったのだ。


 その心配をよそに、同僚の男性は『安心して欲しい』と言った表情で何度も頷いて見せた。彼女の脳に問題が無いのであれば良いのだが、もう一つ心配なことがある。


「それはその、凄いとは思うんですけど……犬の証言って証拠能力みたいなのはあるんでしょうか?『犬が見ていたぞ!』なんて言われたら、私も流石に納得できないですよ!」


 この世界で前世のような厳正な裁判を望んでいるわけではない。だが、犬の証言が有効だなんて言われた日には流石の俺も暴動を起こしかねない。動物一匹の発言で人の命が奪われるなんて、絶対におかしいだろう。


 そんな不満をぶつける俺を、ドーチェさんはキッと鋭い目つきで睨んできた。それに同調するように俺に向かって吠えるウォンちゃん。なんだか二人の心が通じ合っているように見える。


 そしてドーチェさんはウォンちゃんを抱きかかえるとニヤリと笑みを浮かべて見せた。


「ふ……馬鹿にしていられるのも今のうちだ!犬だからって甘く見るなよ!私のスキルを見せてやる!」

「いや馬鹿にしてるんじゃなくて、割と心配してます。今からでも病院に行った方がいいのでは──」


 心配の声をかけようとしたその瞬間。ドーチェさんとウォンちゃんが白く輝き始めた。その輝きがドンドン強くなっていく。あまりの輝きに俺は思わず手で眼を覆い隠した。


 それからどのくらいたっただろうか。ドーチェさんの話声が聞こえてきたのだが──


「どうだワン!これが私のスキル、『動物融合』だワン!」


 とってつけたような語尾で話し始めるドーチェさん。どうにも様子がおかしいことを察した俺は、そっと手を外し目を開いていく。


 そこには白い犬の耳を頭につけ、尻尾を振り振りしながら四つん這いになるドーチェさんの姿があった。


 舌を口から出して、犬特有の呼吸をするドーチェさん。『待て』の姿勢なのだろうが、スカートの隙間から純白のパンツがもろに見えてしまっている。


 あまりの光景に俺が固まっていると、ドーチェさんが誇らしげに話し始めた。


「このスキルはミルヘイ家の血統スキルだワン!あまりの凄さに驚いて声もでないようだワン!」

「いや……そうではなくて、何というか……見てはいけないモノを見ている気分です。ホント、すいません」


 クール系の綺麗な女性が、ハッハ言いながらパンツ出して四つん這いになってるとか、どこぞのAVだって話だ。後ろで立っている同僚の男性も、見ないように顔背けているけど、視線はバッチリドーチェさんの所向いているからね?


 普段奴隷以外の女性はカボチャ扱いする俺ですけど、こういった特殊な状況は初めてなんですよ。もうどうしていいか分からないんですよ。こんな時だけ頼るのはどうかと思いますけど、どうすればいいか教えてください神様。


 目の前の状況にオーバーヒート寸前の俺と同僚さんを尻目に、ドーチェさんはマイペースに話を進めていく。


「何を言っているか分からないワン!とにかく、このスキルのお陰で私はウォンちゃんの記憶を除くことが出来るワン!これで貴様の嘘を暴いてやるワン!!」

「そうですか……へ!?記憶をのぞける!?」


 まさかの発言に俺は一気に冷静さを取り戻す。動物の記憶をのぞけるスキルなんて、そんなの反則じゃないか。スキルともなれば、その効果は保証されてしまう。つまり、犬の発言だからと言って軽視されることは無くなってしまうのだ。


 これは本当にマズい。どうにかこの状況を打破せねば。


 幸いなことに今近くに居るのはドーチェさんと部下の男性一人のみ。こうなったら『朧の白霧』で二人の記憶を改竄するしかない。


 覚悟を決めた俺は、二人にバレないよう静かに魔力を練り始めた。発動に必要な量の魔力が練り終わるまで会話を引き延ばして、注意を逸らさねば。


「そのウォンちゃんの記憶を覗いたら、私とジードが歩いている姿を見たって言うんですか!?一体どこで、どうやって見たって言うんですか!一から説明してください!」


 俺の挑発に対し、ドーチェさんはしたり顔で鼻を鳴らし、耳をぴょこぴょこさせながら話し始めた。


「いいだろうワン!光月の六日の夜、ウォンちゃんが道端でしていた時だワン!」

「……な、なるほど。それでどうしたんです!?」

「『今日は変なモノ食べちゃったから、出が悪いなぁ』って思いながら、こうやってふんばって、を──」

「ストオォォップ!!!ドーチェさん!これ以上喋っちゃだめです!なんというか、もう見てられません!過程とかどうでも良いですから、結論を述べちゃってください!!」


 あの犬特有の体勢でやばいことを語ろうとするドーチェさんの口を慌ててふさぐ。貴族とか魔法の発動とか、もうどうもいい。これ以上彼女に恥をかかせるわけにはいかなかった。


 俺に口を封じられて動揺するドーチェさん。彼女が落ち着くまで俺は手を離さず、じっと堪えていた。


 暫くしてようやくドーチェさんも落ち着きを取り戻したのか、ゆっくり頷いて手をどけるように突いてきた。俺は静かに手をはなし、ドーチェさんと距離を取る。


 しかしまだ予断を許さないため、俺は同僚の男性に目配せをする。彼も俺と同じ気持ちだったようで、力強く頷いてくれた。すぐにでもドーチェさんの口を封じられるよう、臨戦態勢を取る。


「わ、わかったワン!ようするに、ウォンちゃんが貴様とジードが街を出ていく姿を見ていたんだワン!これでお前の発言が嘘だっていう事が分かったワン!」

「はぁぁ、よかったぁ……」


 何事もなくしゃべり終えたドーチェさんを見て、安堵の息を漏らす俺と同僚の男性さん。これで彼女の名誉は守られた。俺達は誇らしげに胸を張る。


 しかしその直後、問題だったのは彼女の名誉ではないことを思いだす。問題だったのは、俺のアリバイが完璧に崩れ去ったということだ。


「いや、全然よくねぇぇぇ!!」

「話は牢屋の中でじっくり聞いてやるワン!総員、ユウキ・イシグロを確保せよだワン!!」

「おおおおお!!!」


 ドーチェさんの掛け声を合図に、同僚の男性が俺にのしかかる。そして家の外からもゾロゾロと調査官の連中が流れ込んできた。


 こうして俺は身柄を確保され、牢屋へ連行されたのであった。

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