第24話 詰み
夜光石の採掘も無事に終わり、俺と調査団の一行はオルテリアへ向けて歩を進めていた。道中オルフェさんの目に睨まれながらも、何とか平凡なBランク冒険者を演じ切ることが出来たのではないかと思っている。
あとはオルテリアへ帰還し隙を見てナバス平原へ向かうだけ。そう思っていたのに俺は今、安息とは程遠い場所で一人涙を流していた。
「お願いです、ここから出してくださいいっぃ!俺は無罪なんですぅぅ!!」
冷たい牢屋の中で一人叫ぶ。両手に繋がれた手錠がガチャガチャと空しく音を立てる中、誰の返事も返ってこない。どうすることも出来ない俺は、冷たい床にへ垂れ込んだ。
どうしてこうなったのか。それは一週間前のことである──
◇
オルテリアへ帰還した俺は、調査団の連中に挨拶をして速攻でギルドへ向かった。すぐに依頼達成の報告をし終えると、そのままの足で掲示板へと向かう。そして適当な依頼を見つけて、もう一度受付で依頼を受ける。
これで準備万端になった俺は、家に帰って休むことにした。
「ふふふ……そう易々と尻尾を出すと思うなよ?俺は冷静沈着な男!ここで一度家に帰り体と脳を休める!そして明日になったら普段通りの感じで門をくぐるのさ!アイツらも俺の様子を見れば流石に、『今回は何も問題なさそうだな』って思うだろ!まさに完璧な作戦!」
人通りの少ない道を歩きながら一人言を呟く。当初立地が悪いと言われていた我が家だが、人目を気にせずこうやってブツブツと呟けるのは良いところだと思う。
家の前の坂道を登り切り、ようやく我が家が見えた瞬間、家の前に誰かが立っているのが分かった。
青色の長い髪の毛をポニーテールにしている女性。つい先日、オルフェさんと会った時に後ろで立っていた女性だ。その女性は俺が歩いてきたことに気が付くと、俺を見下すように鼻を鳴らした。
「ふん……ようやく来たか、ユウキ・イシグロ。貴様に用があって来た」
「用ですか?あ!先日言っていた協力出来ることでしょうか?私に協力できることであれば、何でもおっしゃってください!」
予想外の来訪だったものの、俺はそう言って笑顔を浮かべて見せる。まさか後ろめたい事のある人間がこんなピュアな笑顔が出来るとは思わないだろう。
しかし相手も熟練の調査官。俺の笑顔でその表情を崩すことは無かった。
「では少し確認したい事項がある。ここでは何なので、家の中で話をさせて貰おう」
「分かりました!どうぞお入りください!」
鍵を開け家の中へと入っていき、いつも食事をとっているテーブルへと女性を案内する。女性は周囲を警戒するそぶりを見せつつも、対面になるよう椅子に座った。
「それで、確認したいこととは一体何でしょうか?」
「では単刀直入に聞こう。光月の六日、貴様はどこで何をしていた?」
家に入れた時点で相当な覚悟をしていたつもりだったが、『光月の六日』という言葉に、俺は僅かに眉を動かしてしまった。
この世界では一年を十二カ月で区切っている。『光月』とは前世で言うと五月に当たるのだが、その六日ということはまさに『ネム誘拐事件』が起きた日のことである。
ここまでハッキリと日にちを確定した状態で詰められながらも、俺はあの日酒場でかけた魔法のことを思いだして話を始めた。
「光月の六日ですか?確か冒険者仲間と酒を飲んでいました!グレイとジークという名の冒険者に聞けば分かると思います!」
「そうか。ではその翌日は何をしていた?光月の七日だ」
俺の回答を予想でもしていたのか、調査官の女性は眉一つ動かさず質問を続けていく。七日は丁度デナード伯爵の屋敷へ行ってネムを奪還した日。つまり、ネム以外の人間から記憶がすべて消えた日ということになる。
変なアリバイを語るわけにはいかないが、他の誰かに見られたわけじゃないから問題はない。
「光月の七日は酒を飲みすぎたせいで一日家で潰れていました。殆ど寝て過ごしたと思います」
「そうか……ではその二日間ネム・シローニアが何処にいて何をしていたか知っているか?」
質問を終えた後、彼女は微かにニヤリとほほ笑んだように見えた。どうやらネムが誘拐された事はバレてしまっているようだ。しかし、俺の魔法は確実に発動していたはず。何処からその情報が漏れたんだ?
まぁ今それを考えたところで焼け石に水。ここは嘘と真実を混ぜて、丁度いいエピソードを語るしかない。
「ネムですか?……ちょっと分からないですね。実はその日の二週間前に私とネムは喧嘩しまして、ネムは宿で暮らしていたんです。六日には宿へ迎えに行ったんですけど、もうそこに居なくて。だから何をしていたかはちょっと……」
「なるほど。貴様はネム・シローニアを宿へ迎えに行ったが、姿が見えず逃げられたと思いヤケ酒に走ったと?」
「そ、そうです……すいません、お恥ずかしい話を聞かせてしまい」
俺の回答に、クックックと言いながら笑い始める女性調査官。意外とこういう自虐ネタは女性にウケるらしい。この路線で進めれば疑いも晴れるかもしれない。
「それでは、貴様が酒場で冒険者達と飲み明かしたということについてだが……確か一緒に飲んでいた冒険者の名前は、グレイとジークと言ったか?」
「はい。二人は一年以上前から仲良くしている友人で、その日は私の愚痴酒に付き合って貰ったんです。……女性に逃げられたって言ったら励ましてくれた良い奴らです」
この話は事実であり、俺が魔法で改竄しなかった部分でもある。だから粗を探したところで何か出る筈が無いのだが、女性調査官は鼻を鳴らして微かに笑ってみせた。
「そうか。二人は、『ユウキとは深夜の一時まで飲んで解散した』と言っているが、これは事実か?」
「はい。一時まで飲んでいました」
実際には酒場を出たのは夜十時前だが、二人は魔法で改竄した通りの証言をしてくれていた。やはり俺の『朧の白霧』はちゃんと発動している。
ではなんでネムの誘拐がバレたんだ?魔法で改竄できないような物的証拠が残っていたのか?
考えを巡らせこれからの行動を練ろうとした矢先、女性調査官の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「一時まで飲んでいたか……ではなぜ、六日の夜十時頃に街を抜け出す貴様とジードの姿を見た者が居るのだ?」
そう言って俺を見つめながら得意げな笑みを浮かべる女性調査官。俺だけでなくジードと一緒に抜けだした姿を見ただと?俺は街を出るまでの間、『探知』魔法を発動して近くに人間が居ないか確認していたんだぞ。
街を出る時だって門から出たわけじゃない。裏道を通って誰にも見られないように街を出たんだ。それを見ていた人間なんている筈が無い。これは彼女のハッタリだ。
「え!?私とジードをですか!?確かに彼も同じ酒屋に居た気はしましたが……一緒に街を抜け出したりなんかしていません!」
「そうか……ここまで粗を出さないとは、どうやら証拠隠滅に相当自信があるようだな。だが残念ながら詰めが甘いと言わざるを得ないぞ!」
「な、何を言っているんですか!!私は本当に深夜一時まで友人と酒を飲んでいたんですよ!誰が私とジードの姿を見たって言うんですか!その人を連れてきてください!」
女性調査官の言葉につられ、思わず連ドラの犯人役のようなセリフを吐いてしまう。これでは自分でフラグを立てたようなものじゃないか。
内心で慌てふためく俺をよそに、女性調査官はしたりげに笑って椅子から立ち上がった。
「いいだろう……その自信に満ちた顔を歪ませてやる!入って来なさい!」
その言葉の直後、家の玄関がガチャリと音を立てて開いた。
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