第21話 迫る国の手
ネムがナバス平原に行ってから二日後。俺はいつものように冒険者ギルドへと足を運んでいた。
ワイバーンを討伐してからかなり日が経っていたし、そろそろもう一稼ぎしようなどと考えながら掲示板を眺めていると、慌てた様子のフルラが俺の元へと駆けてきた。
「おお、いたいた!あーよかった!ユウキ、ちょっとこっちへ来い!」
「お、おいなんだよ、フルラ!ちょうど今良い感じの依頼見つけたってのに!」
「依頼なんか後で見りゃいいんだよ!そんな事より良いから来いってば!」
フルラはそう言って俺の手を掴むと、ギルドの奥へ向かって走り始めた。初めて見るフルラの慌てぶりに嫌な予感が脳裏をよぎる。
案の定、フルラの足はギルド長の部屋の前で止まった。フルラは呼吸を整えた後、三度大きく扉をノックする。
「失礼します!!ユウキを連れて参りました!!」
「……入れ」
部屋の中からノグラスさんの返事が聞こえてきた。それを合図にフルラが扉を開けて、俺の背中を部屋に向かってグイっと押す。正直入りたくなかったが、どうしようも出来ないのは分かっていたので、仕方なく部屋の中へと入っていった。
「失礼します……」
「来たか。ユウキ、私の隣へきてくれ」
そう言って自分の隣を指差すノグラスさん。彼の前には一人の女性が座っていた。その女性の後ろには似たような服装に身を包んだ男女が三人立っている。
彼女達がいったい何者なのか、俺は直ぐに察しがついた。平民には到底手が届かないような純白の洋服。所々に施された装飾品が、この人達の権力と地位を象徴しているようだった。
「こちらにいらっしゃるのは、ローデスト王国特務調査官、オルフェ・ギルデロイ様だ。お前に聞きたいことが有るとのことで、ここまで足を運んでくださったそうだ」
ノグラスさんの言葉に俺は一瞬だけ眉をピクリと動かした。
(王国の特務調査官?いったいなんの用があって俺に会いに来たんだ!?)
内心動揺しながらも俺は即座に切り替え、対応して見せる。
「き、貴族様でしたか!初めまして、私はユウキ・イシグロと申します!ど、どうぞよろしくお願いいたします!」
あくまでもノグラスさんに言われて気づいた、無知な人間であることを印象付けるため、俺は大げさに頭を下げて見せる。正式な形で貴族と会話をするのは初めてだが、どの世界でも目上の人間と話す時に重要なのは第一印象だ。
自分の身分を弁えているということを、アピールしておくことが大切なのである。
その目論見通り、彼女の背後に佇む部下の方々は俺を見下すように鼻で笑っている。しかしオルフェと呼ばれた女性は、静かにほほ笑んで俺の目を真直ぐに見つめていた。
「初めましてイシグロさん!ローデスト王国特務調査官のオルフェと申します!今聞いた通り、貴方に聞きたいことが有るのですが、お時間宜しいでしょうか?」
「は、はい!私に話せることなら、何でもお聞きください!」
平民の俺に対して丁寧な言葉で問いかけてきたオルフェさん。デナードと違って、こういう貴族も居るんだなと感心しつつ会話を続けていく。
「ありがとうございます!聞いたところによると、貴方はAランク冒険者のネム・シローニアと共同生活を送っているようですね?これは事実でしょうか?」
「事実です!二ヵ月ほど前から、私の所有する家に彼女が居候する形で共に暮らしております!」
彼女の口からネムの名前が出たことで、俺はなぜ彼女達がここへ足を運んだのか一瞬で見当がついた。それと同時に爆速で上がっていく心臓の鼓動。だがそれを悟られまいと、必死に会話を続けていく。
「なるほど!ではあなたはネム・シローニアが半年間の謹慎処分を受けていた事、それがつい先日撤回されたことも知っていたのですね?」
「は、はい。ネムから事情を聴いていましたし、先日謹慎撤回の通達を受けた時は一緒に聞いていましたから」
笑顔のまま話を続けていくオルフェさん。核心に触れてくるような会話の内容に、俺の体は冷や汗と震えという拒否反応を示し始めた。
それを力づくで必死に抑えながら、わざと不安げな表情を浮かべて見せる。なぜこんな話を振られているのか、さっぱり分からないという態度。
こういう一つ一つの仕草が、今後の命運を分けるのだ。
しかし、そんな俺の完ぺきな演技もオルフェさんには効かなかったようで、彼女は微笑みを崩すことなく淡々と会話を続けていく。
「そうでしたか!では処分の撤回を求めたのが、謹慎の期間を半年間にするよう訴えていたデナード伯爵本人だという事も知っているのですね!?」
「はい。内容までは知りませんが、支部長から伯爵様より手紙が届いたと聞かされています」
そう言いながらノグラスさんの方へ視線を向ける。ノグラスさんと目が合うと俺の言葉を保証するかのように、大きく頷いてくれた。
これで、俺が一連の情報を手にしたのはノグラスさんによるものだと印象づけることが出来た。万が一情報に抜けがあったとしても、多少のことであれば誤魔化せるかもしれない。そう思った矢先、オルフェさんの口角が僅かに上がった。
「おかしいですよね……『愚者の極み』とまで言われていたあのデナード伯爵が、自分の罪を懺悔し、処分の撤回を求めるような手紙を送るなんて。貴方もそうは思いませんか?」
オルフェさんにじっと見つめられながら問いかけられた言葉に、俺は喉を詰まらせた。
彼女は伯爵がネムの処分を撤回した理由が気になっているのではない。伯爵が変わったのは、ネムと誰かが関係しているのではないかと疑っている。そして、それを確かめるためにここへやってきたのだ。
「え、えっと……なんとおっしゃればよいか」
やっとの思いで口にした言葉。デナード伯爵をけなす『愚者の極み』という言葉に、平民である俺は反応することは出来ない。今できるベストの対応がこれだった。
「ああごめんなさい!別に貴方が伯爵をけなしたところで何も罪には問いません!ただ私は、伯爵が心変わりするきっかけが何かあったのではないかと思っているのです!貴方はどう思われます?」
オルフェさんの口から遂に核心へと迫る言葉が飛び出す。どうやって辿り着いたのかは知らないが、俺とネムに対する彼女の疑いは相当なものらしい。
だがここで折れるわけにはいかない。ここまで話しを進めておいて、確たる証拠を俺につき付けてこないということは、まだ確信するまでには至ってないということだ。
ならば俺は知らぬ素振りを貫いてやる。
「確かにそうですね……きっと何かそういうことが起きたんじゃないでしょうか」
「そうでしょう?やはりそう思いますよね!!ですが……実際には何も無かったんですよ!ではなぜ、伯爵はこんなにも変わってしまったんでしょうか!?」
「さ、さぁ……なにか伯爵様の身にあったのでしょうか?」
貴方は何か知っているんでしょう?そう言わんばかりの彼女の瞳から、逃げるように視線を反らして、弱者の演技を見せつける。そこでタイミングよく、時計が十二時を知らせる音が鳴り響いた。
「ああもうこんな時間!お話聞かせて頂いてありがとうございました!また何かありましたら調査にご協力をお願いできますでしょうか?」
「わ、わかりました!何か私に出来ることがあれば、何でもご協力致しますので!」
俺がそう答えると、オルフェさんは一瞬驚いたように目を見開いた。まさか、協力してくれるとは思ってなかったのだろう。
馬鹿め。アホな犯人であれば動揺し一刻も早くここから逃げよと立ち去るはず。だが俺はそんなアホ共とは違う。進んで調査に協力すると発言することで身の潔白を訴えるのだ。
「ありがとうございます!ああそうだ忘れていました!ネムさんはいつ頃この街に戻ってくるかご存知ですか?」
「ネムですか?……二週間以内には帰ってくると言っていたので、それまでには戻ってくると思います!」
「そうですか!ありがとうございます!」
会話を終わらせた俺は笑顔で部屋を退出した後、足早にギルドを去っていった。
◇
一方、ユウキが去った後のギルド長の部屋では、オルフェが冷えた瞳で机の上に置かれた紙を見つめていた。
「ユウキ・イシグロ……なぜネム・シローニアが誘拐されたことをしらなかったのでしょう。同居人が居なくなったら心配になるはずよね?ドーチェもそう思わない?」
「はい!その通りでございます!」
オルフェにそう問いかけられた部下は、真剣な眼差しでそう答えた。
「ドーチェ。あの男について徹底的に調べなさい。過去一ヵ月……いえ、それ以上前まで遡って、行動記録を報告するように」
「は!承知いたしました!」
ドーチェと呼ばれた部下がオルフェの指示を遂行するために部屋を出ていった。
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