第20話 調査団

 ネムの謹慎処分が撤回される数日前のこと。デナード伯爵の屋敷では大規模な家宅捜査が行われていた。


 ユウキが行った記憶の改竄及び人格の改竄。これがローデスト王国でとんでもない影響を及ぼしているとは、ユウキは思いもしなかった。


「デナード伯爵。貴方が我々に送った手紙の内容通り、横領の事実を確認いたしました」

「やはり……私は何と愚かな事をしてしまったのだ!!」


 王都から派遣された調査団の男が口にした言葉により、デナード伯爵は涙を流しながら床に頭を擦り付けた。


 デナード伯爵の変わりように目を疑う調査団の一同。


調査団は手紙が送られてきた時、何のいたずらかと疑っていた。なぜなら告発文の送り名が、デナード伯爵本人だったからである。


 しかし、今目の前で泣きながら謝罪をするデナードと、実際に確認した横領の証拠によって、これは紛れもない事実なのだと感じていた。


しかし、どうにも腑に落ちない点があるのも事実だった。


「ギルデロイ殿!その責は全て私にあるのだ!!他の者は誰も悪くない!どうか私の首一つで許してくれぬか!」

「デナード様!おやめください!我等も共に罰をお受けいたします!!貴方の悪事を止められなかった、我々にも罪があるのです!」


 まるで喜劇のような振舞いを見せるデナード伯爵とその部下達。耳にしていたデナード伯爵の噂からは、想像も出来ない様子だったのだ。


 罪を一つも否定せず、全てを受け入れる伯爵と、自分達にも罪があると伯爵を庇おうとする部下達。その姿が演技には見えなかった。


 動揺する調査団の男だったが、落ち着いて呼吸を整えた後、手に持っていた書類を上司の元へと持って行った。


「オルフェ様。こちらが証拠の書類になります。額が額ですので、本来であれば爵位は剥奪。デナード伯爵は鉱山送りということになるのですが……困りましたね」


 男は書類を確認する上司に困り顔でそう語る。報告された上司も、何度も書類を確認した後、困ったように溜息をこぼした。


「ペンツ……本当に残っていないのですか?」

「ええ、そのようですね。書面にある通り、横領した金は全て、デナード領の生活困難者に支援金として給付したようです。先程事実確認も取れました」


 ペンツの言葉により、上司は更に困った様子で額に手を当てた。横領は罪に当たるが、その金が既にデナードの手元にないのだ。しかも、自領に暮らす市民達に全て配給したと言うではないか。


これでは裁こうにも市民からの反感を考慮せざるをえなくなってしまう。デナードの悪知恵なのか、それとも善意からの行動なのか。


「はぁ……そうですか。では処分は保留し、陛下のご決断を待つといたしましょう」


 上司の発言を聞き、ペンツは一度だけ頷いた。そして二人一緒にデナードの元へと戻り、調査の結果を報告する。報告を聞いているデナードの姿は、自分の罪をすべて受け入れ、どうなろうと覚悟を決めている男の姿だった。


 部下達に手を縛られ、護送用の籠に入れられるデナードを見て、オルフェがペンツに語りかけた。


「どう思いますか、ペンツ。あのデナード伯爵の変わり様、おかしいと思いません?」

「そうですね。記録によれば二週間前までは、我々が知っている伯爵だったようです」

「二週間前?随分と最近ね。なにか気が変わるような事でもあったのかしら?」


 オルフェの問いかけに、ペンツは手元の書類をめくり始めた。その中の一枚を手に取り内容を読み上げていく。


「詳細は不明ですが、『ネム・シローニア』という冒険者を誘拐した記録があります。ただ、それは伯爵が残した≪≪日記」≫にて判明したことですが」

「どういうこと?伯爵の事情聴取はおこなったんでしょう?あの様子なら、自分の悪事を全て洗いざらい吐きそうなものだけど」


 ペンツもオルフェの意見には同意だった。あの様子なら何を聞いても誠実に全てを話しただろうと。いや、聞いてもない部分すら話してくれたかもしれない。しかし、実際はそうでは無かったのだ。


「オルフェ様のおっしゃる通り、デナード伯爵は悪事について全て丁寧に自供しておりました。しかし、『ネム・シローニア』に関してだけは、警備兵含め何一つ話さなかったのです。それどころか……一人も『ネム・シローニア』を覚えていなかったのです」

「なにそれ……その日記とやらを見せてみなさい」


 オルフェに指示され、ペンツはまとめてあった証拠の書類から日記を取り出すと、オルフェに手渡した。


 渡された日記をめくっていくと、そこには『ネム・シローニア』について書かれたものがいくつか存在していた。


 二週間前には、『ようやくネムを捕まえた。調教を始めたが中々上手く鳴かない。必ずワシの奴隷にして見せる』とまで書かれている。それなのに、なぜ伯爵は『ネム・シローニア』を覚えていないのか?


 一つの考えがオルフェの頭を過った。


「……ペンツ。貴方は伯爵を連れて王都へ向かいなさい。報告は貴方に任せます」

「オルフェ様はどうなさるのですか?」

「私は数人の護衛を連れて、『ネム・シローニア』に会ってくるわ。伯爵を変えた存在が居るのであれば、確認しなければならないもの」


 伯爵は間違いなく変わった。その要因である『何か』に、『ネム・シローニア』は必ずかかわっている。彼女自身がそうであるかは分からない。ただ確かめなければならないのだ。


 ローデスト王国を守る調査団を率いるものとして。


 もしその『何か』が王国にあだなす存在であるならば……排除しなければ。そう覚悟を決めるオルフェであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る