第2章 国家転覆?
第19話 一件落着?
あの一件からも時間が経ち、俺達も生活もすっかり元へ戻っていた。俺は以前のように奴隷ちゃん購入のための金策に走る毎日。ネムは食べては寝て、偶に『散歩』へ出掛けている。新しく買った、猫が魚を咥えている絵柄の描かれたパジャマも気に入ってくれているようだ。
とまぁ以前の日常が戻ってきたのだが、その日々も長くは続かなかった。
◇
ネムが誘拐されてから三週間程経ったある日。俺達は二人揃って冒険者ギルドへ足を運んでいた。
「──伯爵からも処分の撤回を求める手紙が届いている。また依頼に同行した冒険者達も発言を撤回した。よって今日付けでネム・シローニアの謹慎は終了だ」
ギルドの一室で一人の男の口からそう告げられた。今俺達の目の前にいるその男こそ、オルテリア冒険者ギルドの支部長──ノグラスさんである。
齢四十を超えながらも、その肉体はまるでダイアモンドのように固く、現役時代Aランクまで昇りつめた実力は未だ衰えていない。
ノグラス支部長より謹慎終了を告げられたネムは、表情を大きく変えはしなかったものの、ホッとした様子で頷いていた。
「やった。これでやっとお金稼げる」
「よかったなぁ、ネム。これからはちゃんと飯代とか払えよ?」
やる気満々のネムに、俺は茶化すように声をかけた。謹慎が明けたのだから、俺達の共同生活は今日をもって終了。これからなんてない。そうなるはずだったのだが──
「ん。家賃もちゃんと払えるように、ネムは働く」
そう言いながら胸を叩いて見せるネム。
実は俺達は、デナード伯爵の一件の後、謹慎が明けた後も一緒に生活しないかと話していたのだ。勿論それはずっとという訳ではなく、俺が奴隷ちゃんを購入するかネムが出ていきたくなったらという条件つきではあるが。ただ暫くのあいだはまだこの生活が続くのだ。
「それにしても唐突だ。最近人が変わったとは聞いていたが、まさかデナード伯爵がこんな手紙を寄越すとはな。いったい何がどうなっているのやら」
ノグラス支部長はそう言って手紙をジッと見つめた。俺達は手紙を読ませて貰っていないので、どんな内容が描かれているか分からないが、ノグラス支部長が驚くような内容だったという事だろう。
まぁそれも全部俺の魔法によるものなのだが。
あの日、俺達が大広間を出た後に彼等を覆った白い霧。あれは俺が発動した闇魔法─『朧の白霧』だ。
この魔法は対象の記憶と人格を思うがままに改竄することの出来る、夢のような魔法である。対象に効果を及ぼすまでに一時間以上掛かるなど、色々と制限はついているが便利な魔法であることは間違いない。
元々この魔法は辛い記憶を持った奴隷の子達の為に、俺が編み出したものだ。だが今回はネムを救うために使わせてもらった。
実は屋敷に向かう前にジードと再会したあの酒屋でも発動している。俺が暴れた記憶を、あの場にいた人間の記憶から抹消したのだ。
デナード伯爵達には、『ネムに関する記憶を忘れる』ように記憶を改竄。更には『些細な悪も許せない性格』になるよう、人格の改竄を行った。理由は伯爵達に二度とネムを狙わせないため。あと、俺が屋敷に侵入した事実を忘れさせるためだ。
申し訳ないのは、個人を対象に発動できないため、あの場にいた人間は全員二つの改竄が行われてしまっていることになるのだ。しかしどちらも悪影響では無いのでどうか許してほしい。
「いずれにせよ、Aランク冒険者の復帰は我々にとっても嬉しい事だ。これからはより一層冒険者活動に励むがいい」
まさか伯爵を変えた張本人が目の前にいるとは思いもしないノグラス支部長は、そう言ってネムの肩を強く叩いた。
こうしてネムの謹慎は明けたのである。
◇
「よかった。これでタダ飯喰らいって言われずに済む」
「そんなこと言った覚えねぇけどな?でもまぁこれからは俺よりも金稼ぐんだ!ちゃんと食費とか払えよ!」
「ん、わかってる」
支部長室を後にした俺とネムは、談笑しながらギルドの受付へ進んでいく。今まで食費代を払っていた身からすると、ネムが稼げるようになったのはかなりでかい。
しかも、宿に泊まらなくて済むからと言って家賃も払うと言ってくれている。月に金貨二枚の不労所得を手に入れたのだ。額は少ないが、これで奴隷購入代の貯蓄も進むというモノだ。
ギルドの廊下を進んでいくと、がやがやとした騒がしい声が聞こえ始めた。俺はそのまま出口に向かって進んでいく。しかし、横に並んで歩いていたはずのネムが急に左方向へと進み始めた。ネムの先には依頼が貼られた掲示板が立っている。
「もしかして今日から早速依頼受けるのか!?折角謹慎明けたばっかりなんだし、今日くらいは休んでパーティーでもしようぜ!?」
「んーん。はやく依頼受けて、たくさんお金稼ぎたいから。ネムもユウキみたいに、頑張って夢を叶えるの」
ネムはそう言うと鼻を鳴らしながら掲示板へ行ってしまった。俺も仕方なく後に続き、ネムと一緒になって適当に依頼を探していく。
ネムがここまでやる気なのには理由があった。俺に奴隷とイチャイチャ生活を送るという夢があるように、彼女にも夢があるのだ。俺に触発されて、夢が出来たと言っても良い。
その夢とは──
「俺が言うのもなんだけどさ……お前の夢マジで変だと思うぞ。故郷に『銅像』建てたいとか、どんだけ自分大好きなんだよ」
俺の言葉にネムは少し不服そうに頬を膨らませた。
ネムの夢とは、お金を貯めて故郷に自分の銅像を建てるというモノ。理由は深く聞いたわけじゃないが、中々にレベルの高い夢だと思う。
「そんなんじゃない。ネムはパパとママを見返してやりたいだけ」
ネムはそう言って俺の腕をペシッと叩き、俺の言葉を否定する。まぁ半ば追い出されるような形で冒険者になったのだから、今の自分の姿を見せて見返してやりたいという気持ちがあるのだろう。それでも『銅像』という形に落ち着くのは理解できないが。
「ネム、受ける依頼決まったかー?」
「決まった。ネムはこの『紅牛』の討伐依頼をうける」
「おおー流石Aランク冒険者だな!俺はこっちの採取依頼にしたぜ!」
俺はそう言って白いインクで書かれた依頼書をネムに見せる。ネムが俺に見せてきた依頼書は、赤色のインクで書かれていた。一目でその依頼の危険性が分かるようになっている。ギルド側の配慮というやつらしい。
この赤色のインクで書かれた依頼書の報酬は、大金貨一枚はくだらない。俺が手に持っている依頼書の、約二十倍の報酬額だ。だから周囲の冒険者達も、ネムの方を羨望の眼差しで見つめているのだろう。
「『紅牛』ってことは、ナバス平原だよな?歩きで行くなら二週間、討伐を含めると三週間くらいってとこか……弁当作って持ってくか?」
「ん、持って行く」
「じゃあ依頼受注したら食材買いに行くかー」
俺とネムはそうして別々の依頼を受注し終えると、冒険者ギルドを後にした。食材の買い出しを行い、家に戻ってなるべく傷みにくい焼き料理を作って弁当箱に詰めていく。
「それじゃあこれ弁当な!二日分くらいしかねぇから、足りない分は自分で何とかしろよ!」
「ん、わかった。二週間以内には帰って来ると思う」
ネムは俺の弁当を受け取ると、直ぐに家を飛び出していった。久しぶりの冒険者活動と言うこともありテンションが上がっているのかもしれない。
「さてと!俺も片づけしたら採取に行くとするかなー!」
静かになった家で一人呟きながら、俺は食器を洗っていくのだった。
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