第18話 日常
翌日。目を覚ました俺は、いつも寝ているベッドの感触とは違う床の固さに驚き、自分が昨日ネムの部屋でそのまま寝てしまったことに気づいた。
一瞬マズイと思い、体を起こしてネムが寝ているベッドの方へと顔を向ける。そこには顔を暗くして俺の方を見つめているネムの姿があった。
「……ごめんなさい」
目に涙を浮かべ、布団をギュッと握りしめながらネムはポツリと呟いた。あんなに傷つけられたのに、目が覚めて最初に出てくる言葉が謝罪の言葉とは。あんなパジャマよりも、もう少し自分を大事にしてほしい。
そう伝えたかったのに、気の利いた言葉が思いつかない。俺は結局、普段通りに笑いながら、ありきたりな言葉をかけることになってしまった。
「なんでネムが謝んなきゃなんねぇんだよ!そこは、おはようだろ?」
「でも……」
それでもネムは申し訳なさそうに下を向いてしまう。しかし、俺もそこで引くわけにはいかない。俺がそのまま無言でネムを見つめ続けたことで、やっとネムも折れてくれた。
「……おはよ」
「おう、おはよう!そんじゃあ朝ごはんにでもしますか!」
そう声をかけて俺は部屋を出るとキッチンへと向かった。ネムもすぐに部屋から出てきて、リビングの椅子へと腰かけ、俺の方を無言で見てくる。やっといつもの生活が戻ってきたような気がして、俺はクスリと笑みをこぼした。
軽めの料理を作り終え、テーブルの上へ置く。いつものように食事が始まり、このまま平穏な日常に戻れる──かと思ったのだが、俺にはどうしても気になっていた事があった。
それをそのまま胸の奥にしまっておくわけにもいかず、傷口をえぐるようで悪いが、ネムに聞くことにした。
「あのさぁ……一個だけ聞きたいんだけどいいか?」
「んぐんぐっ……なに?」
「なんであいつらについてったんだ?二週間後には迎えに行くって言っておいただろ?」
「んぐっ……それは、んぐっ……ユウキがデナードに、奴隷買うためのお金を借金したって。その返済を伸ばすために、力を貸してほしいって言ってるって言われた」
ネムが語った内容に、俺は思わず手に持っていたサンドイッチを皿の上に落としてしまった。まさか、ネムが連れていかれた理由が俺だったとは。しかも、俺が奴隷好きだという情報を奴らが入手していたのは驚きだ。
そして、ネムが居候相手の俺に対し恩を感じていること。自分に出来ることはしてあげたいと思っていることまで調べてあったのか。それとも偶然奴らの策がハマっただけなのか分からないが、これはしっかりと訂正しておく必要がある。
「いいか、ネム!俺はこれまでも、そしてこれからも、他人に金を借りて奴隷を買うような真似は一切しない!俺は自分の稼いだ金だけで、運命の奴隷ちゃんを迎えたいんだ!分かったな!」
「ごきゅっ……わかった」
頬張っていたサンドイッチを一気にのっくみ、コクリと頷いて見せるネム。これで奴隷の件に関しては問題ないだろう。あとはもう一つ──
「あと、お前に力を借りたい時は直接お願いする!だから、誰かが『ユウキが力を貸してほしいって言ってた!』なんて話しかけてきても、絶対に信じるなよ!分かったな!」
「……ん、わかった」
ネムは俺の眼をしっかり見て頷いてくれた。これできっと同じような目に遭うことは無いだろう。俺の憂いも晴れたところで、ネムが残っていたサンドイッチを全て食べきってしまった。
「ごちそうさまでした……おなかいっぱい」
満足げに呟くネムを見て、ようやく日常が戻ってきたことを実感する。ただ完璧に元へ戻すには、あと一つ足りないモノがあった。
俺は空になった皿を手に取って流しへと向かっていく。
「これ洗い終わったら出掛けるから、自分の部屋行って着替えて来いよ」
それを買いに行くためにネムへ声をかけたのだが、彼女は何故か乗り気では無かった。
「……いい。ネムは部屋で寝てるから、ユウキ一人で出かけてきて」
ネムはそう言うと、また下を向いて暗い顔をしながら階段を上ろうとし始めた。俺は慌てて洗い物をする手を止め、ネムの手を引き留める。
「いやいやいや!お前が居なきゃ買い物行っても意味ねぇんだって!」
「……どうして?ネムいなくても、いつも買ってこれてるでしょ?」
どうやらネムは今から行く買い物を、普段俺が行っている買い出しだと思っていたらしい。それなら確かに俺一人でも行けるが、今回の買い物は明確な目的があるのだ。
「普段の買い物ならそうだけどな……約束したろ?新しいパジャマ買ってやるって。俺一人で行ったら犬柄のパジャマ買ってきちまうぞ?」
「!!」
俺の言葉に耳をピンと立てて尻尾を振り回し始めるネム。ボロボロになってしまったパジャマの代わりに、新しいパジャマを買うと約束していた。それを買ってこそ、本当の意味で元の生活へ戻れるのだから。
喜びをあらわにしていたネムだったが、何故かまた尻尾を丸めて耳をペタリと倒してしまった。そのまま下を向いて唇を噛み締めてみせる。
「……ネム、買ってもらう資格無い」
口から零れるように出た言葉だったが、そこには彼女の気持ちがハッキリとこめられていた。
買って貰いたいけど、パジャマをボロボロにしてしまった自分にはそんな資格はない。自分のせいでボロボロになったわけではないにしろ、ネムは俺のことを気にしているのだろう。そんな心の優しいネムだからこそ、俺は他のかぼちゃとは違うと思えたのかもしれない。
だから俺は、ほんの少しだけ格好をつけるのだ。
「バッカお前、タダで買って貰おうと思ってんのか!?今回はパジャマ買うついでに新しいタイプのメイド服も買うからな!今後はメイド服二着をローテーションで着こなしてもらうぞ!分かったな!」
「……いいの?」
俺の真意をくみ取ったネムが、また尻尾をくるくる振りながら問いかけてきた。俺は頷く代わりに軽く笑ってキッチンへと戻っていく。
「皿洗ったら出掛けるからなー?早く着替えて来いよ!」
「……ん!」
ネムが嬉しそうに返事をし、二階へ駆け上がっていく。こうして俺達の同居生活が再び始まったのであった。
~あとがき~
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第1章はここでおしまいとなります。
引き続き第2章をお楽しみください。
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