第17話 ポルシュツ・デナード


「ハハハ!よくやったぞお前達!このまま奴が動けなくなるまで、魔法を撃ち続けてやれ!」


 俺が身動きを取れなくなったと勘違いしたのか、禿げ男は高笑いを浮かべながら警備兵達に命令を下す。警備兵達も命令に従い、次の魔法を発動するために詠唱を始めた。だが次の瞬間、奴らから笑みが消え去った。


「ふんっ!!」

「ハハハ……はぁ!?」


 力づくで『光縛』を引きちぎった俺に、目を見開いて固まる禿げ男。警備兵やジードも、同じように理解が出来ていないのか、口を開いたまま固まってしまっていた。


 俺は唖然としている奴等を横目に、床に手を付けて魔力を練り始める。練りあがる魔力と共に、次第に床が黒ずんでいく。そこまできてやっと、一度この魔法を目にしたことのあるジードが慌てて叫び始めた。


「に、にげろ!!あの魔法がくるぞ──」

「おせぇよ──『常闇の沼』」


 ジードの叫びも届かず、俺の魔法が発動された。その瞬間、警備兵達の足元が一面黒く染まっていく。黒く塗りつぶされた床はその硬さを失い、上にのっていた人間達を一瞬のうちに腰の高さまでその沼に沈めてしまった。


「な、なんだぁこれはぁ!何をやっているのだ、お前達!さっさとワシを助けんかぁ!」

「も、申し訳ありません!ですが……クッ、体が全く動かないのです!」


 沼に体を沈められた奴等は、抜け出そうと必死に体を動かす。だがこの『常闇の沼』は先程俺が引きちぎった『光縛』のように生ぬるい魔法ではない。


 この魔法は本来であれば大型の魔物を長時間拘束するために使用するものなのだ。貧弱な人間が直ぐに抜け出せるはずもない。警備兵達はこの魔法の強大さに気づき、次第に抵抗する力を弱めていった。


 だがそれを理解できずに喚き続ける禿げ狸が一頭。俺は黒沼の上を静かに歩き、その男の前まで辿り着くと、ニコリと微笑みかけてやった。


「アンタがデナード伯爵様か?」

「な、なんだ貴様は!!下賤の者がこのワシに話しかけるでない!!お前達早くこいつを殺さんかぁ!!」


 反抗的な態度を止めないデナード。俺は奴の目線の高さにしゃがみこむと、今度は無表情でジッとデナードを見つめてやる。


「もう一度聞くぞ……あんたがデナード伯爵か?」

「そ、そうだ!ワシが誇り高きポルシュツ・デナード伯爵だ!!分かっているならさっさとこの魔法を解かぬか、愚か者が!!」


 この状況でも自分の地位や権力でどうにかなると思っているのか。頭が悪すぎてお話にならなそうだが、俺にはやらなければならないことが有る。


 俺はデナードの話を無視し、奴の脂ぎった頬をぺちぺちと叩きながら問いかけた。


「なんでネムに手を出した?一から全部、人間の言葉でちゃーんと説明しろ」

「な、なんだと?なぜそんな事をワシが話さねばならんのだ!良いからさっさとワシを解放せんか!!」


 デナードは俺の話を聞いて逆切れを始めた。まだ状況が理解出来ていないらしいので、20センチ程今よりも深く沈めてやることにした。勿論連帯責任という事で全員沈めてやる。


「な、なんだぁ!?し、沈んでるぞ!」

「止めてくれぇ!殺さないでくれぇ!」


 ゆっくりと体が沈み始め、慌て始める警備兵達。そこまでしてデナードもようやく自分の立場が分かったのか、慌てて答え始めた。


「わ、分かった話す!!アレを狙ったのは、が欲しかったからだ!冒険者などという低能な職業についているより、ワシの奴隷をしている方がよっぽと国に貢献することになる!貴様もそれくらい分かるだろう!?」


 そう言いながら俺の後ろの方で眠っているネムに視線を移し、ニタニタと下品な笑みを浮かべるデナード。今すぐ沼の奥底に沈めてやりたかったが、まだ早い。俺は逸る気持ちを抑え、もう一つの質問をデナードへ問いかけた。


「アンタ以外の貴族にも、猫人族の奴隷を欲しがっているヤツはいるのか?」

「猫人族を欲しがる貴族?そんな話、聞いた事もない!とにかく、ワシはもうアノ猫人族には手を出さん!だから早くワシを解放しろ!」

「あっそ……じゃあ解放してやるよ」


 聞きたかった話を全部聞き終え、俺はネムの元へと戻っていく。背後で「後で見ていろ!」と小さく呟いている声が聞こえてきたが、残念ながらとやらは永遠にやってこない。


 俺はネムをお姫様抱っこし、奴等が守っていた外へと続く通路へと向かって歩き始める。そこで異変に気付いたのか、デナードが叫び声をあげた。


「お、おい、貴様何処へ行く!解放すると言ったでは無いか!さっさとワシを解放しろぉぉ!!」


 叫びながら俺を睨みつけてくるデナード。奴の心はピュアなのか、侵入者である俺の言葉を鵜呑みにしていたようだ。すんなり解放なんてするはずないのに。


 というか、本来であればこのまま沈めているところだ。だがデナードはローデスト王国の貴族。コイツを殺せば、国の奴らがやって来て面倒なことになるのは間違いない。だから残念だがデナードは殺さず、それ以外の方法で復讐することにしたのだ。


 俺はデナードの言葉を無視し、通路から外へと出ていく。


 そして大広間から出る間際、俺はもう一つの魔法を発動していった。俺達が大広間から出て行ったあと、どこからともなく白い霧が立ち込め始める。火事のモヤでは無いかと警備兵達が騒ぎ始めるが、その騒ぎも程なくして収まったようだ。


 そして俺達はデナートの屋敷から無事に帰還し、家に戻ってきた。


 俺の上着を着せたまま、ネムを自室のベッドへと寝かせる。二週間ぶりにネムが戻ってきたことに安堵したせいか、俺はそのまま床に腰を下ろして眠りについてしまった。


 こうして『ネム誘拐事件』は静かに幕を下ろしたのだった。

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