第16話 ネム奪還へ

 俺はを回復させたあと、ジードに案内して貰い、ネムを連れ去った貴族の元へとやってきた。馬を使ったとはいえ、移動に一日以上かかってしまっている。ネムが宿を離れてから既に四日目。一刻も早く彼女を助けなければ。


「こ、ここが、デナード伯爵の屋敷だ」


 ジードは怯えた様子で屋敷を指差し、そう告げる。指の先には、俺が今まで見てきたどんな建物よりも大きな建造物があった。


 この中からネムを探し出すのは骨が折れるな。まぁ『探知』魔法を使えばすぐに発見できるだろうが、ジード曰く伯爵は相当な魔道具を所有しているらしい。もしかしたら魔法の痕跡で騒ぎを立てられる可能性もある。


 ここは慎重にいかなければ。そう考えていた矢先、ジードが泣きそうな顔で訴えてきた。


「な、なあもういいだろ!案内してやったんだ!もう帰らせてくれよ!」

「……分かったよ。そのかわり、この事は誰にも言うなよ?伯爵の警備兵まで連れてこられたらキツイからな。貴族に顔覚えられでもしたら生きていけなくなっちまう」

「も、もちろんだ!絶対に誰にも言わない!約束する!」


 ジードはそう言うと、涙を流しながら屋敷の反対方向へと去っていった。奴にを使うのを忘れたが、まぁ後でかければ問題ないだろう。今はネムの救出が先だ。


「魔力を細く、小さく、広める感覚で……『探知サーチ』」


 魔法を発動し、屋敷の中を探っていく。一階から徐々に上へ感覚を向けていくと、最上階の真ん中辺りにネムの魔力を探知できた。どうやら近くには誰も居ないようだ。


「そこか……とりあえず窓から侵入して、スキルでネムの場所まで行くか」


 『探知』魔法を切り、『飛翔』魔法で最上階の窓へと向かう。窓の鍵近くに『風刃』で穴をあけ、その穴から手を通して鍵を開け、音もなく部屋の中へと侵入した。


 再び『探知』魔法を狭い範囲で発動し、ネムの捕らえられている部屋までの経路を確認する。


「よし……部屋から出て右に進んで、突き当りを左に曲がる。そこから三つ目の部屋だな」


 経路を確認し終えた俺は、『隠密』スキルを発動して部屋から出た。このスキルは自分から出る物音を限りなく小さくすることができ、更に他人から認識されにくくなるものだ。


 対抗できるスキル、『感知』を持っている人間には効かないため、ここでも慎重に行動しなければならない。


 順調に通路を進み、目的の部屋まで辿り着いた。『開錠』魔法で部屋の鍵を開け、中へと入る。中は薄暗く、僅かなランプで照らされているだけ。しかし、その僅かな光でもネムの姿を認識することが出来た。


「ネム!!」


 目に映ったネムの姿に思わず大声をあげる。『隠密』スキルの効果が切れたがそんなのどうでもよかった。


 鎖で繋がれた両手足。鞭で打たれたのか、そこら中みみずばれが起きている。そして、俺がネムにプレゼントした魚が大量に描かれたパジャマは、ズタズタに引き裂かれた状態で床に転がっていた。


「おい、ネム!しっかりしろ!迎えに来てやったぞ!」

「……ユ……ウ……キ?」


 俺の声に微かに反応を示すネム。俺は手足に繋がれた鎖を破壊し、即座に回復魔法をかけてやる。おかげでネムの体は元へと戻ったが、心は傷ついたままだった。


 ネムは俺の顔を見た後、床に落ちていたパジャマへと目を向けた。そして静かに涙を流しはじめ、声を殺して泣き出した。


「ごめ……ユウ……貰ったの……ボロボロ……ごめ……」

「大丈夫だ!気にすんな!また一緒に買いに行けばいいんだ!」

「……ごめ……」


 ネムは嗚咽まじりで謝った後、気絶するように瞼を閉じて眠ってしまった。俺は下着姿のネムに、自分が着ていた上着を着せてやる。それから彼女を背負い、部屋を後にした。


 これでネムの救出は完了した。後は家に帰るだけだ。


 俺は再度『探知』魔法を発動し、屋敷の中を探っていく。今度は魔力の制限無しでやった結果、魔道具が反応したのか屋敷中に警報が鳴り響き始めた。


 その音により、人が一階の大広間へと集まっていく。中にはジードの魔力も確認出来た。どうやらアイツは俺との約束を破って伯爵に密告したらしい。俺はフッと笑った後、ネムを背負いながらジード達が待つ大広間へと進んでいった。


 ◇


 大広間へと続く階段を下りていくと、既に警備兵達が外へと続く通路の前を塞いで待っていた。


「来たぞぉ!!侵入者だ!全員武器を構えろ!奴は魔法を使うらしいぞ!」

「おおお!!」


 ネムを背負った俺の姿を見つけて、叫び声をあげる警備兵達。その群衆の中に、数刻前に分かれたばかりのジードが居た。奴はちゃんと役目を果してくれていたらしい。


「ジード……誰にも言わないんじゃなかったのか?」

「バカかてめぇは!デナード様に報告して警備隊を用意して頂ければ、お前なんぞ敵じゃねぇんだよ!ざまぁ見ろクソ野郎!」


 大勢の警備兵に囲まれて調子づいているのか、どうやら奴は酒場での一件を忘れてしまっているようだ。この程度の人数相手にするのなんざ、俺にとってはうんこするよりも簡単なことだというのに。


 背中で眠りについているネムを床へおろし、警備兵達の前へと進んでいく。そのままジリジリと距離を詰めていくと、集団が左右に分かれた。その奥から小太りの禿げた気持ち悪い男が俺を睨みつけてきた。


「お、お前がワシの可愛いネムを攫おうとする不届き者だな!!全く、下賤のモノはこれだから好かんのだ!!お前達、殺すなよ?この男がいれば、ネムを奴隷に出来るやもしれん!いいな!!」

「は、承知しました!魔法兵は捕縛魔法発動準備!その他兵士は発動の補佐に回れ!」


 禿げ男の命令により、警備兵達が全員戦闘態勢へと移った。近接武器を構えた者達が魔法兵の前に立ち、詠唱を邪魔されないように防御の体勢をとっている。程なくして詠唱が終わり、俺に向かって魔法が行使された。


「──我らにあだなす敵を拘束せよ!!『光縛ライトチェイン』!!」


 魔法兵から放たれた光の縄が、俺の腕と体を縛り上げる。身動きが取れなくなった俺を見て、男は気持ち悪い笑みを浮かべるのだった。


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