第15話 暴走
それから二週間、俺達は別々に暮らす事となった。俺は今まで通り自分で購入した家で、ネムはそこから離れたところにある『夕霧亭』という宿に泊まっている。
あえて遠くの宿に泊まっているのは、俺とネムが仲違いしたという印象を与えるため。その方が相手側も誤解しやすくなると踏んだのだ。
二人暮らしから急に一人暮らしになったことで、若干の寂しさはあった。飯は基本二人で食べていたし、ある程度の会話もしていたからというのが大きいだろう。不本意ではあるが、ネムのお蔭で楽しく過ごせていたのだ。
それを自覚してしまったのが、正直恥ずかしくてキツかった。
「ネムさえよければ、俺が奴隷買うまでは居ても良いってことにしてやるかぁ」
ネムを迎えに行く前日、俺はそんな呑気な事を呟いていたのだ。そして翌日、ネムを迎えに『夕霧亭』へと向かった。
◇
『夕霧亭』へと到着した俺は、受付で肘をついて呆けていると男へ声をかけた。「二週間前からここに泊まっている、ネムという猫女を迎えに来た」と。男は台帳を軽くめくったあと、信じられない言葉を口にした。
「あー、もうその客はチェックアウトずみですねぇ」
「はぁ?ネムが居ない!?どういうことだよ!アイツが勝手に居なくなる訳ねぇだろ!飯か寝る事にしか興味がねぇ奴だぞ!?ちゃんと確認してくれ!」
男の言葉に俺は焦って台帳を取り上げようとする。だが男はその台帳を俺から死守し、自分でもう一度めくり始めた。そして、『ネム』と名前が書かれた欄を指差しながら、俺の目の前に広げる。
「ほらぁここに書かれてるでしょ?もう三日も前にチェックアウトしてるよ!」
「う、嘘つくなよ!こっちは今日迎えに来るって約束してたんだぞ!」
「そんなこと知らねぇって!アンタに迎えに来られたくなかったんじゃないのか?ほらもう良いだろ!こっちだって仕事があるんだよ!」
男はそう言って俺を店から追い出した。途方に暮れる俺だったが、男の言葉が嘘だと信じ、店の前で待つことにした。
一時間、二時間──朝迎えに来たはずなのに、もうあたりはオレンジ色に照らされ始めている。その時間になっても、ネムは俺の前に現れなかった。
「あんの馬鹿猫女何処に行きやがった……約束破ってどっか行くとか承知しねぇぞ!」
俺は苛立ちながら地面を蹴りまくる。アイツが帰ってきたら、暫くの間飯は魚抜きにしてやろう。あと、メイド姿になるのを週に二度に増やしてやる。
そんなことを考え時間をつぶしていたが、結局夜になってもネムは現れなかった。
「……まぁあれか。仲良くなれたと思ってたのは俺だけだったのかもしれねぇな。ネムにとっちゃ俺なんて、飯を食わせてくれる変な奴ってだけだったんだろうな」
頭の中に前世の記憶がチラつく。普通の女性と仲良くなれても、結局皆イケメンや高収入の男性と付き合ってしまう。今回もただそれだけだった。だから奴隷じゃない女なんて信用できないんだ。
俺は重い足取りで歩き始めると、冒険者ギルドへと歩いていった。
◇
「おいユウキ、飲みすぎだって言ってんだろ!もう止めろって!」
「うるせぇぇぇ!こっちはクソ女に騙されてイライラしてんだぁ!!酒飲まずにやってられるかってんだ!」
ジークとレインを呼び出し、ヤケ酒を始めて一時間。普段は『解毒』の魔法で酔いを覚ましながら酒を飲んでいるのだが、今日はベロベロに酔っている。二人は俺のこんな姿を初めてみたため、かなり戸惑っていた。
「『クソ女に騙された!』って言うからついて来てやったけどよぉ、流石に飲みすぎだぜ?マジで何があったんだよ」
「ああぁん!?……なんにもねぇよぉ。ただ、猫耳性悪女にだまされただけだっての」
そう、ただ俺が馬鹿だっただけなのだ。一ヶ月半、二人で過ごして仲良くなったと勘違いしていただけ。ネムには俺の家よりもっといい場所が出来ただけなのだ。
そんな俺の言葉にジークとレインが反応を示した。
「猫耳女?それって、あのネム・シローニアのことか!?あの黒猫冒険者の!?」
「おいおいマジかよ!お前の趣味があんな無愛想女だったとはな!あんな女の何処が良いんだよ!なぁレイン!」
「そうだそうだ!女ってのは愛嬌があってこそだぜ!?あんな可愛げのない女なんて放っておいて別の女探せよ!」
どうやらネムは冒険者の間では有名な存在だったらしい。奴隷にしか興味のない俺にとって、女冒険者など皆カボチャのような存在だと思っていたのだが。どうやらネムは違ったらしい。
二人に彼女をバカにされたことが少しだけ悔しかったのだ。
「……うるせぇ!!アイツにだっていいとこあんだよ!!俺が作った飯、美味いって食うんだ!俺が買ってやった服も嬉しそうに着てんだよ!お前らが分かった口きいてんじゃねぇ!!」
勢いのままジークの胸ぐらを掴み二人に反論する。まさか俺が怒ると思わなかったのか、レインは慌てて俺達の間に割って入ってきた。
「わ、悪かったよ、ユウキ!!でもよぉ、どこに行ったか分かんないんだろ?それじゃあどうしようもねぇじゃん!」
「うるせぇ……分かってんだよそのくらい」
レインの言葉に酔いが回っていた頭がスゥっとクリアになっていく。もうネムが俺の家に帰ってくることは無い。今度会う時は、普通の冒険者仲間としてしか会えないのだ。
その事実を再度実感し、寂しさが押し寄せてくる。右目から一粒の涙が流れそうになった時、酒場の隅から一際大きい笑い声が聞こえてきた。
「ギャハハハ!!本当楽な商売だぜ!これで大金貨二十枚くれるんだからよ!流石貴族様だよなぁ!」
「ほんとだぜ!てか、あの女も馬鹿だよなぁ!まんまとジードに騙されやがって!あの猫女今頃どうなってんだろうな?」
聞き覚えのある名前と猫女という言葉に、俺は瞬時に声の方向へと顔を向けた。そこには以前俺を囲んできた冒険者の集団が、下品な笑みを浮かべながら酒を楽しんでいる姿があった。
ジードと呼ばれた男が、机の上に広げられた大金貨を見つめながらニヤリと笑みを浮かべる。
「さぁな……あの変態野郎の事だから、今頃たっぷり可愛がってるんだろうぜ。相手がAランクだろうが関係ないだろうよ。薬も魔道具もたっぷり揃えてるらしいからな」
「アハハハ!ひでぇ奴だよなまったく!まぁそのお陰で俺達が儲けられるんだけどよ!!」
そう言って笑いだす集団。俺は直ぐに『解毒』魔法を発動し酔いを覚ますと、その集団に向かって歩き始めた。
抑えようとするジークとレインを振りほどき、集団の一人の頭を掴んで机に向かって叩きつける。
バキッと勢いよく机が割れ、男が白目をむいて倒れこむ。男達は急に現れた俺に驚きながらも、倒れた仲間を見てキレだした。
「おいてめぇ何しやがる!!俺達の仲間になにしやがんだ!!」
「うるせぇ。黙ってねぇとぶっ殺すぞ?」
声を上げた男を本気で威圧し、一瞬で黙らせる。その後、集団のリーダーであるジードへと視線を移す。ジードは仲間が倒れたというのに気にもせず、その場でふんぞり返って酒を飲んでいた。
どうやら不意打ちされて一人はやられたが、人数有利のこの状況なら自分達の方が有利だと思っているらしい。俺はジードを睨みつけながら低い声で話し出した。
「お前等今、ネムの話してたよな?誰がネムを騙したって?誰が誰を可愛がってるって?詳しく聞かせてくんねぇかなぁ?」
俺の質問にジードは鼻を鳴らすだけ。まだ俺の実力を分かっていないらしい。他の連中も同じようで、調子に乗って騒ぎ始め俺の胸ぐらにつかみかかってきた。
「お、お前状況わかって言ってんのか!こっちは五人──」
俺に向かって声を荒げる男達の頭を掴み、二人の頭を思いきりぶつけてやる。男達は先程倒れた男同様、白目をむいて床に倒れこんだ。頭蓋骨が多少へこんだ気がしたが、まぁ大丈夫だろう。
「これであと三人だなぁ……で、ネムをどうしたって?良く聞こえなかったんだが?」
人数が残り三人になり、ジードもようやく状況を理解したのか、慌てた素振りで話し始めた。
「き、貴族の所へ連れてったんだよ!!で、でもな、お前みたいな一般市民が話聞いたところで、どうこうできる話じゃねぇ!!お前もあの猫女の事は諦めた方が良い!!」
ジードはそう言って俺を説得しようと試みるが、今の俺には逆効果だ。残りの二人を同じように気絶させてジードを一人にした後、俺はヤツの頭を鷲掴みにして静かに話し始めた。
「それを決めるのはお前じゃねぇんだよ。ネムを貴族の所へ連れてったんだな?じゃあ今直ぐその貴族の所へ俺を連れてけ。今すぐだ」
「はぁ!?そ、そんな事出来る訳ねぇだろ!!」
「出来る、出来ないの話じゃねぇんだ。やるか、やりたくなるまで俺にボコられるかだ」
そう言い終わると、俺は気絶している五人の方へ顔を向けた後、静かにジードの方へ顔を戻した。自分が何をされるのか知りガタガタと震え始める。
「わ、わかった!全部話す!全部話すから、俺が話をバラしたって事は言わないでくれ!アイツらにバレたら、俺達殺されちまう!」
もとより忠誠心など欠片もないような男達だ。結局ジードはその後すぐにペラペラと喋り始め、俺を案内すると約束してくれたのだった。
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