第12話 不能な男

 ホウニエン湖へ向かう道中、俺達は色んな事を話した。思えば同居生活を始めて一ヵ月とは言え、ここまで一緒に過ごしたのは初めてだったかもしれない。


「それにしても馬鹿だよなぁ!働くか家を出て冒険者になるか、どっちか選べ!って言われて冒険者の方選ぶなんて!まぁネムにとってはピッタリの職業だったから良かったかもしれないけど!」

「むぅ……ネムよりもユウキの方が馬鹿。奴隷を買うために冒険者活動してるなんて普通じゃない。絶対にネムの方が普通」

「奴隷を馬鹿にすんなよ!俺にとってはロマンなんだからな!絶対に『運命の奴隷』に出会って見せるんだ、俺は!」


 お互いが冒険者になった理由を語り、それからどっちが普通の冒険者なのかで口論を続けている俺達。客観的に見れば、ネムの方が普通っぽいかもしれないが、働きたくないから冒険者になるという思考が普通ではない。かといって、奴隷を購入するために冒険者を続けている俺も普通では無いのだろう。


 そんな馬鹿話を続けていると、ネムが黙って俺をジーっと見つめてきた。俺も負けじとネムを見つめ返す。約十秒以上見つめ合った後、ネムが眉をひそめながら口を開いた。


「ユウキは、普通の女の子嫌いなの?」


 突然の問いかけに、思わず「はぁ?」と声が漏れ出す。ただネムの表情は真剣だったので、俺も真面目に返事をすることにした。


「なんだよ急に。別に嫌いってわけじゃねぇぞ?現に今もネムのお願い聞いて一緒にここまで来てるじゃねぇか」


 俺がそう返すと、ネムは心配そうな表情を浮かべて下を向いてしまった。


「そう、だよね……でも、ネムは少し心配」

「はぁ?どうしたんだ、マジで!俺なんか変なことしたか?」


 ネムの言葉に俺は立ち止まり彼女の方をジッと見つめた。何か変な事をしてしまったのだろうか?もしかしたら自覚していないだけで、ネムにとって不快な行動をしてしまったのかもしれない。そう思っていると、ネムは俺の股間を見つめながら話し始めた。


「こんなに可愛いネムと一緒に居るのに、ユウキは全然欲情しない。雄の匂いが全然してこない。メイド服になった時だけ、少し雄の匂いがするくらい。やっぱり……不能なの?」


 いつぞやの不動産で言われた言葉が再び俺の息子を襲う。ただ以前のからかうような言い方と違って、今のネムは本当に俺の体を心配してくれているように見えた。


「……もしかして、俺のこと不能になった可哀想な男だと思ってたの?」

「うん……ネムはユウキに助けて貰ってるから。ネムに出来る事なら、力になってあげたい。メイド服着る回数増やしてあげようか?」


 居候の身として、衣食住を提供されている身として、本気で力になりたいという気持ちが伝わってくる。まさかこんなにもネムが俺の身を案じてくれるとは。


 ただ一つ言いたいことが有る。俺は決して不能ではない!!


「それはありがたいけどな!前にも言ったけど、俺は奴隷の女の子が好きなの!普通の女の子はそこら辺に生えている野菜と一緒なの!だから不能でもなんでもないの!」


 ちゃんとネムに理解して貰うためにも、羞恥心など捨て去り、心のままに伝えなくてはならない。俺は決して不能などではない。ただちょっと人と比べて性癖が歪んでいるだけなのだと。


 その熱い気持ちが伝わったのか、ネムもようやく安堵の表情を浮かべて見せた。しかし今度は何を思ったのか、顎に手を当ててうーんと悩み始めたのだ。


 そして悩むこと数分。頭の上に豆電球を浮かび上がらせたネムは、自信満々な顔でとんでもない事を俺に提案してきたのだ。


「そっか……じゃあネムが奴隷にあげようか?」


 ネムは名案を思いつたと言わんばかりの顔で俺を見つめてくる。俺は彼女の言葉に、今までで一番真剣な眼差しでネムを見つめ返す。そして無防備になっている彼女の頭目掛けて、チョップを振り下ろしてやった。


「いたっつ……なにするの?」

「冗談でもそういうこと言うんじゃねぇよ。奴隷はなりたくてなるもんじゃねぇんだぞ?今奴隷になって居る人達に失礼だ!」


 ネムが奴隷に対してどんな感情を持っているか知らないが、『落ちる』と表現している辺り、その身分がどの程度なのかは認識しているのだろう。


 だからこそ、彼女の言葉は奴隷達に対して失礼極まりないモノだ。奴隷達にも生活があり、奴隷という身分に身を落としてでも生きていくことを望んでいる。その覚悟を汚すような真似をしてはならない。


 俺の真剣な訴えを聞き、ネムも自分の発言がまずかったと気づいたのか、申し訳なさそうに口をすぼめた。


「ん……ごめん」

「わかりゃいいんだよ。もうそんなこと絶対に言うなよな?」


 俺の言葉に、ネムは力強く頷いて見せる。その後しばらく気まずい雰囲気が俺達を包み込んだ。草木の擦れる音と、砂利を踏む音だけがあたりに響く。


 なんか話題を振らなければ。食事の話題か?それとも魔物とかそっち系の話題か?


 色々悩んでいる間に、再びネムの頭に豆電球が点灯した。今度は何だと不安になっていると、ネムは少し恥ずかしそうに話し始めた。


「ユウキはさ……もしネムが奴隷になっちゃったら、ネムのこと好きになる?」

「はぁ?あー……いや、まぁそれはなぁ。そりゃあれよ。そりゃ、あれよ」

「あれってなに?あれってなに?」


 言いよどんだ俺の返答に、尻尾をぶんぶん振り回すネム。


 ネムが何かしらの理由で、奴隷になってしまったら。そうなれば彼女は俺が好意を持つための条件を所有することにはなる。なるのだが、だからと言って好きになるかどうかは分からない。そんなの、なってみなけりゃ分からないだろう。


「ほ、ほら!あれが『ホウニエン湖』だぞ!さくっと『月花草』採取してパパっと帰ろうぜ!」


 都合よく見えてきた湖を指さし、俺はネムを置いて小走りで駆けだした。なんとなくこの話題を続けることが出来なかった。


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