第13話 闇夜の誘惑
ホウニエン湖から戻ってきた俺達は、以前よりもまたちょっと距離を近づけることが出来た。といっても、会話の量が少し増えたぐらいなのだが。
一緒に散歩に行ってから半月が経ったある日。
その日俺達は飯屋で夕飯を食っていた。
「ユウキ、凄い。この魚料理変な見た目だけど美味しい。もう一匹食べても良い?」
「いや、もう止めとけよ!今食ってるので五匹目だぞ!?今日はもう終わりだ!」
「むぅ……わかった。ごちそうさまでした」
ネムは不服そうに頬を膨らませながら、最後の魚を食べ終えて食事を終わらせた。店を後にした俺達は、家へと続く暗い夜道を二人会話しながら歩き始める。
「明日は早めに出るからな?食材は買ってあるから、ちゃんと自分で料理しろよ!」
「んー……出来たらやってみる」
「なんだよそれ。俺が居ないからって飯食わないと、健康に良くねぇんだからな!」
「むぅ……わかったよ」
同居を始めて一ヵ月半。先週あたりから、俺が一日以上居ない日はネムに料理をさせるようにし始めた。半年も同居しなければならないのだから、料理の腕くらいは磨いてほしいと思ってやらせ始めたのだが、これがどうにも上手くいかないのである。
「いいか!料理中に寝るんじゃねぇぞ!?それと、この間みたいにフライパンに向かって魔法撃つなよな!『穴空いて料理できなかった』は通じねぇぞ!」
「わかった。ちゃんとコンロの火だけ使う。お魚は全部使っていい?」
「あー好きにしていい。でも魚だけじゃなくてちゃんと野菜も食べろよ?」
「……善処する」
野菜も食えと言う俺の指示に、ネムは苦虫を噛み潰したような顔になった。この一ヵ月で分かったが、ネムは本当に野菜が嫌いなようで、恐らく今回も野菜を食べることは無いだろう。
それから十分程歩いたとき、俺はネムとの会話を中断しその場で立ち止まった。後ろに振り返り、状況を確認する。どうやら変な奴らに目をつけられてしまったようだ。
「ネム、悪い!ちょっとさっきの店に忘れ物したみたいだわ!取りに戻るから先に帰っといてくれ!」
「わかった。一人で大丈夫?」
「子供じゃねぇんだぞ!来た道変えるだけだなんだから余裕で行けるっての!」
「そう。じゃあネムは先に帰ってるね」
ネムはそう言うと一人家に向かっていく。俺は向きを変え、店の方向へと進み始めた。
歩き始めて五分。俺の前に立ちふさがるように三人の男が現れた。それと同時に、後ろの分かれ道からも三人の男がやって来て、全員で俺を囲みはじめた。
「お前ら……俺になんか用か?」
「冒険者のユウキ・イシグロで間違いないな?」
目の前の三人の内の一人が俺を指さしながら問いかけてきた。他の奴等はへらへらと笑いながら様子を見ている。
「ああ、そうだよ。そんで、こんな夜中に男が揃って俺になんか用かって聞いてんだ」
「おいおい、そう警戒するなって。お前がAランク冒険者のネム・シローニアと暮らしていると情報を掴んでな。一つお願いをしに来たんだよ」
ニヤリと笑いながら話しを進める男。どうやらコイツ等の狙いは俺ではなくネムだったらしい。
「お願いだと?」
「ああ、実に簡単なお願いさ。ネムをお前の家から追い出してほしい。元々一人で住む予定だったんだろう?邪魔な同居人を追い出すだけだ!簡単なお願いだろ?」
男はそう言いながら自分の腰にかけた剣をチラッと見せつけてきた。他の男達も全員得物を所持している。男達の顔に見覚えは無いが、冒険者か闇ギルドの連中だろう。恐らく、ネムが謹慎する原因になったあの依頼の関係者と言ったところか。
ネムを孤立させて、飢え死にさせるのが目的か?一ヵ月前の俺なら喜んで協力してやったかもしれないが、今はそんなことする気は無い。
「……そりゃ無理な相談だ。俺だって追い出そうと試行錯誤してみたが、アイツは全く出ていこうとしないからな。それに相手はAランク冒険者だし、腕づくじゃ勝ち目もない。悪いがどうしようもないな」
俺が正直にそう答えると、男はもう隠すことを止めたのか、剣を手に取って俺に向けてくるくるとまわし始めた。それを合図に俺を囲んでいた奴等が武器を手に取り始める。
「俺達の方こそ悪いなぁ。これはお願いじゃなくて、『命令』だ。こんだけの人数、しかも同ランクの奴らに囲まれちゃぁ、勝ち目は無いって分かるだろ?」
同ランク、か。つまり奴等はBランク冒険者の集まり。もしかしたら、ネムと一緒に貴族の護衛依頼を受けた連中かもしれないな。
でも、こんな素行の悪そうな連中が貴族関係の依頼を受けられるか?単純にネムに対して恨みのある連中っていう線もなくは無いのか。
まぁいずれにせよ、これはチャンスだ。
「……報酬はいくらだ?」
俺は脅してきた奴に対し強気に打って出た。実際はこんな奴等俺の相手ではない。魔法とスキルを使えば、一瞬の内にあの世へ送れるだろう。だがそれではダメなのだ。俺の悪名が、そちら側の世界へ広がってしまう。
ここはあえて奴らの案に乗る姿勢を見せつつ、金の為に仕方なくやるという体をつくるのだ。
「あぁ?何言ってんだお前!俺達が何で金をやらなきゃなんねぇんだよ!」
ヘラヘラ笑っていた連中の一人が、俺の発言に突っかかってきた。どうやらほかの連中も同じ気持ちの様らしい。脅せば俺が引くとでも思っているのだろう。だが俺はそんなやわではない。
「Aランク冒険者に楯突こうってんだぞ?下手すりゃ殺されるかもしれねぇんだ!タダでやれる訳ねぇだろ!」
「馬鹿じゃねぇのかおめぇは!やらねぇならどっちみちここで俺達に殺されんだ!黙ってネムを追い出せば良いんだよ!」
「ああそうかよ。じゃあ殺されるの覚悟で、2,3人は道連れにしてやる!それでも良いならかかって来い!」
本当に戦うつもりは無いが、俺も武器を手に取って背後へと向きを変えた。それから何度も向きを変え、得物を品定めするかのように顔を見つめていく。最終的には俺を脅してきた男に剣を向け、睨みつけた。
男も流石に仲間を殺させるわけにはいかないと思ったのか、眉間にシワを寄せてイラつきながらも、仲間に武器を降ろすように指示を飛ばし始めた。
「……ッチ。いくら欲しいんだ」
「最低でも白金貨一枚だ。Aランク冒険者を敵に回すんだ!間違いなくオルテリアでは暮らせなくなるだろうし、下手すりゃ死ぬかもしれねぇんだからな!」
家を買うのに使ってしまった白金貨一枚分。言ってはみたが出せるとは勿論思っていない。良くて大金貨1,2枚だろう。
そう思っていたのだが、男は懐から小袋を取り出してそれを俺に放り投げてきたのだ。
「大金貨十枚入ってる。それでネムを追い出せ!出来なかったらぶっ殺すぞ!」
「お、おいジード!良いのかよ、金やっちまって!」
「うるせぇ!いくぞおめぇら!」
ジードと呼ばれた男は仲間を引き連れて大通りの方へと去っていった。なぜ白金貨一枚分、ピッタリ用意出来ていたんだ?俺がそう言うとでも予想していたのだろうか。真相は分からないが、俺はこうして家購入費用で失ってしまった白金貨一枚を取り戻したのである。
だがその代償に、大きな問題が残ってしまったのだった。
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