第11話 散歩にいこう

 ネムとの距離が縮まった気がした翌日。メイド姿のネムを見ることが出来たのは、結局食事の時だけだった。折角ギルドに行く用事を延期してまで、家に残っていたというのに。


 ネムの口から出た言葉と言えば、「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「おやすみ」だけだ。ご主人様と呼べとルール化したところで、ネムは普段俺の事を呼ばないんだから、意味なんてなかった。


 まぁ偽物では無く、本物の猫耳少女のメイド姿が見れただけでも、この世界に転生出来て本当に良かったと言えるだろう。


 それから俺は週一で会える、ネムのメイド姿を楽しみにしながら日々を過ごしていた。


 一方で冒険者活動はと言うと、あまり派手に稼ぐことは出来ていなかった。ワイバーンの死体で得た報酬、大金貨二枚分は全額貯金出来たのでよかったのだが、似たような真似は頻繁には出来ない。


 あまりやりすぎても「あいつ運良すぎないか?」と思われて、変に疑われてしまう可能性があるからだ。だからここ最近は、良い稼ぎになりそうな採取や魔物討伐依頼を少し多めに行うことで金を稼いでいた。


 そうして、ワイバーンを倒してから一ヵ月が経ったある日のこと──


「今日はネムも一緒に行く」


 朝食を食べ終え、冒険者ギルドへ向かおうとしていた俺に、準備万端と言った様子のネムが声をかけてきた。予想外の声掛けに俺は一瞬固まるも、直ぐに冷静になってみせる。


「いやいや何言ってんだネム。お前絶賛謹慎中の身じゃん。一緒に行けるわけないだろ?」

「問題ない。謹慎中は冒険者活動が禁止なだけ。ネムはユウキと一緒に街の外に行ってするだけだから」


 スンとした顔でそう告げるネム。何処からそんな屁理屈のような言い訳を覚えてきたのだろうか。それとも、元々こういうずる賢さを身に着けていたのだろうか。


「あー……散歩中に魔物に出くわしても、それは偶然だからしょうがないって事か?」

「んーーーそれはユウキの考え。ネムは何も言ってないから。ネムはユウキをに誘ってるだけだから」


 あくまでも明言は避けるネム。どうやら確信犯らしい。


 正直、ネムが謹慎を受けている事には俺も不満を抱いている。だからという訳では無いが、ネムが同行することについて、拒否する気は起きなかった。


「はぁー分かったよ。そのお誘いとやらを受けてやる。それで、どこら辺を散歩するつもりなんだ?」

「んー。散歩の目的地は『ホウニエン湖』ね。時間かかるから、野営の用意もして欲しい。ご飯もいっぱい食べたい」

「わかったわかった。そこら辺の用意は俺がやっとくから、ネムは先に街の外で待っててくれ」

「ん、わかった。それじゃあ先に行って待ってる」


 ネムはそう言うと一人先に家を出て行った。残された俺はため息をこぼした後、用意しておいた作り置きのご飯を『異空間収納』の中へ取り込んでいく。


 ネムが目的地に選んだ『ホウニエン湖』とは、ここから徒歩で二~三日の距離にある大きな湖の事だ。そこには回復薬の材料になる『月花草』という草が多く生えている。そこへ行きたいという事はつまり──


「『月花草』の採取依頼受けて来いってことだよな?ったく、しょうがねぇなぁ」


 何らかの理由で依頼を受けたいが、謹慎中のため受けることが出来ない。そこでを理由に俺に依頼を受けさせたかったのだろう。それならそうとハッキリ言ってくれればいいのに。意外と照れ屋なところもあるんだな。


 ネムの意外な一面を知った俺は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら冒険者ギルドへと足を運んだ。


 掲示板から目的の依頼書を剥ぎ取り、受付へ提出する。依頼書を受け取ったフルラは、内容を見て驚いたように目を見開いて見せた。


「ほぉ、『月花草』の採取依頼か!お前にしては珍しい依頼じゃねぇか!こんなを受けるとは、いったいどんな風の吹き回しだ!?」

「特に何の意味もないさ。ただ、たまにはこういう依頼も受けとこうと思ってな。地域貢献ってやつだよ」

「ハハハ!お前の口からそんな言葉が出るとはな!そういうことなら大歓迎だ!頑張って来いよ!」


 フルラは大声で笑いながら受領証を押してくれた。フルラが言ったように、この依頼は割に合わない。移動には時間がかかるし、『月花草』の買取価格は高くない。そんな依頼を受けて欲しいというのだから、ネムにもそれなりに理由があるのだろう。


 ギルドを出てそのまま街の門を通り抜ける。道なりに先へ進んでいくと、ネムが道にしゃがみこんで待っていた。


「あ、やっと来た。それじゃあ散歩にでかけよー」


 ネムはそう言って立ち上がると、湖のある方角へ向かって歩き始めた。俺はネムの横を歩きながら、遠回しに今回の『散歩』の理由を聞いてみることにした。


「なぁネム。なんで今更こんな屁理屈こねたような形で外に出ようと思ったんだ?というか、一人でも出かけられただろ?」


 俺の問いかけにネムは立ち止まると、不思議そうな顔で俺を見つめてきた。


「んー?別に今更じゃないよ?前も散歩に行くって話したでしょ?」


 ネムはそう言って首をかしげて見せる。そういえば、この一カ月のあいだ、偶に散歩へ行ってくると言って出かけるときがあった。普通に街の中を散歩してるものだとばかり思っていたが、実際は違っていたらしい。


「もしかして今までの『散歩に行ってくる』ってやつ、全部こんな感じで抜け出してたってのか!?」

「うん。でも今日行く場所はどうしても時間かかるし、時間までに帰って来れないから、ユウキも一緒に散歩に連れて行こうと思って」


 淡々と話すネムの顔を見て、勝手に変な想像を膨らませていた自分が恥ずかしく思えてきてしまった。


 もしかしたら、街の孤児に頼まれてお母さんの治療薬の為に『月花草』を取りに行ってくる。そんな約束をしたのかも、なんて妄想を膨らませていた自分が本当に恥ずかしい。


 ネムはあくまでもネムだったという訳だ。自分の思うが儘に、マイペースに行動する猫娘なのだ。


「律義に門限は守ってたのかよ。はぁ……今度からはちゃんと行く場所伝えろよな?」

「わかった。それじゃあ散歩にでかけよー」


 そう言って少し嬉しそうに手を掲げるネム。俺は恥ずかしさで顔を手で覆いながら、ネムの横を歩いていくのだった。

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