第10話 Aランク冒険者
転移魔法でオルテリアへ帰還した俺は、ネムの待つ自宅へと向かって歩いていた。
もう陽が落ち始めており、仕事終わりの住民達が歩いている。
食材を買って帰る主婦の姿を見て、ふとネムの姿が脳裏に浮かび上がる。準備していた飯はもうなくなっている筈だし、きっと今頃腹を空かせて泣いているだろう。
「ただいま」
リビングのテーブルの上で突っ伏すネムを想像しながら、家の中へと入る。しかし、リビングやキッチンを見渡してもネムの姿は見当たらない。それから程なくして、二階からゆっくりと近づいてくる足音が聞こえてきた。
「……おかえり」
二日前と同じパジャマ姿のネムが、目をこすりながら二階から降りてきた。あり得ないとは思いつつも、俺は我慢することが出来ず、彼女に問いかける。
「ネム、お前もしかして今まで寝てたとかそんなわけないよな?」
「……ご飯はちゃんと食べた。ごちそうさまでした」
そう言ってぺこりと頭を下げるネム。
キッチンの冷蔵庫を確認しに行くと、彼女の言う通り、俺が用意しておいた飯は全てなくなっていた。かわりに、流し台に放置された幾つもの皿。まさか、食うだけ食ってその後の家事は放っておいたってわけか。
もはや呆れを通り越し、尊敬の念すら抱いてしまうレベルの自堕落猫女だ。
「ご飯以外の時間はマジで寝てただけだってわけかよ。逆に凄いな、お前」
「それほどでもない。このパジャマっていうやつが凄い。これは死ぬまで大事にする。ありがとう」
ネムは自分のパジャマを触りながら少しだけ口角を上げてみせた。そう言えばネムのやつ、俺がパジャマを買ってあげるまではずっと下着で寝てたって言ってたな。初めて顔を蹴られた時も、下着姿だった気がする。
メイド服のついでに買ったパジャマだったが、ここまで気に入って貰えるなら買った買いがあったというモノだ。
ネムはとんでもないレベルの自堕落猫女ではあるが、こうやって素直に感謝の気持ちを伝えてくるところが憎めない。しょうがないから、食器を洗って無かったことを咎めるのは止めよう。そう思った瞬間──
「ぐるぅぅぅぅぅ」
ネムの腹が鳴った。さっき二階から起きてきたばかりの、ネムの腹が鳴ったのだ。
「……お腹減った」
「はぁ……夕飯食いにでも行くかー」
俺がため息を零しながらそう口にすると、ネムはハッと目を開いて二階に駆け上がっていく。モノの数秒で私服に着替えたネムが降りてきて、俺達は二人揃って外へ繰り出した。
◇
俺達は自宅の近くにある飯屋に入った。夕飯時だからか、他のテーブルにもポツポツと客が座り始めている。注文し終えた俺は、メニューが届くまでの間でネムに色々聞くことにした。
「そう言えば確認するの忘れてたんだが、ネムの謹慎期間てどれくらいなんだ?一ヶ月くらいか?」
同居することになってからなんとなく触れずにいた内容。ネムの性格上、時が来れば自分から去っていくと思ったため、あえて聞くことはしなかった。だがこうして共に食事をするような関係になっている以上、少しは互いの事を知っておくべきだと思ったのだ。
俺の質問を聞いたネムは、斜め上を見つめて悩み始めた。どうやら自分の謹慎期間を忘れていたらしい。だが暫くして、ネムはハッと目を開いた。
「んーーたしか……半年?って言われた気がする」
「半年!?なんでそんな馬鹿みたいに長いんだ!普通一ヶ月、長くて二ヶ月くらいだろ!何やったらそんな謹慎期間になるんだよ!」
「んー、貴族の護衛依頼失敗しちゃった。凄い怒られた」
そういって少ししょんぼりして見せるネム。とんでもない謹慎期間の長さに驚きを隠せない俺だったが、それ以上に驚く内容を耳にし、衝撃を受けていた。
最近フルラとも話したが、冒険者はランクが上がればその分危険な依頼や高額な依頼を受けることが出来るようになる。その最たる例が『貴族』が関係する依頼だ。
つまりネムは──
「貴族の護衛依頼って……お前まさかAランク冒険者なのか?」
「ん……ねぇ、このお肉もう一つ頼んでもいい?」
俺の問いかけに、ネムは何でもないように頷いてみせる。その後直ぐに、配膳されたばかりの肉を指さして、もう一つ頼んでいいかを聞いてきたのだ。俺は動揺しながらも了承の返事をしてやる。するとネムは嬉しそうに手を上げて、肉の追加注文をしていた。
まさかネムがAランク冒険者だったとは。正直驚きではあるが、妙に納得できる部分はある。どこか常識離れした考え方や、マイペースなところが、普通の人間とは違った強さを引き出しているのかもしれない。
「まさかネムがAランク冒険者だったとはなー!それで、護衛依頼失敗したって、まさか貴族の召使いを死なせたとかか?」
俺の問いかけに、ネムは肉を頬張りながら首を振った。どうやら誰かを死なせたわけでは無いらしい。となると、ネムは何をしでかしたんだ?
Aランク冒険者を半年間も謹慎処分にするなんて、貴族とはいえ余程のことが無ければ難しい筈だ。ギルド側も簡単に受け入れたりはしないだろうし。
そんな疑問を抱いていると、ネムは少し不満げな表情をして語り始めた。
「ネムはちゃんと護ってたのに、貴族が勝手に馬車から出てきた。それで盗賊に襲われて、腕怪我しちゃった」
「はぁ、なんだそれ!完全に相手が悪いじゃねぇか!……まぁでも、相手が相手だから仕方ねぇか」
ネムの話しを聞いて一度は声を荒げる俺だったが、相手が貴族という事を思い出して踏み止まった。ネムのせいではないと言え、貴族に怪我をさせてしまったのは事実。命を奪われなかっただけでも良かったと言えるだろう。
ただ話が事実だということになると、やはり問題になってくる点も出てくる。貴族の護衛依頼なんて、ネム一人で受けられるハズないのだから。
「じゃあ一緒に依頼を受けた冒険者達も半年の間活動禁止って事だよな……複数のAランク冒険者が半年不在って、大分やばいんじゃないのか!?」
俺が暮らすローデスト王国は、隣接する国々と比べて魔物の被害が多い国らしい。その状況でAランク冒険者が複数人半年不在となるのは、魔物被害防止の観点から見てもあり得ない判断だ。
だがネムはまたしても俺の問いかけに対して首を横に振った。
「んーそれは大丈夫。ネム以外の冒険者は、皆Bランクだった。謹慎は三週間くらいだった気がする」
「そうなのか?なーんだ、それなら安心……て、いや流石にそれはおかしいだろ!それじゃネムと他の奴らとで待遇に差がありすぎじゃないか!ギルドの連中は一体何やってるってんだ!」
そもそもBランク冒険者が貴族の護衛に関わるのさえ珍しいというのに、処分がAランク冒険者のネムよりも軽いというのが納得できない。何かの陰謀ではないのかと勘ぐってしまうレベルだ。
俺が一人怒りをあらわにする中、被害を受けたネムはと言うと、何の気ない素振りで肉を食べ進めていた。
「ネムは護衛の責任者だったから、仕方ない。それに、誰も死ななかったからそれでいいの」
そう言ってのけるネムに、どこからか後光のような光が差し込んで見えた。コイツ、普段の姿からは想像できない程、責任感のある奴だったのか。
そんなネムの態度に感動していると、彼女は少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら話し始めた。
「ユウキには感謝してる。貯めてたお金も、全部取られちゃって死んじゃうかと思った。でもユウキのお蔭で生きていけてる。ありがとう」
突然の感謝の言葉に、俺は上を向いて涙を堪えた。まさか奴隷でもない女の子から、こんな嬉しい言葉を伝えて貰えるなんて。注文した料理全部食べちゃったみたいだけど、もうそんなのどうでも良いくらいだ。
「ばっかおめ、俺だってタダで助けてるわけじゃねぇよ!ちゃんと報酬目当てだっての!」
俺は恥ずかしさをごまかすために、鼻をすすりながら答えた。明日のメイド服姿は楽しみではあるが、それだけが理由ではなくなっていることを俺は言えなかった。
これから毎週ネムのメイド姿が見れるってのが八割、責任感のあるネムに対する温情が二割ってところかな。
そんな俺の心を見透かしたのか、ネムはニコリと微笑んで見せる。
「うん、わかってる。ちゃんと明日はメイド服着て寝るようにする」
「ああ、よろしく頼む……っておい、ネム。まさかお前、明日も一日寝てるんじゃないだろうな!?それはずるいぞ!ちゃんと約束守れよ!!おい聞いてるのか、ネム!」
今日一番の声量でネムに詰め寄るも、彼女は空になった皿を上に掲げ、もう一度声を発するのであった。
「ふいまへん、このお肉おかわりください」
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